崩壊
――Another Vision――
ドンドンドン、ドンドンドン。
「誰じゃ! こんな時間に」
けたたましく扉を叩かれ、その音でヴェルナは目を覚ました。
部屋の中は、窓からの光で明るく成っていた。また何時の間にか眠っていたようだ。
壁掛け時計へと目を向ける。時計の針は、12時を少し過ぎたところを指していた。
ドンドンドン。再び大きく扉を叩変える。
「ああああ、わかったわかった、今出る」
その大きな音に煩わしさを覚えながら起き上がり、外へと急いだ。
ガチャリと鍵を開け、扉を開くと――――その向こうには、見たくもない現実が広がっていた。
「お久しぶりです、賢者様。お時間よろしいですかな?」
背の高い男が二人、立っていた。
一人は、荒事が得意そうなガッシリとした体格に、顔の大きな傷を抱えた大男。
もう一人は、もう一方よりかは小さく細身であるが、暗く歪んだ色を称えた瞳に、張り付けたような不気味な笑みを浮かべる男性。
借金の取り立て人だ。
「え、あ……」
つい一歩後退ってしまう。
「先日お貸ししたお金、あれの返済期限がもうすぐなので、それの受け取り来ました。お金、ちゃんと用意できているんですよね?」
不気味な笑みを浮かべた男が、そう告げてくる。
「ま、前に、もう少し待ってくれと、言ったはずじゃが……?」
「はい。聞きましたよ。ですから、一月伸ばし、今になるのですが……まさか、支払えないなんて、言いませんよね?」
「そ、そんな訳なかろう」
「そうですか。それは良かったです。では、支払いの方を――」
「ま、待つのじゃ。今は、手元にはない。じゃ、じゃが、期限日までには……」
「おや? そうですか、それは失礼しました。期限日までは、まだ数日ありますしね。先走ってしましました。失礼、失礼」
「そ、そうじゃ。じゃから……」
「そうですね。お金がないのでしたら、ここに居ても仕方ありません。今日はこれで失礼します。では」
一度礼をすると、男はすぐさま踵を返し歩き出す。
ヴェルナはほっと胸を撫で下ろす。とりあえず今日も凌げた。
「あ、そうそう。期限日になりましたらまた来ますが、その時、もしお支払いできないというのでしたら……わかっていますよね?」
カツンと大きく足音を響かせたと思うと、男は立ち止まり、一言そう告げた。
ぞっとする。振り返ったその男の目には、より一層強い闇の色が見えた気がした。
「言うまでもありませんでしたね。それでは、また」
最後にそう告げると、今度こそ男達はその場から立ち去って行った。
男達の姿が見えなくなると、パタっとその場にへたり込んだ。
忘れていた訳ではない。だが、改めてあのように突きつけられると、恐怖と焦りが湧いてくる。
ドクン、ドクン、ドクン。辺りが静かになると高鳴った心音がはっきりと耳に届く。
しばらくそのままうずくまり、胸の鼓動を押さえつける。
しっばらくそうやって気持ちを落ち着けると、ふらりと立ち上がり歩き出した。
時間はほとんど残されていない。もちろん、借金をまとめて返せるだけのお金などはない。
もし支払えなかったら――今度こそ、すべてが奪われる。
最悪の想像が頭を掠め、それを掻き消すために、頭を大きく振る。
手が無いわけじゃない。
バタンと、焦りから大きな音立てて扉を開ける。
小さな部屋に、無理やり物を詰め込んだ物置。その部屋の中央に古い金属の塊のようなものが安置されていた。
中央に魔晶石を入れる半透明の容器があり、そこから魔力伝導用のパイプのようなものがあちこちへと延びた金属の塊。
魔導機関。父がそう呼んでいたものだ。
レイニカイネンの遺産と呼ばれる、かつて大賢者レイニカイネンが開発したもので、実用化されることなく放置されていた物の一つだ。
設計段階で構造に欠陥があるのか、九割がた出来てはいるものの完成には至っておらず、稼働させられていない。これが完璧な形で稼働させられ実用化できれば、莫大な利益を生む。そうすれば、借金の支払いなど簡単にできるし、奪われた物を取り戻すことだって出来る。
実用化に至らずとも、完成に漕ぎ着ければ、当面の生活、研究資金を国や貴族から融資してもらえるはずだ。そうすれば、お金の問題は解決できる。
結局父はこれを完成させることは出来なかった。けど、あれから随分と時間がたった。その間ヴェルナは何もして来なかったわけではない。
目の前の装置に関する基礎理論から何から何まで学び、それから父が残した改善策に、自身の考えを加えた改善策を導き出した。
あとは、改善策を施し完成させれば終わりだ。もうすぐそばまで来ている。
「父上、見ていてください。妾が、終わらせて見せます」
床に置かれた魔導機関の前に座る。改善の為の新規パーツはすでに出来ており、この部屋に持ってきている。あとはこれを組み込むだけ。
傍の作業箱からレンチを取り出し、作業を開始する。
ボルトを外し、不必要なパーツを除去する。そして、代わりに新規パーツに付け替える。
一つ一つ、頭の中で思い描いていた作業を、その通りにこなす。
緊張と焦りで、少しずつ息が上がり、胸が苦しくなっていく。
最後のボルトを止めると、目の前のそれは思い描いた通りの形に完成する。
「よし」
あとは魔晶石を入れて、稼働テストを行うだけ。
懐から緑色に輝く魔晶石を取り出し、中央の容器に入れる。
次に、稼働用のスイッチに手を伸ばし――
(頼む!)
心の中で祈りを捧げながら、スイッチを入れた。
……………………
………………
…………
「嘘……じゃろ……」
目の前の機械が動くことは無かった。
「何が……何が間違いなのじゃ」
駆け寄り、一つ一つチェックしていく。ボルトの緩み、変更点の見落とし、装置の状態、それら一つ一つ入念にチェックしていく。だが、それらに、異常らしい異常は見られなかった。
「は……はは……はははは……」
頭が真っ白になる。
異常が見られなかったという事は、理論が間違っていたことになる。
何を? 何処で? どう間違えた? 理解が追い付かない。
ふと、目の前に散らばる魔導機関の設計図が目に入る。そこには、父や祖父などの先代賢者たちが書き記した覚書やら数式やらが掛れている。
それを読み解けば完成に近づけるかもしれない。だが、今目の前に見えるそれらの文字は、まるで意味なく並べられた文字の羅列の様に、ぐしゃぐしゃで、何が書かれているのか理解できなかった。
バチ。何かが弾ける様な音が耳に届いた。
装置の方からだ。
ゆっくりと視線を装置へと向ける。
バチ。また、音が響いた。
「あ……あああ……ああ」
バチン。今度はより大きく音が響いた。限界を迎えたかのように、パイプの一つがはじけ飛んだ。
バチ、バチ、バチン。
そして、それを機に次々とその音は伝播し最後には――
ガシャン。装置そのものが音を立てて崩れ去ってしまった。
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