事の顛末
「はぁ~」
大きく溜め息を付いて、備え付けの柔らかい椅子に腰を下ろした。
俺は冒険者ギルドへと来ていた。
ヴィンスの件についての事務的処理の為ここへ呼ばれ、ちょうど今、それが終わったところだ。
事務的処理。こういった細々とした仕事は一番嫌いなのだが、イーダは読み書きが出来ないという事で俺に押し付けられた。ちくしょう。
ヴィンスに付いてあの後どうなったかと言うと、イーダの一存でPT追放処分する事に成ったが、冒険者ギルドの方で幾つか話を聞きたいとの事と、身柄の引き渡しを要求してきたため、今に至った。
イーダはその場で怒りを見せたものの事後処理などで一応の納得を見せたが、問題はクレアの方だ。
クレアは事の最初に麻痺毒を受け、ほとんど顛末を知らないはずだ。クレアはヴィンスの事強く信頼していた。それだけに、この件をうまく受け入れてくれるかちょっと心配だった。
「はぁ……」
溜め息が零れる。やっぱり、人間関係のあれこれって苦手だ……。なんで、こんな事考えなきゃいけないんだ。
ちょっと、愚痴りたくなる。
「よう。災難だったらしいな」
そんな風に、俺がため息を付いていると、一人の男が声を掛けてきた。
がっしりとした身体の戦士風の男――冒険者に成るための試験をしてくれたドルフだ。
「話、聞いたのか?」
「これでも一応ギルドの職員だからな。関わった冒険者の話は、自然と耳に入るんだよ」
ドカッとドルフは俺の座る隣の椅子の腰を下ろした。
「ヴィンス。あいつ、どうなるんだ?」
「さぁな。詳しくは調べてみなければわからん。多分、処刑される事は無いだろうが……国外追放くらいはあり得るかもな」
「そんなにやばいのか?」
『国外追放』その言葉が出た事に大きく驚く。
アリアストの法律が詳しくどうなっているか知らないが、少なくとも俺の知る限り国外追放はかなり大きな罰則だ。
「冒険者に関する事件などでの罰則などには、ギルド側に一定の裁量が有る事は知っているか?」
「いや、初耳だ」
「はは、そうかよ。まあ、今回の件。実は、ここのところギルドを悩ませている大きな事件の一つでな。それで、この件に関してはギルド側で大きな罰則規定してるんだ」
「大きな事件?」
「ヴィンスって男。あいつ、ギルドの試験に一度落ちてるんだよ。まあ、ただ、落ちるだけなら何の問題もない。再度試験を受ける事だって可能だ。だが、問題などはあいつは二度以降試験を受けてはいない事だ」
「それはつまり――」
「そう、あいつはギルドから正式に冒険者として認められていない」
「? でもあいつは、地下迷宮へ降りるための申請を通してたはずだ。冒険者4人以上のPTでなければ、許可は出ないんだろ?」
問い返すとドルフは非常に困ったような表情を返した。
「ここからは余り人には話さないでくれ。
正直に言うとな。ギルドは冒険者すべてを管理出来てはいないんだ。まあ、年に数百人って人間が冒険者に成って、数百人が死ぬか辞めるかで、ギルドの管理から離れていく。一人一人を完全にっていうのは、技術的に不可能だ。こればかりは仕方ない。
一応、個人名を記したタグなどを発行してはいるが、そのタグと個人を完全に紐づけできてはいない。
タグを別の誰かが名前を偽って付けちまえば、ギルドはその人物を冒険者だと判断しちまう。そういう穴が有るんだよ」
「大変なんだな。ギルドの職員っていうのは」
「まぁな。感謝しろよ。
でだ。穴が有る事は最初から分かっていてだが……ここにきて、それを利用した犯罪まがいの事が出始めてな。それが今回の事件だ」
「冒険者の情報と証の売買」
「そういう事だ」
「けど、証なんてどこから手に入れるんだ? 基本身に着けているものだろ? 複製でもしてるのか?」
首に下げたタグを手に取って見せる。
「そんなもん。地下に幾らでも転がってる」
「それも……そうか……」
言って、ちょっと声が沈む。
何度も言うが、冒険者は危険な職業だ。当然死ぬ事もあり、年間何人もの冒険者が死んでいる。そして、その死亡した冒険者の持ち物がどうなるかというと、当然その場――地下迷宮に残される。誰かが回収しない限りは――
「まあ、現状はもっとひどいらしいがな。聞く話によると、やめた冒険者から買い取ったり、盗みや殺しまで有るとも聞く。お前さんも注意しろよ」
「そんなに……か」
想像以上の事に、少しだけ言葉を詰まらせる。
「ただな。成りすましがいる分には、まだ良い。いや良くはないんだが……。問題は、そういう戦力にならない人間が、冒険者PTに入り込むことだ。レベルの高い冒険者なら、目利きが効く分自衛が出来る。だが駆け出し、低レベル冒険者じゃあ、そうもいかない。そして、そういったPTにそいつが入り込むと――」
「全滅……か」
先日の惨状を思い出し、少しだけやるせない思いを浮かべる。
「しかも奴らは、適性やクラスを偽って、実力を隠そうとする。だから余計にわかりずらい」
「戦闘指揮。みたいにか?」
「ああ、今回の事例がそのまんまだな」
「クラスに付いて良く知らないんだが、戦術指揮ってクラスは存在するのか?」
「なくはない。現に高レベルPTには、一人くらいは戦術指揮の指揮官が存在する。だが、戦術指揮ってクラスは基本的に敵と距離を置いて戦うクラスだ。だから実力が分かりずらくてな、今回みたいに偽るにはうってつけなんだよ」
「それでか」
「まあ、なんにせよ。今回の事件が起きた事は不幸だったが、お前さんがいるPTだったことは幸運だったな。おかげで死者は0だ。助かったよ、ありがとう」
そう言ってドルフはポンポンと肩を叩いた。
「なんでお礼を言われなきゃいけないんだよ。これは俺達の問題だろ?」
「そうでもあるが、この件は冒険者を守らねばならいギルド側のミスでもある。だから、その尻拭いをしてくれたお前さんには感謝しないといけない。素直に受けっとってくれ」
「分かったよ」
「よろしい。じゃあな。またなんかあったら、頼むわ」
そういうとドルフは立ち上がり、その場を後にしていった。
なんだか嫌な話を聞いて、少しだけ気が滅入る。
時が経ち、時代が変わり、環境が変わっても人の営みを大きく変わらない。問題があり、危険があり、そして未知と冒険がある。そんな、変わらずの世界に、俺を小さく笑みを浮かべた。
なんだかんだで、達屈しなさそうだ。
これにて第一章「賢者の帰還」は終わりとなります。お付き合いありがとうございます。
第二章は明日投稿しますので、引き続きお付き合いください。
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