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目覚めの時間

 閃光と共に雷鳴が駆け抜けて行く。


 『稲妻(ライトニング・ボルト)』中級攻撃魔術の一つで、直線範囲を雷撃で薙ぎ払う魔術だ。範囲攻撃を行う魔術の中ではそれなり扱い易い魔術一つではあるが、直線範囲というのは思いのほか多数の敵を巻き込む事が出来ず、普段はあまり扱わない魔術でもある。その為普段はあまり使わないのだが、直線通路の多いここ迷宮上層では、その直線範囲は恐ろしく強力な物へと変貌する。


 雷撃が過ぎ去ると、焼け焦げ身体の半分以上を消滅させた腐肉喰らいの死体が残る。一撃で前方の敵すべて薙ぎ払った。


「走るぞ!」


 指示を飛ばすと、後方の3人を確認する事なく駆け出す。


 留まっていられる時間は少ない。奴らは嗅覚が鋭い。どんなに離れていても血肉の臭いを嗅ぎつければすぐに寄ってくる。


 この辺りに腐肉喰らいがどれくらい潜んでいるかは分からない。多分、全部集まったところで、勝てないことは無いだろうが、リソースの消費などを考えると出来れば避けたい。


 通路を駆け抜けて行く。真っ直ぐ、そして右折し――


『フシシィィ!』


 通路を右折した先、そこから腐肉喰らいが飛び出してきて、襲い掛かる。


「はっ!」


 すぐさま曲刀を振るい、腐肉喰らいの胴を両断する。まだ、それで終わりではない。通路の先、そこにはまだまだ腐肉喰らいの姿が見える。



『爆ぜろ!』



 バツーン! 再び閃光と雷鳴が駆け抜け、それらを焼き払うと通路を確保し、駆け抜ける。




 良くない事は重なるものだ。


 通路を抜けきり、真っ直ぐと進む。そうすると腐肉喰らいの巣を抜けたのか、少し腐肉喰らいの気配が薄くなる。が――


 腐肉喰らいが居なくなるということは、この階層の大規模勢力であるゴブリン達との遭遇率が一気に上がる事を意味する。


「ゴブウゥゥ!」


「はっ!」


 飛び掛かってきたゴブリンを切り捨てる。


 運が悪い。本当に運が悪い。これは、お祓いでもした方がいいんじゃないかってくらいに、ついていない。


「フゴオオオォォォォ!」


 大きな方向が響き渡る。バグベアだ。


 逃げた先でおり悪く遭遇したゴブリンの集団にはバグベアが混じっていた。その数3体。


 バグベアは基本的に群れを好まない。だから、ゴブリン達の傭兵として群れに混じっていても1体だけの事が多い。けど、極まれに複数のバグベアを抱えるゴブリンの群れが出来ることもないわけではない。そんな、レアケースに遭遇してしまった。


 三方向からバグベアが迫る。


 正直、バグベア三体相手にするだけなら簡単だ。けど、背後の守る対象を抱えながらとなると、話は別だ。一体に集中してしまったら、残り二体が後ろに流れてしまうかもしれない。もしそうなったら、今まともに戦うことの出来ない三人はひとたまりもない。


(出し惜しみしている余裕は――ちょっとないかな)


 一歩踏み出す。


『駆け抜けろ!』


 詠唱を一つ。すると、ふわりと自分の身体が浮いたかと思うと、一気に加速する。


 『加速(ヘイスト)』の魔術だ。対象者の動きを大幅に加速させる。


『捕縛しろ!』


 手を払う。すると、バグベアの内一体の身体に、唐突に表れた青白い半透明な鎖が巻き付くと、縛り上げ、拘束する。


 『拘束の鎖バインディング・チェイン』。捕縛用の魔術だ。


「はあああ!」


 一体の動きは止めた。残りは二体だ。一気に距離を詰め、剣を振るう。『加速(ヘイスト)』の魔術によって限界以上まで加速された動きで、相手が一歩踏み出す前に裁断する。


 一瞬の内に二体片付け、最後の動けなくなっているバグベアを両断する。これで終了。


 道を切り開き、駆け抜けた。




   ――Another Vision――


 視界が揺れる。焦点が合わず、すべてがぼやけて見える。


 ジリジリと身体全体が痺れ、熱病に侵された様に、意識がはっきりとしない。


 ――――ああ、ダメだ、このままじゃ……。


 ここは地下迷宮の中だ。ここで不意に意識が無くなるという事は死を意味する。


 ――――ダメだ。そんなのはダメだ。


 抗おうともがく。けど、そんな抵抗を虚しく、意識はどんどんと薄らいでいく。


 ――――嫌だ、嫌だ。私はまだ何も……出来てはいない。やっと、やっと一歩踏み出せたのに……それなのに……。


 涙が零れそうになる。けど、意識から外れた身体は、涙など流さなかった。


 ―――――嫌だ。そんな……お兄様……私は……嫌だ。


 すべてが遠い。願いも、望みも、現実も――すべてが遠退いていく。


 ただ知りたかっただけなのだ。


 敬愛する兄の安否を、無事であるか否かを、兄の最後を……そして、もし生きていて、助けを必要としているのなら、助けてあげた。ただそれだけを望んだだけなのに……すべてが零れ落ちていく。


 多くの人の反対を押し切り、多くの人の忠告を無視して、多くの人に迷惑をかけたのに、何もかもが零れ落ちていく。


 ――――嫌、だ。


 どうしようもない。意識が、離れていく。


 抗いたい。けど、何も出ない。


 すべてが……消えていく。


「た、す、け、て……に、い、さ、ま――」


 届かない願いが、口から零れた。




 ズバ。刃が肉を切り裂く音が、ハッキリと耳に届いた。


 ぼやけた視界の中、人影が見えた。


 黒い衣服を着こみ、大剣を手にした後ろ姿。それは、幾度となく見てきた後ろ姿と良く似ていた。


「に、い、さ、ま?」


 安心したのだろうか? プツンと最後の意識が途切れ、すべてが闇の中へと消えて行った。



 ………………


 …………


 ……




 柔らかく冷たい風が、肌を撫でた。とても心地よい。


 ゆっくりと、瞼を空ける。さっきまであった気怠さや痺れ、それらが一切が感じられず、代わりにまるで長い眠りの後のような、そんな身体の重さがあった。


 ぼやけた視界が像を結ぶ。


 見慣れない石造りの天井が広がっていた。


「こ、こ、は?」


 ぼんやりと問いかけた。


 周りに誰かが居るかはわからなかった。けど、その問いに対する返事は、直ぐに帰ってきた。


「起きた?」


 すっとイーダがクレアの顔を覗き込むようにして現れる。


「イーダ、さん?」


「見えるか。身体の痛みとか、痺れとか問題ないか?」


「え? えっと……多分、大丈夫」


 身体の異変、問われてわかる範囲で確認してみたが、どこにも変な感じはなかった。


「えっと……ここは?」


「治癒院」


「ちゆいん? あれ、でも、私たちは……」


 治癒院。教会などに併設される治療の為の施設だ。怪我の治療、病気の治療、それ以外に呪いや、魔術による治癒必要な怪我なども、お金を払えば治癒してくれる。そういう施設だ。


 もちろん、そのような施設が地下迷宮に有るなんて話を聞いた事がない。


「帰って来たんだよ、地上に。意識を失う前後の事は、覚えてる?」


「前後?」


「あいつ――ヴィンスがキャンプ地にするって言った場所に入った辺りのからの事」


「えっとそれは……確か……」


 記憶を探る。すると、あの巨大な芋虫に襲われる瞬間が思い出され、身体が強張る。


「思い出したか?」


「はい。私、襲われて、それで――」


「危険だと判断して撤退した。そのほかにちょっといろいろあったけど、まあ、そんな感じ」


「そう、だったんですか……すみません。私のせいで」


「あんたのせいじゃない。悪いのは全部、あいつ――ヴィンスのせいだ」


「ヴィンス、さん? なぜですか?」


「まあ、いろいろ。それに付いては後で話す。それとは別に、一つ謝らないといけない事が有る」


「何ですか?」


「あんたの装備。持ち運びに邪魔だからって、勝手に破棄した」


「え? あ~そういうことでしたか」


「安くは無い物だろ? だから、謝っておかないと……」


「構いませんよ。それより、命があった事の方が、大切です」


「まあ、そうだな」


「こっちからも一つ、聞いていいですか?」


「なんだ?」


「私達を助けた人って……誰ですか?」


 声が少しだけ強張る。


 記憶の中の、大剣を携えた剣士。それは兄であったのだろうか? そうであってほしい。けど、それはあり得ない。有るはずなどない。そんな、期待と恐怖が、胸の中で渦巻く。


「助けた人? ああ、ユリだよ」


「ユリさん?」


「そう、あいつ。結局あいつが全部一人で片付けて、一人で終わらせた。なんだか、いろいろ騙された気分だ」


「そう、ですか……」


 ガッカリする。兄ではなかった。それが、少しだけ悲しい。現実は、そんな都合よくはない。


「治癒院の料金。それ全部、そのユリ持ちだから。あいつには感謝しとけよ」


 そう言うと、話は終わりとばかりにイーダは立ち上がり、踵を返した。


「今日一日は治療の為ここで休めってさ。明日に成ったらまた来る。それじゃ」


 そして、最後にそう告げると、イーダはその場から立ち去って行った。

お付き合いいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 128階層までソロで行った人間が、足手纏い3人を抱えているとはいえ、2層で出し惜しみする余裕もないってドユコト??
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