死に至る罠
「ゴブウゥゥゥ!」
最後のゴブリンを切り伏せると、それで戦闘が終了する。
「ふぅ」
息を付く。
数にして6。今までと差はない数だ。けれど――
ガシャン。クレアが音を立てて膝を付いた。
「大丈夫かい?」
すぐさまヴィンスが駆け寄る。
「大丈夫、です」
そう答えを返すが、その息を大きく乱れていた。限界が近い、そうと分かる状態だった。
「どうするんだ? 休息をとるのか? それとも、無理と判断して引き返すか?」
これ以上の行軍は難しい。そう思ってヴィンスに判断を仰ぐ。
難しい判断だろう。俺だったら、こんな判断したくない。
尋ねられるとヴィンスは少し考え込み、それから答えを返した。
「少し無理をさせる事になるが、先に進もう。そうすればキャンプ予定地に付く。そこならゆっくりと休めるはずだ」
「キャンプ予定地?」
「ここから少し移動した所に、開けたゴブリン達があまり寄り付かない。良い場所が有るんだよ。そこまで行ければ、休息するのに十分すぎる時間が、確保できるはずだ」
そんな場所……あったっけ?
ヴィンスの言に違和感を覚える。これでも一応、長い間地下迷宮を探索してきた人間だ。だから、地下迷宮の大体の形は記憶している。もちろん、第2層の形も記憶の中に有る。けど――
(俺が2層を調査したのは、だいぶ前だからなぁ……)
記憶は朧げなうえに、変化だってあるだろう。そのせいで食い違いが生まれたのかもしれない。
「イーダ。先行偵察、頼めるか?」
「わかった」
「クレア。まだ少し歩くが、問題ないか?」
「大丈夫……です」
「よし、じゃあ行こう」
俺達はヴィンスの指示に従い再び移動を開始した。
二時間ほど歩いただろうか? 移動を開始してしばらくすると、辺りからゴブリンの気配が消え始める。そして、それから目的の場所らしき開けた部屋へとたどり着いた。
「ここか?」
部屋の中へと踏み入り、見渡しながら尋ねた。
「そう……だね。此処が、目的の場所だ」
地図で現在地を確認しながら、ヴィンスは答えた。
広く、地下にしては開放感のある部屋だ。また水路が走っており水に付いても心配もなさそうだ。
ヴィンスが言っていたように、ゴブリン達があまり近寄らないらしく、ゴブリン特有のあの臭いも感じない。見るからにキャンプ地としてうってつけの場所だ。けど――
ガシャン。部屋へとたどり着くと、気持ちが切れたのか、クレアが倒れ伏せた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫……です」
「はは。無理はしなくていいよ。ここは安全だから」
大の字になって倒れこむクレアを見て、ヴィンスが小さく笑う。完全に緊張が解かれた様子だ。
もう一度辺りを見回す。
ゴブリン等の気配は感じられない。それらしいに臭いなども感じられない。安全そうに見える。
(こんな場所……あったっけ?)
第2層の記憶は古く朧気で、はっきりと覚えている事は少ない。けど、要所、要所、大事なところは覚えているつもりだ。こんな分かり易く有難い場所を、俺が忘れるものだろうか?
それとも、俺が知らない間に発見され場所なのだろうか? それなら俺が知らないのも無理はない。
自分の感知しないことが多く、どうしても不安に駆られてしまう。
(ダメだな。仲間を信頼していかないといけないのに、どうしても自分ひとりの視点で考えてしまう)
とりあえず、安心材料を増やすため部屋の中を軽く調べて回る。
罠、迷宮特有の特殊構造、それら一切は見られなかった。
(本当に……安全なのか?)
パキ。何かを踏み砕いた。
なんだろう? そっと足元を見る。そこに有ったのは、くすんだ色の白い何かだ。細長く、まるで木の枝のような――骨だ。
何かの骨。その結論に辿り着くと、ここに辿り着いた時から感じていた居心地の悪さが明確になっていく。
ゴブリンなどの臭いは、確かに感じられない。だが、代わりに鉄錆のような血の臭いと、それから僅かな異臭が漂っている事に気付く。
ここは――危険だ。
「―――――!!」
叫び声が上がった。遅かった。
すぐさま駆け出し、剣を引き抜く。
前方に倒れ伏せたクレアの姿が見える。そして、その上に大きな何かが見えた。
俺は迷わず剣を振りぬき、クレアの上に覆いかぶさるそれを切り飛ばした。
緑色のなんだかよくわからない体液がまき散らされる。両断された何かの身体のうち、残った方を蹴り飛ばしてどける。
「大丈夫か!?」
「あ……う、あ、あ―――」
「ッ!」
遅かった。本当に遅かった。
クレアは身体を小さく痙攣させ、立ち上がろうとしない。完全に自由を奪われている。
「な、なにが……」
慌てふためくヴィンスの声が届く。まあ、そうだろう。安全と思った所がそうじゃ無かったのだから、そうもなる。
ボトリ、ボトリ、ボトリ。重たい何かが落ちてくる音。
ズズズ、ズズズ、ズズズ。地面を擦る何かの音が耳に届く嫌なくらい大きく響いて聞こえる。
顔を上げると音の正体が分かった。
人の身体と同じくらいか一回り大きな灰色の芋虫。数は――10いや20を超える。そこら中の陰からその巨大な虫が這い出し、落下してきていた。
「嘘……だろ……」
見たくはない光景。それが目の前に広がっていた。
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