第2層
「着きました……ね」
地下迷宮への二度目の挑戦を開始してから半日ほど、俺達は再び前回の到達地点へとたどり着いた。
第2層へと続く巨大な石造りの階段。その前に立つ。
「前回より、少し早く来れたかな?」
「そう……ですね」
ヴィンスがクレアに問い掛けると、クレアは懐中時計を取り出し時刻を確認してから答えを返した。
前回同様ここへ来るまでの間、何度かゴブリン達との戦闘があったが、道に迷うことが少なくなり、戦闘時の連携がよりスムーズに出来たことなどから、それなりに時間短縮が出来ているようだった。
「降りようか」
ヴィンスがそう告げ目線でイーダに合図を送ると、イーダは頷いてスルスル音もなく先行していく。
しばらくしてイーダから合図が返ってくる。それを見て、クレア、ヴィンス、俺の三人がゆっくりと後を追って進む。
第2層へと降りると、そこには、第1層と変わらず地下水路のように道が続いていた。
「あんまり変わらないんですね」
2層へと降りたクレアがそう感想を漏らした。
「1層から5層までは形こそ違うけど、作りは同じだからね。1層から2層に降りたからと言って、目新しい変化とかは無いよ」
「そうなんですか」
「そう、ただ、広さは1層より遥かに広いから、それだけ迷いやすく、攻略にも時間がかかる。だから、十分覚悟してほしい」
「はい」
ヴィンスの言葉に、クレアが大きく返事を返す。
「よし、イーダ。先へ進んでくれ」
「わかった」
ヴィンスから指示が飛ぶと、イーダはそれに従い、先行して先へと進み始めた。
* * *
「ゴブゥゥゥゥ!」
武装したゴブリン一体が大きく声を上げて襲い掛かってくる。それを、クレアは手にした剣でガードし、受け流す。
「よくやったクレア。そのまま敵を引き付けてくれ」
「はい!」
「イーダ、ユリ、回り込んで殲滅してくれ」
「了解」
クレアがうまく敵を引き留めるのを見届けると、ヴィンスからそう指示か飛んでくる。
指示を受ける取ると俺とイーダは駆け出した。
クレアに釘付けになったゴブリンに狙いを定め、イーダが背後から一気に距離を詰める。そして、一瞬のうちに急所を抉る。さすが、何度見ても感嘆を漏らすような動きだ。
「こっちも負けてられないか」
死角からのイーダの出現で、動揺が広かるゴブリン達に狙いを定め俺も距離を詰める。
「はっ!」
曲刀を引き抜き、素早く振るう。
一つ、二つ、三つ……風を切る音と共に、ゴブリンの身体を引き裂いていく。
「これで、終わりだ!」
そして、最後の一体に剣を振るい、仕留める。
一瞬の静寂が訪れる。
敵の動きがなくなり。警戒心から、残った者たちの動きが止まる。その静寂。戦闘の終わりを告げる合図だ。
「終わり、かな」
小さく息を付いて、剣を鞘に納める。終わりと分かると自然と緊張がほぐれる。
「数、増えてきましたね」
同様に剣を鞘に納め、緊張を解いたクレアが、周りに転がるゴブリン達の躯を見て呟く。
数にして8体ほどのゴブリン達の死体。第一層で現れたゴブリン達の数は、だいたい3~5体程度の集団だった事を考えると、増えている。
「ゴブリン達は主に、2~3層付近を中心に活動しているみたいだからね。1層にいるゴブリン達は、2層、3層での勢力争いに生き残れなかった群れだと言われている。だから、2層、3層と降りるごとに、ゴブリンの数も質もよくなってくる。上層で勝てたからといって気を抜かないでくれよ」
「はい」
2層に降りてからの戦闘。数・質共に強くなったものの、難なく対処できた。
対処はできた……けれど別のところで問題が出始める。
地下迷宮は危険で攻略は容易ではない。だが、それは単純にそこに出現するモンスターが強いからではない。
正直な話、地下迷宮のモンスターが他より特別強い、と言えるほどのものではない。少なくとも上層で現れるモンスターは、他の場所――地下迷宮以外でも見ることができる程度のモンスター達だ。
だから、戦闘事態を切り抜いてみれば、困難と言うには少々大げさと言えるものだ。
けど、地下迷宮の困難さは、そこではない。
「はぁ、はぁ」
2層に降りてからの四度目の戦闘を終える。今回も相手はゴブリン達、数は6で、先ほどより少ない。けど……
「大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
ヴィンスがクレアの変化を見て声を掛ける。クレアはそれに気丈な返事を返す。
明らかに疲労が見て取れる。そう、疲労だ。
地下迷宮での戦闘を1つ取ってみても、それそのものは大きく困難なものではない。だが、地下迷宮での戦闘は一回だけではない。二回、三回――容易に十、二十と戦闘を重ねる事がある。一度や二度程度なら大したことないが、それが十、二十ともなると、蓄積した疲労やダメージがバカにならなくなってなる。それが、地下迷宮の攻略を困難なものとさせている。
「休憩を取ろう。このまま行軍を続けるには疲労が大きすぎる」
クレアの疲労状態を見て、ヴィンスがそう提案を告げる。が――
カツ、カツ、カツ――微かな足音が耳に届く。
「数は――6か」
「こっちに近付いてきてるな」
小さな音に気付いた俺とイーダの言葉を聞くと、ヴィンスは大きく表情を歪めた。
「移動しよう」
このままでは一戦交える事になる。疲労が心配で休息の必要がある、だからと言って留まれば戦闘に成り大きな被害を被る可能性が高い。それを判断してか、ヴィンスが決断を下す。
息を殺し、気配を殺し、戦闘を避けて行軍を続ける。
しばらく移動し、それで先ほどまで聞こえていた足音が聞こえなくなってくる。
「安全……に、なった……かな?」
「前方、右の通路の先――いるな。まだ、こっちらには気付いてない」
「ッ――!」
距離を取り、安全を確保したかと思うと、また次の敵の気配を察知する。気が休まるスキなど殆どない。
1層ならまだ散発的でよかったが、2層に降りるとその密度は大きく増す。
常に気を張り続けなければならない状況。それによる精神的に疲労はバカにならない。
しばらく息を潜め、身を隠す。すると、先ほど感じた気配が遠ざかり、消えていく。
「問題……無い……かな」
「やっとかぁ~」
敵の気配が無くなった事を告げると、ヴィンスは大きく安どの息を付いた。
「よし、休憩を取ろう。さすがに、これ以上は――」
「いや、移動した方がいい」
落ち着いた事を確認するとヴィンスがそう提案を上げるが、俺はすぐさま反論を返す。
「待ってくれ……今の疲労度では動き回るのも危険だ。休めるときに休んだ方がいい。違うか?」
「それは理解できる。けど、ここは安全じゃない。もっと安全な場所へ移動した方がいい」
「安全な場所での休息。それが理想である事はわかる。だが、ここは地下迷宮だ。そう簡単に安全な場所など見つからない。だったら、多少危険でも休む事ができるのなら、休むべきなんだ」
「それは分かる。けど、ここはそれ程安全じゃない。だから、移動すべきだ――」
「ユリ!」強く言葉を返され、話を断ち切られる。
「君が何か思うと所があるのは分かった。だが、これはPTでの行動だ。個々の判断で動かれてはPTがまとまらない。PTの和が乱れる事こそ最も危険な行為だ。だから、ここはPTリーダーである俺の言葉に従ってくれ」
強く諭される。
『PTの和を乱す事こそ最も危険な行為だ』。納得できない所がある。けど、PTリーダーにそう言われてしまうと引き下がるしかなくなる。
PTでの行動。やはり辛い。どうしても他者に判断を委ねる事に居心地の悪さを覚えてしまう。
「それじゃあ、休息をとろう。だが、なにが起こるか予想できない。すぐにでも動けるようにしておいてくれ」
リーダーであるヴィンスの指示に従い。俺達は休息をとる事となった。
場所を確保し、腰を下ろすと背中を壁に預ける。
やはりまだ落ち着かない。
「なんであんな風に噛みついたんだ?」
腰を下ろし息を付くと、イーダが俺の傍に寄って来て、そう尋ねてきた。
「噛み付く?」
「ヴィンスに、だよ。大分疲労が溜まってる。このまま動くのが危険だって事ぐらい、すぐわかるだろ? なのに、なんでだ?」
イーダは一度クレアへと目を向けながら尋ねてきた。
クレアは息が上がり、大きく疲労しているのが見て取れた。
戦士は重い鎧を着こむ。それ故PTの中で一番疲労が早い。その分体力――持久力を持つものだが、それでも他より早い。
そして、戦士はPTの陣形の要だ。戦士が落ちる事は、PTの陣形崩壊と同等である。戦士の状態管理は、PTにとって極めて重要な事柄の一つである。そんな戦士に無理をさせる事は確かにまずい事である。
けど――
「ここじゃあ、大して休めないだろうと思って、だよ」
「だからなんでだ? 特別危険な場所って気がしないけど?」
「そうでもない」
「何を根拠に?」
「臭い。この辺りはゴブリンの臭いが強い。多分、この辺りはゴブリン達が日常的に行き来する場所なんだと思う。だから――」
カツ、カツ、カツ――足音が響く。もちろん俺達自身の足音じゃない。ゴブリン達の足音だ。
「あんたって、時々人間か? て位、感覚がおかしいことあるよね……」
「自覚してるよ。それより――」
「わかってる」
立ち上がると、鞘から剣を引き抜いた。
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