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過去との邂逅

「し――! ――う! 起きてください! 師匠!」


 バン! と大きな音を立てられ、それで目を覚ます。


「う、ああ~……」


 眠たげな瞼を開け机に突っ伏していた顔を上げると、見慣れた青年の姿が目に映った。


 少し怒った様子の、中性的な顔立ちの青年の姿だ。


「ふ、ふぁ~あう。なんだ、アルヴィか、おはよう」


 欠伸をかみ殺す。


「おはよう。じゃないですよ! 今何時だと思ってるんですか? いつまで寝ているつもりだったんですか?」


 プン、プンと怒った様子で目の前の青年――アルヴィはいつもの小言告げてくる。


「いつまでって、俺の気が済むまでだよ」


「気が済むまでって……師匠には公務が有るんですから、そんなんでは困りますよ」


「公務? 公務ねぇ……」


「何ですか? 嫌なんですか?」


「当たり前だろ。俺は研究者だ。人前に出るのが仕事じゃないし、その為に努力してきた人間でもない。誰が好き好んで、お偉いさんと一緒に晩餐だのなんだのに出なきゃいけないんだよ」


 想像しただけで退屈すぎる時間を思って、愚痴を零す。


 それを聞くとアルヴィは呆れと共に小さく笑った。


「まったく、師匠らしいですね。分かりましたよ。今回の公務は、僕が代わりに出席しておきます」


「良いのか? お前もやりたい事とかあるだろ?」


 アルヴィは俺の弟子で、俺と同じ研究者だ。なら、俺と同じで自身の研究やらで時間は欲しいはずだろうに。


「構いませんよ。僕の時間より師匠の時間の方が貴重ですから。師匠が作り出す物が完成する方が、僕自身の研究より大事だと思います」


「そんなもんかねぇ~。俺は作り出す物ってったって、半分くらいはただの復元だぞ、大したもんじゃない」


「そんなことないですよ。単に復元と言っても僕達の理解が及ばない所に手を出しているんです。それはもうすごい事なんですよ」


 キラキラと目を輝かせアルヴィは語る。相変わらずの褒め殺しだ。


「あ、そう言えば師匠。あれ、この前作ってた奴はどうなりました?」


「この前作ってた奴? ああ、魔導機関マギ・クラフト・ジェネレーターの事か」


 尋ねられ、俺はニヤリと笑う。


「ちょうど今朝完成したところだ」


 立ち上がり、傍に有った布を取り去る。すると中から金属が複雑に絡み合った、ソレが姿を現す。


「高純度の魔晶石を、殆どロスなく動力へと変換する魔導装置。名付けてマギテック・ジェネレーター。完成したぜ!」


 勝ち誇った様に、ソレを見せつける。


 勝ち誇ったり、ひけらかしたりするのは基本的にはあまり好きではない。けど、自身の作品を披露するこの瞬間はやっぱり好きだ。


「これさえ有れば魔術を扱えない者でも、一度に大量のものを素早く移送、運搬が可能になる。世界のインフラが大きく変わるぞ」


「さすが師匠。メルカナスの賢者と呼ばれるだけの事はあります」


「おい、その呼び名はやめろって言っただろ? それに、お前、これを初めて見たとき『転移魔術でいいじゃん』って言いてなかったか? なんだ、その持ち上げ方は」


「あれ~? そんな事言いましたっけ? 僕」


「言ってたよ。畜生。まあ、いいや、今から軽くレクチャーしてやる。付き合え」


「はい、わかりました」




 昔の記憶だ。100年以上前、俺と一つ年上の弟子であるアルヴィと過ごしていた頃の記憶。宮廷魔導士としての地位を持っていた頃の記憶。


 懐かしい部屋の見取り図を見て、つい思い出してしまった。


 古い石造りの建物前に立つ。不動産屋のバードナーに連れられてやってきた場所だ。かつて俺の弟子だったアルヴィが暮らし、奴が使っていた工房があった建物。


 長い時間がたったが、その名残は色濃く残っており、その頃の記憶が鮮明に思い出せる。


「ここ、か……」


 懐かしい場所。それを見て、つい微笑んでしまう。



   *   *   *



「こちらに成ります」


 担当者のバードナーが目当ての物件の前に立つと、懐から鍵を取り出し扉の鍵穴にそれを差し込む。


 ガチャリ。鍵が開けられ扉が開かれると、一瞬だけ記憶がフラッシュバックされる。


 俺の部屋とは異なり綺麗に整頓されたアルヴィの部屋。それでも、研究者らしく多くの書物や紙束で狭苦しさを覚えるそんな部屋。それが、目の前に広がった気がした。


 けれど、実際の部屋の内装は家具などは無くなっており、記憶の中のそれとは大きく異なっていた。


「建物自体はだいぶ古いものなので、その辺りが気になるかもしれませんが作りその物はしっかりとしているのでまだまだ使えると思います」


 バードナーはそう告げると、部屋一つ一つを案内してくれる。


「それで、ここが工房として使われていた場所です」


 そして最後に、一番奥の大きな部屋へと通してくれる。


 記憶の中でちょうどアルヴィの工房があった場所。残念ながら今では機材のほとんどが取っ払われている為、当時とは大きく変わっている。それでも当時の面影は残っており、少しいじればまた工房として使えそうだ。


「気に入っていただけたでしょうか?」


「ああ、十分だ。ここでいい」


 懐かしさを覚えつつ返事を返す。


「ここ、二階も使っていいんだよな?」


「はい、一階と二階、セットとなります」


「三階は?」


 記憶の中でのアルヴィの家は三階建てで、一階が工房、二階が資料室、三階が生活空間となっていた。だが、不動産屋で見せてもらった見取り図には一階と二階しかなく、三階のものは含まれていなかった。てっきり何らかの形でなくなっていたのかと思ったが、外から見た感じ三階はまだ残っているみたいだった。


「三階は別の方の持ち物に成っているので、売れるのは二階までとなります」


「それで、か……」


 確か一階、二階を仕事場としてきっちり分け、三階とは中では繋がってない構造だった。だから人から人に渡る過程で別々に売られ、今のようになったのかもしれない。


「ご不満でしたか?」


「いや、大丈夫です。これで」


 欲を言えば丸々ほしかった。だが、最悪一階を工房、二階を生活空間に変えてしまえば問題はない。そもそも俺はあいつと違って、仕事場と生活場所をきっちり分ける性格じゃないし、適当にベッドなんかを置いて寝泊まりできればそれでいい。


「では、気に入って頂けた様なので、契約書へのサインと料金のほうを後程お願いします。鍵などはその時お渡しします」


「わかりました」


「では、いったん戻りましょうか――」


 確認することは終わった、後は金を払って終了。そう思った矢先だった。


 バタン。と、大きな音を立て入り口の扉が開かれた。


「また来おったか、悪徳業者め!」


 怒りの籠った声。それが、開かれた扉の向こうから飛んできた。




 小柄な身体に黄金色の髪と緑色の瞳をした少女。それが開かれた扉の向から怒りの表情を浮かべ立っていた。


「えっと……誰ですか?」


 唐突に表れたその少女を見て、俺は周辺事情に詳しそうなバードナーへと問いかけた。


 バードナーは頭を抱えていた。


「言ったはずじゃぞ、ここは渡せぬ」


 ギロリ。そう言って少女は鋭く睨みつけてきた。


 それを見てバードナーは一度小さく溜め息を付く。


「前にもご説明しましたが、ここは我々が正規の手続きを通して買い取った物件です。よって現在は我々の持ち物です。それをどうするかは我々に決定権があると――」


「妾は売った覚えなどないぞ!」


「借金による資産差し押さえでこの物件を差し押さえられたのではないですか。今更、どうこう喚かれてもどうにもできません」


「妾は少しだけ待ってくれと言ったはずじゃぞ――」


「契約は契約です。そう簡単に支払期限は先延ばしなどはできません。そもそも、そういった話は、金貸しの方に言ってくださいと伝えたはずです。今更どうこうなる問題ではありませんが」


 バードナーに言い返されると、少女は悔しそうに歯ぎしりする。そして、


「出ていけ。貴様らがなんと言おうと、妾は認めぬ!」


 そう言い残し強くバタンと扉を閉じだ。




 嵐の後の静寂。騒がしかった空間が静まり返る。


「あの……今のは?」


「ああ、申し訳ありません。お見苦しいところを見せてしまって」


「いえ、構いませんけど……あれは?」


「あの方は、この物件の前の所有者で、今は三階に住んでいる方です。聞いていたかと思いますが、借金の支払いが出来ず、財産の一部が差し押さえられて、それを我々が買い取ったのです。

 ですので、ここの所有に違法性はないのですが……納得できないようで、ああして文句を付けに来るのです。

 もし、この物件を購入するのでしたら、またああして嫌がらせが来るかもしれません。我々の方でも対処しますが、もしお嫌だと思いましたら、別の物件をお探しに成った方がよいかと思います」


「そう……ですか……」


「すぐに決定してくださらなくて構いません。少し考えてから、決めてください」


「わかりました」


 そう言って、家の下見は解散となった。


「で、どうすんの?」


 かつてのアルヴィの家。そこから外へと出て、帰路へと付くと、ずっと一緒に居たイーダがそう尋ねてきた。


「どうするって?」


「あの家。もめ事抱えてるみたいじゃん? 買うの?」


「あ~、どうしようかな? あそこ以上の物件ってそうそうないだろうから、個人的にはあそこが一番いいんだけど……」


「そ、まあ、あんたの自由だし好きにすれば」


 答えを返すと、イーダはそう軽く流し、それから一度振り返って、例の建物へと目を向けた。


「どうかした?」


「さっきのガキ。どっかで見た気がする」


「知り合い?」


「まさか。私の知り合いに、ここいらの家を持てるような人間はいないよ。けど……」


 言葉を濁し、少し考え込むと


「まあ、どうでもいいや」


 イーダは思い出す事を諦めたのか、そう流した。

お付き合いいただきありがとうございます。


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