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メルカナスの賢者

「すみませんでした!」


 開口一番にクレアが口にしたのは、そんな謝罪だった。


 一日が経ち、まともな進展が得られぬまま、俺達は再び冒険者ギルドの一角に集まり、今後の話し合いをしていた。


「なに? いきなり」


「色々と、ご迷惑をお掛けしたかと思いまして」


「迷惑って?」


「今、やらなきゃならない事が有るのに、先日の事を上手く整理できてなかったりで……ごめんなさい」


「ああ、その事。別に気にしてないよ。それより、もういいの?」


「はい。何とか自分の中で折り合いをつける事が出来ました」


「そ、ならいいよ。長引くようなら、うざってぇってだけだったし」


 本当にどうでも良いかと言う様にイーダは答えを返した。それに、クレアは「イーダさんらしいですね」と小さく苦笑いを返した。


「それじゃあ、改めてどうして行くか考えますか」


 そして、一息付くと改めて本題へと入っていった。




 そんな感じで、俺達PTメンバー三人が頭を付き合わせて、軽く話し合いを始めたころだった。


 冒険者ギルドの扉が音を立てて開かれ、ギルドの広いホールに一人の人物が踏み入ってきた。


 その人物が持つ有無を言わさぬ威圧感がそうさせたのだろうか? その人物がギルドホールへと入ると、ホール内は一度静まり返る。そして、静まり返った静寂の中で、その人物を注視した冒険者たちが、小さくざわつく。


「あいつ……」


 イーダも同様に、その人物を目にすると、小さく言葉を漏らした。


 その人物は見たことある人物だった。


 それもそのはず、相手はつい昨日会ったばかりのあの少女だった。


 少女は辺りを一巡し彼女を見ている冒険者たちを見渡すと、少しだけ満足げな表情を浮かべる。そして、カツカツと歩き始めると、傍のテーブルに付いていた冒険者集団へと歩み寄った。


「お主等、冒険者か?」


 少女は、その小柄な身体でまるで見下ろすかのようにして冒険者たちに尋ねた。


「お、おう。見ての通りの、冒険者だぜ。それが、なんだ?」


「レベルはいくつじゃ?」


「レベル? 12だけど……それがどうかしたかよ」


「12? なんじゃ、思ったより低いではないか、使えんのぅ」


 冒険者の答えを聞くと少女は表情を顰めると、そしてため息を付いた。


「なんだ、てめぇ! 喧嘩売ってんのか? ああ!?」


 さすがにこの答えには冒険者も我慢ならなかったのか、今にも掴みかかりそうな勢いで身を乗り出した。


「能力の無い物に、能力が無いと言って何が悪い。12レベルなど並み程度では無いか、そんな冒険者に用などない。邪魔したな」


 煽るような事を告げ、少女が立ち去ろうとすると、我慢の限界を迎えた冒険者が呼び止めた。


「待てよ」


「何じゃ?」


「素直に聞いてりゃぇ良い気になりやがって、並み程度だからって見下すなよ? おめぇにはそれ以上の実力があるっていうのか? 嬢ちゃんよう。冒険者の厳しさって奴を教えてやろうか? ああ?」


 ポキポキと指を鳴らし、青筋を浮かべた冒険者が立ち上がる。完全にやる目だ。


「何じゃ? 力で訴えかけようというのか? お主、妾が誰か分かって言っておるのか?」


 冒険者として鍛え抜かれた大男と、小柄な少女が向き合う。外見から見て取れる力の差は、歴然と言えるものだ。


 けれど少女はそれでも取り乱すことなく、逆に呆れたように溜め息を付いた。


「ああ、知っているよ。十分になぁ。お飾りの()()()。現実って奴を教えてやるよぉ!!」


 そんな少女に余計我慢できなくなったのか、冒険者が迷うことなく踏み込み、拳を少女へと振り下ろした。


 殆ど手加減していないであろう一撃。だが、その拳が少女の身体をとらえる事はなかった。


 バターン。大きな音を立て、気が付くと冒険者は地面に倒れ伏せていた。


「実力の差も理解できぬとは……余計に救えんな」


「な、なにをしやがった……」


「貴様のような雑魚冒険者に話す理由などない。邪魔したな」


 いまだに倒れたままの冒険者にそう告げると、少女はすぐさま踵を返した。


 一瞬の出来事、それにより先ほどまで少しざわついていたギルド内が再び静まり返る。


 その変化を見て取ると少女はホールの中央に立ち、それから大きく口を開いた。


「妾は今、冒険者を必要としている。もちろん、高レベル冒険者じゃ。妾の仕事を受けてくれるという冒険者はおらぬか?」


 少女は大きくそう告げた。


 目立つような形での仕事の依頼。これには多くの冒険者が食らいつく案件かと思ったが、案外どうでもなかった。


 先ほど見せられた圧倒的な実力の前に尻込みしたのか、名乗りを上げる冒険者は現れなかった。


「何じゃ、誰もおらぬのか? 意気地なしどもめ。これではここへ来た意味がないではない」


 少女が呆れたように溜め息を付く。


 そして、改めてギルド内を見渡すと、少女はある一点へと目を止めた。そう、有る一点――俺達が座るテーブルだった。


 少女は俺達の方へと視線を向けると、一度驚いた様な表情を浮かべ、それから少しだけ足早にこちらへと向かってきた。


「げっ……」


 それを見てイーダが、小さく嫌そうな表情を浮かべる。まあ、そうなるよね。


「お主……どっかで……?」


「お久しぶりです」


 俺達の座るテーブルに辿り着いた少女に、挨拶を返したのはクレアだった。


「おお、やはり顔見知りであったか。済まぬ、名はなんといったか」


「クレアです。クレア・クロムウェル」


「クロムウェル……ああ、あああ、思い出した。あのクロムウェル家の令嬢か、お主、冒険者をしておったのだな。知らなかったぞ」


「兄が、冒険者でしたから」


「なるほど。それでか、理解した」


 少女はクレアの話を聞き、うんうんとうなずいた。それは明らかに良く知る相手との会話のようだった。


「なに、知り合いなの?」


「はい。家の繋がりで、話す機会が有ったので、それなりに」


「そう。で、誰なの、そいつ」


 置いてけぼりを喰らったイーダは、クレアに問いかけた。言葉に少し棘がある。イーダとしては、目の前の少女にあまり良い印象を抱いていないようだ。


「何じゃ、妾を知らぬのか。冒険者なのに」


 そんなイーダに、少女は呆れたような声を返した。


「悪いな。私は育ちが良くないんで、世間には疎いんだよ。で、誰なんだ、そいつ」


「紹介しますね。こちら、メルカナスの賢者ヴェルナ・レイニカイネン様です」


 一瞬、空白の時間が訪れた。原因はおそらく驚きだろう。


 イーダは今までの嫌そうな表情が一変、大きく驚きを見せた後、頭を抱えた。


「レイニカイネンって、嘘だろ……」


 頭を抱えながら、イーダがそう呟く。


 レイニカイネン。レイニカイネンってあの……俺の名前???


 俺にこんな親族なんていたっけ? いや、俺はもともと孤児だった。だから親族などいないし、もちろん俺に子供などはいない。だとすると……誰だ??


「ようやく理解できたようじゃな。妾が誰かを」


 ヴェルナと呼ばれた少女は、得意げな表情を浮かべ、腕を組んだ。


 それにイーダは舌打ちを返すと、もう見たくないとばかりに視線を外しどこか適当な場所へと視線を向けた。


「……ごめん、誰?」


 勝ち誇ったような表情を浮かべるヴェルナを前に、俺が出せた答えはそれだった。


 やっぱり、いくら記憶を探っても目の前の少女に繋がる系譜は思い浮かばなかった。


「クロムウェルの令嬢よ。こやつ、ほんとに冒険者なのか……?」


 なんか憐みの視線を向けられたんだけど……そんなに知ってないとまずい事なのか? クレアもなんか苦笑いを浮かべてるし。


「ま、まぁ、最近は外から来た人とか多いですから、そういった人だと知らなかったりしますよ」


「そうか……そうなのか」


 クレアのつたないフォロー。それを聞くとヴェルナは、一瞬だけ小さく目を伏せた。


「?」


「それより、賢者様はなぜこのような所に?」


「そんなもの地下迷宮に降りるために決まっておろう。それで冒険者を探しておったのじゃが……このざまじゃ」


「なるほど」


「そうじゃ。クロムウェルの令嬢。確か、お主の兄も冒険者じゃったな。それも高レベルの。それなら――」


「え?」


「あ……済まぬ。忘れてくれ」


「いえ……」


 ヴェルナが一度一つ提案を口に仕掛けるが、事情を知っているのだろう、直ぐにそれを引っ込める。おかげで、少しだけ空気が重くなる。


「済まぬ。邪魔したな。失礼する」


 そんな空気の中、ヴェルナは手早くそう告げると、すぐさま踵を返しこの場から離れて行った。




「何なんだ、あいつ、偉そうに」


 ヴェルナが居なくなり、静かになるとイーダがそう愚痴を零した。


「実際、偉い人ですから」


「そうだけどさ、ああいった権威をかさに横暴な態度をとる輩は、私は嫌いだよ」


 鋭く吐き捨てる。それにはクレアも苦笑いを返す。


 二人はヴェルナの事良く知っているような口ぶりだった。


「で、結局誰なの?」


 なので、気になって再度尋ねる。


 『メルカナスの賢者』。この異名は、俺の記憶の中では俺に対して使われていたものだと記憶している。他に呼ばれている相手を俺は知らない。


 では、なぜ彼女がそう呼ばれているのか、その経緯がどうしても知りたくなってしまう。あと、レイニカイネンという名前に付いも――


 と、そう思って尋ねてみたけれど、二人から驚いたような線を向けられた。


「え、なに?」


「それ……本気で言ってたんだ……」「本当に、知らなかったんですか……」


 そしてまた、悲しそうな物を見るような目を向けられる。


「ごめん。俺、そういうの疎くて……教えてくれると助かる」


「そうですか。まあ、知らないとちょっと恥ずかしいですから、お教えしますね」


「助かる」

お付き合いいただきありがとうございます。


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