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   ――Another Vision――


「貴様、なぜここにいる?」


 ギロリと目の前の人物を睨みつける。


 見たくもない忌々しい人物。侵略者だ。


「あ……えっと……ごめん」


「何しに来た? また、あそこを奪いに来たのか?」


「そういうわけじゃ……ないんだけどなぁ」


「では、どういうわけなのじゃ?」


「どういうって……話がしたかっただけなんだけど――」


「話しじゃと? 貴様と話すことなど何もない。早くこの場から消えよ」


「取り付く島もなし、か……。なんでそうトゲトゲするかねぇ」


「貴様は敵じゃ。これ以上の応対などない。今すぐ消えよ。さもないと力ずくで応対するぞ」


 手を構え、大気のマナをそこへと集める。見ただけでは分からないだろうが、魔術を行使するための準備だ。


「おいおい……。分かったよ。すぐに出ていくよ」


 ヴェルナの威嚇に、目の前の男は表情を顰めると、諦めたような返事を返し、手にしていた紙束を机の上に置いた。


「待て、それはなんじゃ?」


「なにって、ここにあった資料だけど? 魔晶石に関する研究資料。勝手で悪いけど、少し読ませてもらった」


 ペラペラと軽く捲りながら示す。


「貴様、中身がわかるのか?」


「わかる、というか、一応そっち方面の研究者でもあるから」


「何じゃと」


 一瞬、驚きと動揺が走る。


 魔晶石に関する研究者。多くはそのまま魔導工学に関する研究をしている。そういった魔術師は、魔晶石の唯一の原産地であり魔導工学の発祥地であるここアリアストでもそれほど多くはない。


 それは、魔導工学に関する知識は、魔術だけでなく、工学など他の様々な知識を必要とするためであり、同時に多くに研究資金を必要とするためだ。並みの魔術師ではなる事が難しい。


 ヴェルナの知人の中にも、同様の研究者は5人もいない。


 だから驚き、同時に少しだけ親近感が湧く。


「そんな初歩的な研究資料を見てなんになる」


「そう? 他人が書いた資料って、自分とは違った着眼点を持ってたりして、楽しいけど?」


 ペラリ、ペラリといまだに資料を読み続けるその男の姿に、少しだけ毒気が抜かれる。


 今まであからさまな警戒心を抱いていたのが馬鹿らしくなり、力が抜け身体を椅子へと戻した。


「で、結局お主は何しにここに来たのじゃ?」


 改めて問い直す。


「何しにって――ごめん、これもうちょっと読んでいて良いか?」


 が、答えは帰って来ず。相手は完全に別の事に興味が向いているみたいだった。


 研究者らしい姿。興味がある事には調べずにはいられない。そんな姿だった。父親によく似ている。


 そんな姿を見ていると、この男は悪い人ではないのではないか? そんな気さえしてくる。


「勝手にしろ」


 溜め息を零し、そう返事を返した。


   ――Another Vision end――




 最後の一枚を読み切り、紙束を閉じた。


「あ……」


 読み終え、思考が現実に戻ると、現状が思い出される。俺、何やってんだろう……。


 住居不法侵入に、勝手な物色。これは間違いなく警備隊に付きだされても文句を言えない状況だ。


 びくびくと逮捕という言葉に怯えながら、顔を上げた。


 …………。


 部屋の中には、誰もいなかった。部屋の主であるヴェルナはいつの間に居なくなっていた。


 ほっと胸を撫で下ろす。安心していい状況じゃないけど、とりあえず安堵する。


「お~い」


 このまま退散。というわけにはいかないので、声を掛けてみる。


 返事はない。


「あれ? 居ないのか?」


 訝しむ。ただ聞こえてないだけかもしれない。


「お~い。ヴェルナさ~ん」


 さすがに放置しておくわけにもいかず。ヴェルナの姿を探し始める。


 部屋を出て、廊下へと出る。そして、一つ一つ部屋を見て回る。


「お~い。いないのか~?」


 一つ目の部屋。姿なし。


「お~い」


 二つ目の部屋を開き、中を確認する。


「あ……」


 二つ目の部屋は小さな部屋で、資料室として使われているのか、他の部屋以上に物が詰まっていた。


 かろうじて足場がある。そこを歩けば、部屋の中央くらいまで行けるだろう。


 ゆっくりと、積み上げられた物を崩さない様にしながら、部屋の奥へと入っていく。そして、ある一点へと目を向ける。


 部屋の本棚を覆う様にかけられた、一枚の旗。それが、どうしても気になっていしまった。


 青地にランタンの取手にフクロウが止まったシンボル。見慣れた印章が施された旗だった。


「確かこれって……」


 懐から宮廷魔導士の証を取り出す。そこには旗と同様のランタンに止まったフクロウの印章が刻まれていた。


「やっぱりそうか」


 小さく笑みが零れる。


 なんだかんだで、地上に戻ってから自身の記憶と現在を繋ぐものはほとんどなかった。ほとんどのものが面影を残すだけで、完全な形で記憶のものと重なるものは何一つなかった。それだけに、少しだけ不安があった。


 だからだろうか、久々に見たその印に嬉しさが込み上げてきた。


「何じゃ、いちいち煩いぞ。まったく」


 バタンと音を立て、ヴェルナが扉を開いた。


 ヴェルナは陶器のポットとカップを載せたいトレイを手にしていた。わざわざ持て成しを用意してくれていたみたいだ。


「お主、ここで何をしておる?」


「え? ああ、気が付いたら居なくなってただろ、だから探してたんだよ」


「それでここにか? こんな所におるわけないじゃろ。お主の感覚はようわからんな」


 ヴェルナが小さく笑う。今までの敵意を何処へやら、態度が大きく軟化しているようだった。


「大したものは出せぬが、茶の用意をした。飲むのなら、ここから出て、部屋に来い」


 そう告げると、ヴェルナはすぐに踵を返し、廊下の奥へと歩いて行った。俺はその後を追う様にして、部屋を出る。


 そして、再び元の部屋に戻ると、ヴェルナが机の上に陶器のカップを並べ、準備を終えていた。


「何か気になるものでもあったか?」


「え?」


「お主、興味があるものにはすぐに食い付きそうじゃからな。何を見ておった?」


「ああ」


 やばい、ばれてる……。


「これだよ。懐かしいなって、思って」


 何気なく、手にしたままだった、証を見せる。


 何気ない動作。軽口を返すような、そんな軽い応対。ただそれを返しただけだった。


 けれど、その結果は思ってもみないものとなった。


 かざした証を見せると、ヴェルナは驚きの表情を見せ――


「お主、それ……どうしてじゃ……」


 声を震わせ、怒りの表情を返してきた。


「返せ!」


 バッと手を伸ばされたかと思うと、手にしていた証をもぎ取られる。


「おい、なにす――」


「出て行け」


「はぁ?」


「出て行け!」


 大きく怒鳴る声。今まで以上の怒りを見せつけてきた。


「おい。ちょっと待ってくれ、何が、どうなってるんだ?」


 唐突な対応の変化。意味が分からない。何か、まずい事をしただろうか? 少なくとも思い浮かばない。


「――!」


 バチン。とっさに身を引くと、先ほどまで身体があった場所で火花がはじける。


 『火花(スパーク)』の魔術。物を着火させる初歩的な魔術で、殺傷能力は皆無といえる魔術だ。だが、おそらくそれは威嚇の為だろう。


 次は容赦しない。そうと分かる合図だ。そして、それを示すようにこちらへとかざしたヴェルナの手の辺りには、大気中のマナがかき集められていた。


「マジかよ……」


「出て行け」


 ジリジリと、ヴェルナによってかき集められたマナが色付き始める。マナが、物理的現象へと変換させられている証だ。


 これ以上はさすがにまずい。もはや言葉すら交わせない。


「くっそ!」


 悪態を零し、俺はその場から逃げるしかなかった。





   ――Another Vision――


 バタバタと足音が響き、男の姿が廊下の向こうへと消えていく。


 それを見届けると、ヴェルナはかざしていた手を下ろした。


「なぜ……なのじゃ」


 一人残され静かになった室内で、ポツリと呟く。


 視線を机へと戻すと、ティーカップが二つ並んでいた。一つは自分の分で、もう一つは先ほどまでいた男の分。


 もしかしたら? なんて淡い期待があった。


 父と同じように、一つの事に集中すると周りが見えなくなる。そんな相手なら、信じてもいいかもしれない。そんな風に思ったけれど、結局ダメだった。


「助けて、と言って誰かが助けてくれるほど、世界は優しくないのじゃな……」


 手にした証を胸元に寄せ、握りしめる。


 胸が痛い。


 手にした証。ランタンに止まったフクロウのシンボルが刻まれた証。メルカナスの賢者の証であり、その地位を証明するための品だ。


 父から譲り受けた品であり、工房と共に守り通さねばならない大切な品。


 メルカナスの賢者は、魔晶石および魔導工学研究の最高権威と呼べる立場だ。それだけに、それらを研究する者たちにとっては、誰だって欲しくなる地位だ。


 だから今までも、賢者の現状を利用をだしに、借金の肩代わりを理由にだとかで、この地位と証を引き渡すように要求してきた魔術師が多くいた。


 結局、人は打算で近付いてくる。


 立場を欲し、財産を欲し、利用し、奪い取ろうとする。すべてがそうだとは思いたくない。だが、現実はそんなものだ。


 先ほどの男だって、結局そうだった。


 侵略者で、略奪者で、敵なのだ。そんな男に、一時的にでも気を許しそうになった自分が許せない。そして、そんな風に近づいたあの男に、より一層の敵意が湧く。


「まあ、よい。次あったら、消し飛ばせばよいだけじゃ」


 ゆっくりと歩き出し、机の前に立つ。そして、大切な証を収めておいた引き出しを開いた。


「あれ?」


 カツン。引き出しを引くと、そこにはすでにランタンに止まったフクロウのシンボルが刻まれた証が収められていた。


「どういう……事じゃ?」


 証が二つあった。一つは、今手にしている物で、もう一つは引き出しに納められていた物。


 取り出して、並べてみる。


 まったく同じ刻印が刻まれた。一切形には差がない二つの証。しいて違いを上げるとすれば、引き出しに納められていた方が、錆び付いており、古めかしく見えた。


「どういう……事なのじゃ?」


   ――Another Vision end――




「で? これは、どういう事なんだ?」


 今日も今日とて、イーダに睨みつけられた。


「え~と。あははははは……」


「あんたを先に切り上げさせたわけ。分かってるよな?」


「それは……もちろん」


「じゃあ、なんでここにいるんだ?」


「泊めてもらえたらなぁ~って……」


「はぁ?」


「ごめんなさい……」


「今日は野宿でもしてろ!」


 バタン。きつい言葉と共に門前払いを食らった。

お付き合いいただきありがとうございます。


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