残影
「なあ、一つ聞いていいか?」
話しが一息付いたところで、俺はクレアにそう尋ねた。
冒険者ギルドの一角。本日も一昨日から引き続き、地下迷宮へと潜るための新メンバー探し。そして、それはいまだに成果出ず一時中断中。そんな感じだった。
そんな、かんばしくない状況に目をそらしつつ、気を紛らわすため俺は尋ねた。
「何を、ですか?」
「クレアさんは、メルカナスの賢者に付いて良く知ってるんだよな?」
「賢者様ですか? そこまで詳しくはありませんよ。ただ親が賢者様とお付き合いがあるってだけです。その繋がりで、多少彼女の話を耳にした事がある程度です」
「それでも、普通の人よりかは賢者の事に付いては、知ってるんだよな?」
「たぶん、そう、なりますね」
クレアの答えにそっと胸を撫で下ろす。
ヴェルナの取り巻く事柄に付いていろいろ知りたいと思っていた。けど、昨日の事を考えるに、たぶん本人から聞くことは難しいだろう。
クレアにもしヴェルナとの繋がりが無かったら、殆ど伝手が無い状態だった。それだけに安堵する。
「じゃあ、今の賢者が抱えている問題とか詳しく知ってたりするのか?」
尋ねると、クレアは少しだけ表情を顰めた。
「そういった話を本人の許可を取らずに話すのは、良くない事だと思いますが……」
答えを濁された。まあ、そうですよね……。
「どうしても話せないか?」
「私の口からは無理ですね」
「そうか……」
固く口を閉ざされてしまった。
「なぜ、そのような事を聞くのですか?」
「それは――」
「こいつ。賢者の家を買おうとして、揉めてるんだよ」イーダが横合いから割り込んでくる。
「え!?」
うん、間違ってはいないが、その言い方だとちょっと誤解があるんだけど……。
「家というか、工房部分、かな? それでちょっと、ね。本人から直接聞くのは難しそうだったから、他からって思ったんだけど……」
「それで、ですか」
「素直に渡してくれるとありがたいんだけど、何か知らない?」
「多分、無理だと思いますよ」
「なんでだ?」
「あの場所は、代々賢者様から受け継いできた場所ですから、そう簡単に手放せる場所ではないんですよ」
「なんでそこを手放さなくちゃいけなくなったんだ?」
そもそもの疑問であり、本題だった。大切な場所である事は容易に想像できた。けど、それだけ大切な場所であるのなら、なぜ手放さぬてはならないのか?
借金のせいで差し押さえられたと聞いたが、ならなぜそんな借金を抱え込んだのか? それが大きな疑問だった。
賢者と称えられる人物。それだけの地位なら、それ相応の収入があるはずなのに、なぜ彼女はそうなってしまったのか、大きな疑問だった。
「それは……――」
クレアは大きく視線を逸らす。
やはりその辺りで何か問題をかけているみたいだ。
「話せない?」
「逆になぜユリさんは、そこまでその事を気にするのですか? 不動産の取引で、法的には問題ないのですよね? なら、それを理由にすれば、問題にならないのではないでしょうか?」
「まあ、そうなんだけど……それだと、ちょっと心情的にあまり良くないかなって。それと単純にそう他人事って切り捨てられない立場だから」
メルカナスの賢者。それは、俺に対して使われていた異名だ。それにどれだけの意味があり、どれだけの重さがあり、どれだけの責任があるのか、正直良くわからないし、興味などない。
けれど、そんな俺の異名を引き継ぎ、それで苦しんでいる人がいるのなら、見過ごすことはできそうにない。
現状、今の賢者であるヴェルナと俺との接点はほぼない。この工房の買取りに関する問題だけが唯一の接点だった。それだけに、それを強引に進めるのは気が引けたし、それを理由により正確に物事を把握したいと思っていた。
「話してなかったんだけど、実は俺、メルカナスの賢者ってのとちょっと関係があって、だから他人事って割り切れないんだよ。と言っても、今のメルカナスの賢者とはほとんど関係がないから、気にすることじゃないのかもしれないけど」
「そう、だったんですか……」
「だから、無理やりってのはね」
「そういう事ですか。分かりました。少しだけ、お話しします。」
「実は今の賢者様――ヴェルナ様は、立場的にあまり良くないんみたいなんです」
一度息を付くと、クレアはそれから語り始めた。
「大切な工房を手放す事に成ったのには、借金が絡んでいるのは知っていますよね?」
「一応、聞いてはいるかな」
知ろうとしたわけではないけど、聞いてしまった。
『借金』。なぜ、そうなったのだろうか?
「そもそもなんで借金なんて背負ったんだ? それなりの立場の人間なら、それなりの収入があるだろ?」
「一概にそうとは言えませんが、おおむねその通りですね。ただ、賢者様は研究者という職ですから、どうしたってお金を必要になるんですよ。それが、その借金に繋がったんだと思います」
「その研究なんかに対して、政府とかから研究資金なんかをもらえてたりしないのか?」
疑問を投げかける。
俺がメルカナスで宮廷魔導士として働いていた時は、俺の研究に対して国から研究資金が出されていた。
俺の記憶では、結構な額を貰っていた気がする。今はどうなっているかわからないけど、昔のように政府公認の研究者なら、それなりの額の研究資金が出されているはずだ。
「前は貰っていたみたいです。ですが、今はほとんど貰えていないと聞きます。そのせいで、有志の方に献金を募ったりもしていたみたいです。
一部では、賢者に対する研究資金の提供を完全にやめるべきだという話も出ているみたいです」
「なんでそんなことに……? 賢者ってすごい人物なんじゃないのか?」
「すごい人物だった。ですね。初代賢者様は多くの失われた技術を復元し、国を発展させました。そして二代目様がそれらを使い、アリアストの独立を勝ち取りました。けど、それ以降の賢者様は何も出来ていないんです。
新しい発見もなければ、新たに何かを生み出すこともない。けれど、研究者という立場上、多くの資金を必要とする。そんな状態だから、苦しい立場に立たされているみたいです。
先代の6代目様は、そんな状態で心労が祟り、早くに亡くなられてしまいました」
「なる……ほど」
思っていた以上に、状況は良くないみたいだった。
成果を出せなければ、それに対する資金提供をやめられても仕方がない。けど、研究者という立場上、研究をやめるわけにはいかない。だから、借金を抱え込んだ。
普通の研究者なら無理と分かれば、別の道を選べたかもしれない。けど、偉大な先人の名を継いだ以上、それを汚すわけにもいかない。だから、やめるわけにもいかず、大切な物を切り崩し、泥沼に嵌まっていく。そんな、ヴェルナが哀れに思えてくる。
けどそれを聞いたところで、パッと解決方法が思い浮かんでこない。
できてもせいぜい、融資をするくらいだ。
「賢者様ってのは大変なんだな」
横で聞いていたイーダが、他人事のような感想を漏らす。
「私達には想像もできない苦労があるんでしょう。きっと……」
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