表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/163

安らぎと

 ペラ、ペラ、ペラ、ペラ……。


 ほぼ一定間隔で、紙を捲る小さな音が耳に届いた。聞きなれた、心地よい物音。その音に安らぎを与えられながら、ヴェルナはゆっくりと目を覚ました。


 ぼやけた視界から焦点が定まり、くっきりと見慣れた天井が目に映る。


「妾は……」


 いまだ寝ぼけてぼやけたままの思考で呟く。


「目、覚めたか?」


 呟くと、一人の男がこちらの顔を覗き込むようにして、尋ねてきた。


「お主……なぜここに……」


「覚えてないのか?」


「覚えて……」


 ぼやけた思考に問いかけられ、そこから次第に思い出されていく。


 昼起きて、集金人に脅され、縋った装置を壊し、それか――


 つい先ほど起きた事を思い出すと、勢いよく身体を起こした。


「魔導機関はどうなったのじゃ!?」


 最後に縋った魔導機関、一度は壊れ、崩れ去ったが、その後すぐに組み直された。そこまで覚えている。けど、その後どうなったかは記憶にない。


 あれ、夢だったのだろうか?


「あれは、あのままだよ」


「動くのか?」


「動くけど、今は動かさない方がいい」


「なぜじゃ」


「パーツがだいぶ古くなってるんだよ。整備も完全じゃない。あのまま無理に動かせば、致命的な損傷になる。やめた方がいい」


「そ、そうか……」


 慌てた様子で捲くし立てるヴェルナに、目の前の男は冷静に答えを返す。


 『動く』。男のその言葉を聞くと、ふっと力が抜けて、へたり込んだ。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃ。ちょっと力が抜けただけじゃ」


「そうか、それならそろそろ、手、放してくれるとありがたいんだが……」


「手、じゃと?」


 そっと男が指し示した方向へ目線を向けると、いつの間にヴェルナは男のローブの裾を握りしめていた。


「うわ!」


 慌てて裾を手放す。


「済まぬ」


 気恥ずかしさから視線を逸らすと、男はそれに小さく笑いを返した。


「元気になったみたいで良かったよ。落ち着いたみたいだし、話、出来るか?」


「そう……じゃな」


 優しく尋ねられた男の言葉に、小さく頷く。


 安心材料が出来たからだろうか、焦りで回りが見えなくなっていたつい先ほどまでとは異なり、ひどく落ち着いていた。


 落ち着いたがために、この場の異変に気付く。


「ちょっと待て、お主、なぜここに居る」


 記憶をたどる。


 覚えている限りでは、目の前の男を招き入れた覚えはない。となれば、この場にこの男が居るのは、不法侵入という事に成る。


「え……、あ~……、ごめん。なんか、放っておけなくて、つい……」


 明らかに目を泳がせ、はぐらかした。


 隠すなり、偽るなりすれば、まだ問題にならずに済んだであろうに、そんなあからさまな態度に、つい呆れてしまう。


「まあ、良い。そこの事に付いては、何も言わん。それより、妾もお主に聞きたいことが有る。話してくれるか?」


「構わないよ」


「そうか、なら、ちょっと待っておれ。茶を入れてくる。話はそれからじゃ」


「分かったよ」


 そう言い残すと、ヴェルナは立ち上がり、紅茶を入れる為、台所へと向かった。





 お湯を沸かし、そこに乾燥させた茶葉を入れ、蒸す。ちょうど良い色合いに代わるとティーカップへと注ぐ。


 紅茶をティーカップへと注ぐと、甘い香りに満たされる。気付けば、この香りをまともに楽しむのいつ以来だったか思い出される。それくらい、周りが見えていなかったようだ。


 その香りに満足すると、それらをトレイへと乗せ、運ぶ。


「専門では無いから、出来栄えには期待するでないぞ」


 男が待つ、応接室へと移動すると、そう前置きをして紅茶が注がれたティーカップを男の前に置く。


「なにこれ?」


 紅茶を並べ、男と向かい合う様に座ると、男はそう尋ねてきた。


「これとは何のことじゃ?」


「この、色の付いた液体。ポーションってわけじゃないみたいだけど……」


「? 紅茶じゃが? 珍しい葉など使ってはおらぬぞ」


「こうちゃ? 何それ?」


 真剣な表情で、ティーカップを眺めながら、男は尋ねてきた。


 演技……ではないようだった。


「お主、紅茶を知らぬのか?」


「だから、なに? それ……」


 真面目な表情で返してきたその答えに、ヴェルナは笑いが込み上げてきて、笑う。


「紅茶なんぞ、今では珍しいものではないであろうに。お主、今まで一体、どのような生活を送ってきたのじゃ」


 唐突に表れ、大切な物を奪うのかと思えば、歩み寄ろうとして、人の知らないことを知っているかと思えば、常識を知らない。なんともちぐはぐで、よくわからないおかしな奴だと思った。


「紅茶というのは、東方から伝わった、薬じゃよ」


「薬、なのか? なんでこれを?」


「薬と言っても、もともとはそういう使われたかとしていた。というだけじゃがな。薬として効能がどれほどの物か詳しく知らぬが、この香りは人に安らぎを与える。それ故、今では治療の為ではなく、嗜好品としてたしなまれておるのじゃよ」


 そう説明を添えるとヴェルナはティーカップを口元へと運び、一口飲む。


 だいぶ疲れが溜まっていたのだろう。暖かく、甘い香りの紅茶が口元を通り染み渡ると、非常に穏やかな気分になる。


「い、いただきます」


 そんなヴェルナの姿を見てか、男は恐る恐る紅茶が注がれたティーカップを手にし、口元へと運んだ。


 そして、一口。


 感想は、余り芳しくなかったのか、男は表情を歪めた。それが、少しだけ可笑しかった。

お付き合いいただきありがとうございます。


ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ