記憶にある光景
新メンバーの勧誘は、結局今日も成果を上げられないまま終了となった。
終了というか切り上げさせられたっていうのが、本当の所だけど……。そっちに気が向いてないせいで、イーダに強く怒られました。はい。
今更ながら、自分は一つの事にしか集中できない不器用な人間なんだと自覚させられた。
というわけで、今気持ちが向いている方を片付けるため、俺は再びヴェルナの家の前までやってきた。
コンコンと扉をノックする。
一秒、二秒、三秒……と数秒の時が流れる。返事は帰って来なかった。
「あれ? いないのか?」
もう一度ノックをする。
やっぱり反応がない。いないのだろうか?
取手を掴み、捻ってみる。
カチャリ。小さな音を立て、扉が開いた。あれ? やっぱり中にいるのか?
ゆっくりと扉を開け切り、中を確認してみる。
日が傾き始め、薄暗くなった室内。その奥から、うっすらと光が零れて来ていた。
「すみませ~ん!」
声を張り上げ、中へと呼び掛けてみる。
けど、やはり反応は帰って来なかった。
「何かあったのか?」
研究者という仕事は意外と危険が付きまとう。俺も昔、ミスで部屋一つ吹き飛ばしてしまったことが有る。
爆発事故なんかはすぐ異変に気付けるからまだいい。だが、表面的に分かり辛い魔術の暴走なんかの事故だと、発見が遅れ被害が大きくなる恐れなどがある。
「確認……してみるか?」
少しの間、悩む。
安全のためとはいえ、やっぱり無許可で他人の部屋に上がり込むのは躊躇われる。
「ええい。悩むな、進め! でないと道は切り開かれないぞ!」
悩んだ末、これも何かのきっかけになると割り切り、中へと踏み込んだ。
相変わらず整理されていない室内。アルヴィが使っていた頃とは大違いで、どちらかというと俺が使っていた部屋の様に見える。
ゆっくりと、積み上げられた本の山やら紙束やらを崩さない様にかき分けながら、奥へと進む。
向かう場所は、明かりが漏れてくる奥の部屋だ。
「失礼しま~す」
通路の先の扉に手を掛け、ゆっくりと開く。
中には――これまた乱雑に積み上げられた本と紙束の山に、壁一面を埋め尽くす本棚と、大きな執務机。そして、この部屋の主は、机に突っ伏して眠っていた。
「おいおい……」
小さく覚悟を決めて来てみたけれど、ただの居眠りだった。
安堵と共に、呆れと、肩透かしを食らう。まあ、何もないならそれでいいか。
「さて、どうしようか」
何もなかった。という事は、残る事象は俺の不法侵入だけ、早々に対処――バレない様に立ち去らなければならない。
「にしても、良く寝てられるな」
机に突っ伏したまま、眠り続けるヴェルナへと目を向ける。
穏やかな寝顔。それは、年相応に可愛らしく、見ているとつい微笑んでしまう。
「あれ? これは――」
寝息を立てるヴェルナ。その姿を眺めていると、ある物に視線が向く。それはヴェルナの眠る机の上に置かれた、数枚の紙束だった。
――Another Vision――
ペラリ、ペラリ、ペラリ。間隔を置いて規則的に鳴る、紙を捲る音。懐かしい音だ。昔から聞き続けた、子守歌の様な、落ち着きを与えてくれる音。
(父……上?)
ゆっくりと目を開く。
目の前には、見慣れた工房の景色が映った。
懐かしい工房の景色だ。もう手の届かない所にある、工房の景色だ。
そんな工房の中、大きな作業台に魔導灯を灯し、一人の男が何かを読みふけっていた。
見慣れた男の姿――父の背中だ。
(これは、夢……?)
もう見る事は出来ない光景に、嬉しさと、切なさが湧いてくる。
「おや? 起こしてしまったかな? すまない」
父が自分に気付き、いつもの様に優しく微笑んでくる。
何度も見た光景だ。
ヴェルナの父は母とは長く続かず、ヴェルナが生まれてすぐに分かれてしまった。その為、ヴェルナは母親の顔を知らない。
男手一つで育てる事に成ったヴェルナの父は、傍で世話をできるよう、ヴェルナを工房に置くことが多かった。その為あって、ヴェルナは父の工房で多くの時間を過ごしてきた。
だから、ヴェルナにとって父の工房は遊び場で、父が捲るページの音は子守歌だった。
「父上、まだ起きておるのか?」
眠たげな眼をこすりながら、問いかける。いつか見た光景だ。
「ごめんな。この作業が終わるまでは、まだ眠れそうにない」
そう言って父は手にしていた紙束を叩く。
「それは、なんなのじゃ?」
「これはな、魔導機関に関する資料だ」
「まぎくらふとじぇねれ~た? なんなのじゃ、それは?」
「名前だけじゃわからないか。魔導機関っていうのはな、魔力――魔晶石から取り出せるエネルギーを動力へと変換する機械の事だよ」
「どうりょく?」
「動きの事だね。こんな風に」
父はそう言って近くに有った本を持ち上げて見せる。
「? それに何の意味があるのじゃ?」
率直な疑問を返す。物を動かすなど誰にでもできる。それをわざわざ複雑な機械で代用することになんの意味があるのだろうか?
すると父は大きく笑いを返した。
「そうだな。最初はそう思うよな。だがそうじゃないんだ」
「どういう事じゃ?」
「人が出せる力というのは思ったほど小さい。そして、魔晶石が持つ力は、考えれている以上に大きいという事だよ」
「??」
「人はレンガを持ち、運ぶ事が出来る。だがそれには限りがある。一度に10個くらいは運べても、20個、30個は難しい。100個とかになるとまず不可能だ。だが、この魔導機関を利用して、魔晶石から動力を取り出せば――それが可能になる。それだけの力を、魔晶石は持っているんだ。
ただ、持ち上げるだけじゃない。動きを変えれば、馬よりも早く、そして多くの物や人を運べる馬車だって作れる。それだけすごい物なんだよ」
目を輝かせ父は語る。
「馬よりも早い馬車?」
だが、この頃のヴェルナはそれがどれほどの物なのか想像もできなかった。
「まだ難しいか。けど、ヴェルナにもこの凄さがいずれ分かるよ。実感と共にね。父さんがそれを、見せてあげるよ」
最後に父はそう言って笑った。
いつかの記憶。もう見る事は出来ない記憶の中の景色。それに手を伸ばした。触れられない知りながら、それでも触れたいと思い、手を伸ばした。
少しずつ少しずつ目の前の景色が薄れていく。それが夢である事を示すように薄れていく。
そして、意識は覚醒へと向かい、見たくもない現実へと戻していく。
ペラリ、ペラリ、ペラリ。間隔を置いて、規則的に、紙を捲る音が響く。
「父……上?」
懐かしさを覚える。聞きなれた音――
(え?!)
バンと音を立てて顔を上げた。誰が? どこから? その音を発しているのだろうか?
すぐさまそれを探す。
「あ……」
目が合った。自分が寝ていた机の上。そこの腰を掛け、一人の男が手にしていた紙束から目を離し、こちらを見ていた。
一人の男――昨日見たあの男だった。
「貴様、なぜここにいる?」
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