軋轢
石造りの古びた建物。その建物の裏手から伸びる三階への階段。俺はその先の、三階の扉の前に立っていた。
昨日の話し合いから日を置いた今日、どうしても気になってここへ来たのだ。
『賢者レイニカイネン』。この部屋の持ち主の名が刻まれた見慣れないプレートには、ある意味で見慣れた名前が刻まれていた。
少し、苦笑いが零れる。
弟子が暮らしていた場所で、俺以外の俺の名を使う人物が暮らしているだなんて、何とも言えない気分だ。
「なんか、変に緊張するなぁ」
目上の人ってわけではない。いや、今の立場からでは目上の人か……まあ、なんというか、歳の離れた甥っ子、姪っ子なんかに初めて会いに行くような、そんな落ち着かない気分だ。
「よし」
大きく息をして、気持ちを落ち着ける。そして、覚悟を決めると、扉を叩いた。
コンコンとノックをして、しばらくすると「何じゃ」と言う返事と共に扉が開かれた。
「お主は……誰じゃ?」
扉の向こうからは目的の人物が顔を出した。
「俺は、ユリって言います。昨日、ギルドでクレアと一緒に居た」
「? ああ、クロムウェル嬢のPTの。なんじゃ、何か用か?」
「はい。ちょっと話したい事がありまして」
「そうか、なら入れ」
「良いのか?」
「良いも何も、こんな所で話すのも変じゃろ。もてなしは出来ぬが、それでよいのなら中で話せ」
そう告げるとこの部屋の主であるヴェルナは、中へと案内してくれた。
乱雑にいくつもの書籍と紙束が積み上げられて狭くなった通路。そこを抜けると、これまた乱雑に書籍やらなんやらが積み上げられ狭くなった応接室らしき場所へと通される。
以前の所有者が割と几帳面で、その頃の事を良く知っているだけに、この大きな違いには苦笑が漏れる。
「適当に座ってくれて構わぬ」
ヴェルナが座るように促す。俺はそれに従い席に付く。すると、ちょうど目線の先に、幾つかの肖像画が並んでいるのが見えた。
髭を蓄えたいかにもな老人の肖像画が四つに、年若い男性の肖像画が一つ。それら老人の肖像画の一つに、アルヴィ・レイニカイネンと名が下げられていた。
「この絵は?」
「それは歴代賢者の肖像画じゃよ。どうじゃ、カッコいいじゃろ」
尋ねると、ヴェルナは得意げな表情で返事を返してきた。俺はそれに苦笑いを返す。
歴代の偉人。そう聞くとかっこよく思えるが、変に身近なだけに、どうもそういった感想は抱けなかった。
てか、アルヴィのヤツ、ふけなたなぁ~……。はい、これが正直な感想です。
「肖像画、5枚しかないけど、数足りなくないか?」
壁に掛けられていたのは2代目から6代目までの5枚。こう歴代賢者の肖像画が並ぶと、自分のものはどう描かれているのか気になってくる。なので尋ねてみた。
「それですべてじゃ」
「あれ、7代目なんじゃないの?」
「妾の肖像画はまだ作っておらぬ。それと、初代様の肖像画は描かれた事が無いのじゃ。だから、肖像画が残っておるのはその5枚だけじゃ」
「そうなのか」
そういえば、俺自身、まず肖像画とか書いてもらった覚えがない。なら、有るはずもないよな。
「あれ、でも銅像あったよな」
「あれは、想像で作られたものじゃ。本人を模したものではない」
で、ですよね~。どおりで似ていないわけだ。
「それで、お主は妾になんの用があってきたのじゃ?」
ヴェルナがドカッと向かい側の席に座ると、すぐさま問い返してきた。
「ああ、ここの下の一階と二階、そこを買い取ろうと思って――」
「出て行け」
本題を口にする。すると、それを言い切る前に、冷たいヴェルナの言葉が帰って来た。
「あそこは渡せぬ。諦めろ」
「いや、でも――」
「でもでもなんでもない。お主等がどう思おうが、何をしようが、あそこは渡せぬ。帰ってくれ」
もう話すことは無いとばかりに、立ち上がり、ギロリと鋭い視線を返してきた。
「なんでそんなにあそこにこだわるんだ?」
「そんな事を聞く貴様に答える義理などない。出て行け、今すぐに」
ピッ外への繋がる通路を指さし、強い敵意を持って告げてくる。
これ以上は、話してもいい結果にはならないだろう。そうとはっきりわかる。そう判断すると俺は立ち上がり、素直にその場を後にした。
ヴェルナがアルヴィの工房に固執する理由はなんとなく理解できた。
どういう経緯があったか知らないが、俺のかつての家と工房はもう存在しない。となると、メルカナスの賢者に縁のある場所は、アルヴィの工房だけとなる。そんな場所を、メルカナスの賢者としては簡単に手放すわけにはいかないのだろう。
俺自身も、良く知るアルヴィの工房を誰とも知れる者に我が物顔であれこれ変に使われるのは、いい気はしない。
だから、理解できる。できるが――
「ここままじゃ、いずれ誰かの手に渡る事に成るだろうな」
外へ出て、歴史を感じさせるその外見を見上げながら呟く。
守りたい。そう思っても、実際問題ヴェルナは法的にその所有権が認められていない。なら、どう足掻いたところで、いずれは誰かの手に渡ってしまう。それならいっそ俺がもらい受けた方がいいんじゃないかって思うのだが……、
「これは、絶対嫌われるよなぁ……」
深く溜め息を零した。
――Another Vision――
ガチャリ。日が暮れ、月明かりだけが差し込む暗い室内に、一人の少女――ヴェルナがゆっくりと立ち入った。
暗く、静かな室内。室内の家具なんかはすべて取り払われ、今は生活感一つない。
つい数年前まで人が住んでいたのに、その名残は――今はほとんど感じる事が出来ない。
音のない静かな室内。それを目にすると、ヴェルナは胸が強く締め付けられる様な感覚にかられた。
ここ――ヴェルナの暮らす建物の一階と二階は、かつてヴェルナの父、6代目メルカナスの賢者が使っていた工房だった。元を辿れば、その先代、果ては二代目メルカナスの賢者が使っていた工房で、メルカナスの賢者達が代々使ってきた由緒ある工房なのだ。
本来なら国が保護すべき文化財なのかもしれない。だが、代々メルカナスの賢者にはもっと大きな本工房が別に存在したため、そちらが文化財として保護され、この小さな個人用の工房は国の保護を受ける事は無かった。
だから、こうなってしまった――
いや、元を正せばすべての原因は自分自身にある。
賢者の名を継いだ私が、この由緒あるこの工房を――守るべき大切な場所を、借金の支払いの為に手放さなくてはならなくなったのだから。
手を強く握りしめる。悔しさが滲む。
借金の取り立てに来た金貸しの顔が思い出される。次に、ここの買取りを告げに来た不動産屋の顔が思い出され。そして最後に、ここを買うと言ったあの男の顔が思い出される。
怒りが込み上げてくる。
絶対に渡さない。
「父上、爺上、妾は絶対、ここを守って見せます。絶対に、絶対にじゃ」
手を握りしめ、ギッと見えない敵を強く睨みつけた。
――Another Vision end――
ギロリと怒りの籠った視線を向けられ、背筋に冷たい何かが走った。
「あんた。なんでこんなところにいるの?」
目の前の怒りの視線を向けてくる相手――イーダはそう尋ねてきた。
「それは……泊めてもらおうかなって、思ったから?」
「あんた、家買うって言って、一昨日、昨日、そして今日、不動産屋に行ってきてたよな?」
「そう……だね」
「さっさと決めて出ていくって言ったよな?」
「そう……ですね……」
「で、なんでここにいるんだ?」
「それは、今日も泊めてもらおうかと思って……」
「……………………」
呆れられたような視線が帰って来た。まあ、そうなるよね。
「はあぁ~。いいよ、別に。ここの所有権なんて正式には私にないし、勝手に使いな」
そう大きなため息を付かれのち、中へと通してくれた。
「あんた。まだあそこに拘ってるわけ?」
教会の廃墟の中へと入り、いつもの場所に座ると、イーダがそう問いかけてきた。
「あそこって?」
「あいつ、賢者が住んでる場所」
「ああ、まあ、なんというか、引くに引けないというか、ちょっと気になっちゃって」
「なんで、そんな問題事を背負いこむかねぁ」
「なんか他人事って割り切れない立場でね」
「なにそれ」
「こっちの話。気にしないでくれ」
「ま、いいや。こっちとしては、さっさと片付けて、さっさと出て行ってくれればそれで良い」
「悪いな。迷惑かけて」
「そう思うんなら、さっさと出てけ。馬鹿」
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