旅立ちの朝
――Another Vision ①――
カチャリ、カチャリ、カチャリ。
金属がぶつかり合う音が響き、留め具が一つ一つ止められていく。
「よし」
立ち上がり、姿見の前に自身の姿をさらす。
朝の静謐な空気に包まれた寝室。意匠の凝らされた値の張りそうな調度品に包まれた一室。その寝室の中央に、一人に少女が立ち、その姿を姿見にさらしていた。
黒く癖のない綺麗な長い髪に青く透き通った瞳。細身で、傷のない白い肌のその少女は、およそ荒事とは程遠いように思える容姿だが、今の姿はそれとは正反対のものだった。
重々しい金属鎧に、長剣を携えた姿。
戦装束、童話の中の騎士を連想させられる様な姿だった。
姿見を通して、少女はそんな自分の姿を見つめる。
揺れる心がある。――恐怖だ。
この姿をしているということは、すなわち戦いに出るという事。戦うという事は、死が付きまとうという事だ。それに、恐怖がないわけがない。
でも――
少女は強く、鏡に映った自分を見つめる。恐怖に負けないよう、気持ちを強く持つのだと言い聞かせる。
しばらくそうやって気持ちを落ち着けると、傍の衣装棚へと目を向けた。
衣装棚の上には、古い人形が飾られていた。その古びた人形へと視線を向けると、少女の強張った表情が少しだけ和らぐ。
「兄様……ごめんなさい。
おそらくきっと、兄様はこんな事を望まないでしょう。けど、やっぱり私はこのままでいる事はできません。だから……どうか、こんな私を許してください。そして、どうかご無事でいてください……」
鐘が鳴る。正午を告げる重々しい鐘の音色。それが遠くから辺りに響き渡る。
鳥達がそんな鐘の音に追い立てられ一斉にはばたく。
青々とした青空を背に、鳥たちが羽搏き、少女が立つ寝室の窓を横切っていく。
少女はそれに自然と目がつられ、青々とした空を窓から見上げた。
――Another Vision ②――
鐘が鳴り、白い鳥たちが青空へと舞い上がっていく。
一人の少女が、そんな鳥達の姿を目で追っていく。
高い尖塔の上からだと、舞い上がる鳥達の姿がよく見える。
尖塔の上。おそらく此処にも今鳴り渡る鐘と同じような鐘が備え付けられていたのかもしれない。けど、今それは存在しない。
古びて崩れた尖塔は、ただその微かにその面影を残すだけだ。
眼下に寂れた廃墟の街並みが見える。
それらはかつて、ここに素晴らしい街並みがあった事をうかがわせる。けれど、今はその面影だけで、建物は朽ち、浮浪者たちのたまり場となっている。
社会から弾かれ、行き場を失った場所。それが、此処だ。とても居心地が良い場所ではない。
再び少女は空を見上げる。
先ほど飛び立った鳥達の姿が、空高く飛んでいくのが見える。
そっと手を伸ばした。届くわけなどない。それでも手を伸ばした。
ここから抜け出したい。そんな思いがあるのだろう。
ふと、自傷気味に笑う。そんな事、簡単にできるわけがない。けど、出来ないじゃない。
「行くか……」
冒険者達はそれぞれ望むものを求め、止まる事はない。そして、今日もまた冒険へと旅立つ。