記憶の品
――Another Vision――
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか?
能力が無いから?
能力が無いのに、分不相応な地位にしがみ付いていたから?
ヴェルナに力がないから、こうなってしまったのだろうか?
最初から無理だと諦め、すべてを手放していたら、こんな事にはならなかったのだろうか?
力のある誰かに、能力のあるものに、すべてを明け渡していたのなら、こんな苦しい思いをせず、賢者の名に泥を塗る事なく、過ごせていたのかも知れない。
余計なこだわりを捨て、最初から手放していれば――
零れていく、何もかも、手元から――
父と過ごした工房が消え、それと共に思い出の品が消えて行った。
そしてまた、大切な物が消えていく。生まれ育った生家、ヴェルナの人生と共にあった場所の一つが、また手元から離れていく。
守れない。ヴェルナには如何する事もできないのだと、それを示すように――すべてが手元から崩れていくものだと示すように、目の前に置かれた一つの装置が、音を立てて崩れていた。
コトン。懐から一つのメダルが零れ落ちる。ランタンに止まったフクロウの意匠が刻まれたメダル。賢者の証として受け継いだメダルと同一のメダル。あの男が持っていたメダルだ。
「あ……」
それが何を意味するものなのかは分からない。けれど、ヴェルナにはそれが、自身の物は偽物でヴェルナは虚像の賢者だと言っているように見えた。
「は、ははは、はははは――……」
何もかもがなくなった。もう、残るものなんて何もない。
――Another Vision end――
何度目だろうか? 俺はヴェルナの家の前に立っていた。
ここまで来ると、さすがに過去の記憶の中の懐かしい建物という印象より、通いなれ見慣れた家という印象の方が強くなってくる。
「はぁ~……」
溜め息が一つ零れる。
昨日、なんだかよく分からない形で追い出されただけに、ヴェルナと会うのに気が乗らない。
時間を置いて、その後に。なんて考えたいけど、それはそれでイーダに怒られる。
イーダの蔑む様な視線を思い出すと、戻るに戻れなくなる。
「はぁ~……」
再び溜め息が零れる。
「仕方ない。行くだけ行ってみよう」
覚悟を決め、俺は前へと歩き出した。
コンコンとノックをして「ヴェルナさん、いますか~?」と声をかける。
返事は――帰って来なかった。
「居ないのか?」
また、扉の取手へ手を伸ばし、捻ってみる。
鍵は――掛かっていなかった。
「またか……」
ゆっくりと扉を開き、中を確認してみる。
中は薄暗く、人の気配は希薄だった。
「やっぱり居ないのか?」
諦めて出直そう。そう、考えた時だった。
室内の奥の方から小さな音が聞こえた。
カチ、カチ、カチ、ガタ――
金属がぶつかり合う音に、何かが地面に音。
なんだ、やっぱり中に居るんじゃないか。
「お~い。ヴェルナさ~ん!」
声を張り上げ、再び名を呼ぶ。だが、返事は無かった。
「?」
気付いてないのだろうか?
音はまだ聞こえてくる。それだけに、なんだか不気味に思えてくる。
一瞬だけ迷う。
「今更か」
このままでは埒が明かないと踏んで、一歩踏み出し、中へと入る。
カチ、カチ、ガタ、カチ、カチ――……
いまだに鳴る音を辿って、奥へと進む。
進んだ先に有ったのは、一つの小さな部屋だった。
物を無理やり押し込んだ様な、規則性のない乱雑な部屋。その部屋の中央で、ヴェルナはガラクタを前に蹲り、まるで積み木遊びでもするように、ガラクタにガラクタの欠片を積み上げていた。
「お前――」
声をかける。流石にここからなら気付けたのか、ヴェルナがゆっくりと視線を返してきた。
「お主……来ておったのか」
けれど、その顔には生気がほとんど見られなかった。まるで死人の様な、そんな虚ろの表情をしていた。
「妾を、笑いに来たのか? こんな、哀れな妾の姿を……」
カチ、カチ、カチ――……。
再びガラクタへと視線を戻すと、ヴェルナは再度それを積み上げ始めた。
「滑稽じゃろ? 能力もないのに、実力もないのに、賢者の名など名乗って、出来もしない役割をこなす……まるで道化師のようじゃな。笑い物じゃ。
いや、道化師ならまだ良かったかもしれぬ。だって彼ら、自分の事を、自分の役割を、よく理解しておるのじゃから……妾、それすら分からぬ……何も、分からぬ……」
ぽつぽつと言葉を零していく。そんなヴェルナの姿は、とても見ていられるものではなかった。
「何が、あったんだ?」
「見ての通りじゃよ。今になって分かったのじゃ。自分がどれほど愚かだったかを……」
カチ、カチ、カチ。ガラクタを積み上げていく。そして、そのガラクタの山が、ある一定の形になると、バランスが限界を迎え、崩れ去る。
「やはりだめじゃな。所詮妾はこの程度じゃ。出来もしない物を組み立て、そして崩して壊す。何が賢者じゃ、何も出来はしないではないか……」
カチ、カチ、カチ。ガラクタが崩れると、ヴェルナは再び、ガラクタを積み上げ始めた。
カチ、カチ、カチ。黙々と、力なく積み上げていく。そして、再び崩れた。見ていられない。
「やめろよ」
見ていられなくて、止めようと彼女の腕をつかんだ。だが――
「触るな!」
怒気を孕んだ声と共に、強く振り払われた。
「もう、これしかないのじゃ。これが……妾に残された、最後の希望なのじゃ。これが、これが動けば、全部、全部戻ってくるのじゃ。じゃから……じゃから、これ以上妾から、大切な物を奪わないでくれ……」
嘆き、なのだろうか? そんな答えを返すとヴェルナは再びガラクタへと手を伸ばした。
『これしかない』それが、とても哀れな響きに聞こえた。
ヴェルナの手の動きに釣られ、ガラクタへと目が映る。加工された金属のパーツ達。一部魔力伝導性の高い素材で作られた、パイプの様なパーツ。そして、動力を伝導するための歯車。
「え……」
錆びて古く成っているが、見覚えのあるパーツ達だった。
カチ、カチ、カチ。ヴェルナはそれらのパーツを無規則に積み上げていく。完成の為の道筋ではなく、当てもなく、ただパーツとパーツを組み上げて――そして、形を保てず崩れていく。
理論も何もない。ただの歪な作業。それが余計に見ていられなくなる。
手を伸ばし、再びヴェルナの手に触れる。
「止めるな。もう、これしかないのじゃ」
「止めないよ。けど、そうじゃ無いから」
掴んだヴェルナの手を、代わりに動かしていく。
「これは、こっちだ。そして、これは、こっち。それで、これは、こうやって、こう」
一つ一つ、古い記憶を頼りに組み上げていく。うん、まだ覚えてる。
カチ、カチ、カチ。一つ一つパーツが組みあがっていく。
フレームができ、一つ一つパーツが組みあがり、それらを魔力伝導パイプが繋ぎ、歯車がかみ合っていく――――…………
「うそ……じゃろ……」
目の前のガラクタだったそれらが、一つに意味ある形へと変わっていく。
そして、最後のパーツを嵌め込み、機動のスイッチを入れる。
ガガガガガガ。潤滑油が差されていない錆びた金属同士が擦れ合う嫌な音。流石に完璧には手入れされていなかったのだろう。だが、それでも、それ問題なく動き出し、モーターの回転によって動力を生み出し始めた。
「これは……夢……なのか?」
動き出したその装置を目にし、ヴェルナはただ茫然とその言葉を紡いだ。
「夢って……ただの現実だよ。
何があったか知らないけど、ちゃんと動くじゃん。そう、悲観するなよ」
動き出した装置を軽くたたき、俺は軽く笑って答えた。
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