生きる為に
駆け出したイーダの姿が、腐肉喰らいの間を素早く抜けきり、通路の闇の中へと消えていく。
止める間もなくあっと言う間に消えて行った。
「ああ~……どうしようか?」
余りの事にちょっと呆けてしまう。
「お、俺は……そんなつもりじゃ……」
共に取り残されたヴィンスは、意気消沈といった具合で下を向いていた。
事の大きさを理解で来ていなかったのかもしれない。
冒険者は楽して金が稼げる職業。一部ではそんな風に見られている所がある。
実際、冒険者は金になる。貴重な魔晶石の入手手段は冒険者にしかない。それだけに金になりやすい。中でも貴重な紫結晶と呼ばれる魔晶石を手に入れれば、それだけで一生遊んで暮らせるような金が入ったりする。
それだけ聞けば非常に魅力的な職に思えるかもしれない。
けれど、現実はそんなに甘くはない。
徹底的な実力社会。力の無い者は容易に振るい落とされる。そして、落ちた先には無慈悲にも死が有るだけだ。
力なく死んでいった無名の冒険者は無数にいる。今活動している冒険者のほとんどは、そんな無慈悲な現実を突きつけられ生き残った者たちだ。
張りぼての実績に、付け焼刃の知識という虚飾で着飾った人間が生き残れる世界ではない。そんな人間は、ただ理不尽に死んで行くだけだ。そういう世界だ。
ただ一人の冒険者が自己責任で死ぬならば、それは仕方のない事だったかもしれない。自業自得だ。けど、そんな人間に巻き込まれ、理不尽に振るい落とされる事に成った冒険者達は、どれだけ不幸な事か。イーダの怒りも理解できた。
それだけの事をしまったのだ。このヴィンスという男は――
まあ、それを悔い改めて貰ったとしても、この状況が改善されるわけでの無いので、今はどうでいいけど。(現実逃避)
「どうする。生き残りたいか?」
俺はうなだれるヴィンスに問いかける。
「生き……残る?」
「謝罪するにしても、罰を受けるにしても、生き残らなきゃ出来はしない。ここで、死んで詫びたいって言うのなら、それはそれで構わないけど?」
「生き残れるわけないだろ! こんな状況から……」
ヴィンスが辺りを指し示す。周囲はもう、腐肉喰らいの群れで囲われていた。その数、すでに30を超えている。普通に見れば、絶望的な状況かもしれない。
「俺はお前の意思を聞いてるんだ。状況がどうかなんて聞いてない。で、どうするんだ?」
「そんなの、生き残りたいに決まってるだろ! だけど――!」
喚くような答えが返ってきた。まあ、当たり前の返事だよな。
「正直で結構。じゃ、帰るとしますか――」
「帰るって、どこにだよ?」
「地上に」
ニカッと笑って答えを返した。
「走るぞ。全力で付いて来い!」
――Another Vision――
動けなくなったクレアの身体を背負うと、イーダはそのまま駆け出した。
目指す場所は後方から伸びる通路。この部屋へと続いていた通路とは別の通路だ。こっちの方はまだ敵の数は少ない。走れば抜けられそうだ。そう思って駆け抜けた。
ズズズ、ズズズ、ズズズ。徐々に包囲されている中、ギリギリのとこで虫たちの包囲を抜けきり、通路へと滑り込む。
助かった。通路に滑り込むと、一瞬、そう安堵の息を吐きそうになるが、事はそう甘くはない。
通路の先、闇の中で動く影があった。あの灰色の芋虫の影だ。
奴らは部屋だけでなく通路の中にも多くいた。
止まりそうに成った足に、再び力を入れ走り出す。
闇で、視界がほとんど見えない。もう、今自分が何処にいるのかもわからない。
逃げきれたところで迷宮を彷徨う事に成ったのなら、逃げた意味などなかったのではないか? そんな考えがイーダの頭を掠める。
そう考えると、今必死に足掻いている自分が、滑稽で馬鹿らしく思えてくる。
――――結局、私はこのまま誰かに利用され続け死ぬしかないのか?
行き場のない苛立ちが湧いてくる。
誰かに騙され、誰かに利用され、そうやって虐げられていく生活が嫌で、そんな環境から抜け出すための金や力を求めて冒険者に成った。けど、結局ここでもこのざまだ。
騙され、利用され、そしてこれだ。
「クソ、クソ!」
悪態が零れる。
ガツ。暗闇で見えなくなった視界の中で、何かに躓き、倒れる。
ブニュっとした嫌な弾力。間違いなく奴の身体だ。
体勢を立て直せず、そのまま身体を地面へと打ち付ける。それによって担いでいたクレアの身体を放りだしてしまう。
ズズズ、ズズズ、ズズズ。奴らの身体を引きずる音が近付いてくる。もう、直ぐ傍だ。
ムクリと何かが起き上がった。巨大な芋虫の複眼がこちらを見下ろしているのがなんとなくわかる。大きな顎を広げ、それが獲物に食らいつこうとこちらを見ている。
即効性の麻痺毒を持つ顎。あれに噛まれたら、クレアのように一瞬で動けなる。そうなったら後は抵抗も出来ないまま喰われて終わりだ。
逃げなければ! 素早く身体を動かそうとする。だが、身体が言う事を聞かなかった。
ここまでに疲労に、そこにさらに無理をさせた事が祟ったのか、身体が言うことを聞かない。
「クソ、クソ、クソ!」もう何度目かも分からない悪態を零す。
――――なんでだ。なんでなんだ。なんでこうなるんだ?
後悔、怒り、悔しさ、その他多くのやり場のない思いが湧いてくる。
ゆっくりイーダの肌に何かが触れる。あの虫の顎か何かだ。それが皮膚を裂き肉を抉ったら最後――――イーダは死ぬ。
――――終わりだ。
『駆けろ雷撃! 稲妻!』
閃光と雷鳴が駆け抜ける。通路全体を真っ白に染め上げられたかと思うと、その通路上にいるほぼ全ての虫が吹き飛ばされた。
目の前に居たであろう虫も居なくなっており、イーダはぎりぎりの所で助かっていた。
(何が……起きた……?)
一瞬の強烈な光によって視界が真っ白の染まり何も見えない。焦りと、不安が駆け巡る。
「お~い。生きてるか~?」
声だ。聞きなれた、気の抜けた感じの声。ユリの声が届いた。
「なに……が……?」
「返事が出来るって事は、生きてるって事だな。安心した。立てるか?」
ゆっくりと視力が戻っていき、辺りが見えてくる。けれど相変わらずの闇の中、結局何も見えない。
「あれ? もしかして見えない?」
「こんな闇の中で、まともに辺りが見えるわけないだろ……」
「それなのに突っ走っていったのか……もうちょっと考えて動けよな」
ユリのため息が聞こえてくる。なぜだか無性にむかつく。
「今、明かりを灯す。これで見えるか?」
ユリの言葉と共に、パッと明かりが灯され明るくなる。松明の明かりみたいな不安定な明かりではない。もっとはっきりとした強い明かりが宙に浮いていた。
「立てるか?」
「多分……ッ」
尋ねられ、身体を起こす。どうにか立ち上がれたものの力がうまく入らず、直ぐにふら付き座り込んでしまう。
「無茶しやがって」
「煩い! 黙れ!」
「はい、はい。取り合えずこれ飲め。少しは疲労が和らぐはずだ」
そう言ってユリは一本の小さなガラス瓶を差し出してきた。中には赤い半透明の液体が入っていた。
「なに? これ」
「回復のポーション。黙って飲め」
ポキュっと栓を空けると――
「―――――!」
瓶の口を無理やりイーダに口に押し込み、強引の中身を流し込んできた。
無理やり流し込まれたその液体のせいで咽る。
「いきなりなにすんだ!」
「それでもう動けるだろ? なら、さっさと立て」
「そんなの言われなくても――あ」
すっと、まるで今までの疲労が嘘のように、身体が動く。
「よし、じゃあ、クレアさんを頼む」
イーダが立ち上がるのを見ると、次のそう指示を飛ばしてくる。
ケロッとした態度で指示を飛ばしてくるユリの姿に、つい舌打ちが零れてしまう。けど、噛みついたところで意味はない。
指示に従い。再びクレアの身体を担ぐ。あれからクレアに大きな被害を受けた痕跡は見られなかった。けど、まだ毒にやられているのか、目の焦点は有っておらず、まともに動けそうには見えなかった。
「何を……する気だ?」
ユリに問いかける。
「何って、決まってるじゃん」
「?」
「帰るんだよ。地上に」
ニカッと笑って答えを返してきた。屈託のない笑顔だ。相変わらずむかつく。
「そんなの出来るわけ――」
「出来る出来ないじゃなくて、やるんだよ」
軽く答えを返すと、ユリは振り返り通路の先を見据えた。
闇の中からあの虫たちが這いずってくる。
――――そんなの、出来るわけがない。
行動不能者1。戦闘不能者1。いや、よく見るとあの忌々しい詐欺師も傍に居た。全部合わせると、戦闘に参加できないものが合計三人で、戦えるのはユリ一人だ。一人で三人を庇いながら切り抜けるなんて、出来るわけがない。
「全力で走るぞ。付いて来い」
ユリが前を見据えたままそう告げる。その言葉には一切の迷いや不安などは見られなかった。
(本当に、やる気なのか? こいつ……)
『駆けろ雷撃! 稲妻!』
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