呼び覚まされるもの
――Another Vision――
『ゴオオオオオ――――』
「らあああああああ!」
ゴーレムの拳が勢いよく振り下ろされる。それに、フィルマンは勢いよく戦斧を振るい、弾こうとする。
ガキーン!
大きな剣戟音が響き渡り、ゴーレムの巨大な拳の軌道がずれる。だが――
バキーン!
限界を迎えた戦斧が、ついに砕け散った。
「クソが!」
『ゴオオオオ――』
ゴーレムの二撃目の攻撃が繰り出される。
「ふざけるなああああ!」
フィルマンはそれに、腰から手早く手斧を引き抜くと、それを迫るゴーレムの拳へと叩きこんだ。
バキーン!
メイン武器の様に強力な強化が施されていない手斧。それはゴーレムの攻撃の前には、簡単に砕け散ってしまった。
もはや打つ手がない。攻撃をするための武器も、攻撃を防ぎ、いなすための盾も、すべてが破壊されてしまった。生身一つでは、いくらフィルマンと言えど戦えない。
「万事休すってやつかよ……」
攻撃を終えたゴーレムが、未だに立ったままのフィルマンを見据えてくる。
時間を稼げと言われた。だが、それももうできない。となると――
――――逃げるか? いや、それは出来ない。
「俺は冒険者だ」
無手になった両手を握り締める。
「困難に挑み。挑戦し続ける冒険者だ。こんな状態でも……逃げるなんて選択、そう簡単に出来るわけないよな」
そして、ゆっくりと構えを取る。
『ゴオオオオオオ――――』
ゴーレムがゆっくりと動き出し、攻撃を繰り出すための予備動作を開始した。
「行くぜクソ野郎が!」
それを見て、フィルマンが飛び出す。ゴーレムとの距離を詰め、飛び掛かった。
『ゴオオオオオ――――』
「おおおおおおおお!」
ゴーレムの拳が振り下ろされ始め、同時にフィルマンがゴーレムへと拳を振り下ろす。
ぶつかり合えばどうなるかなど結果は見えている。けど、止まれるわけはなかった。
ゴーレムの拳とフィルマンの拳との距離が零となり、そして――
「はあああああああ!」
ガキーン!
大きな衝撃音が響きいわたると、ゴーレムの身体がぐらり傾き、ゴーレム拳とフィルマンの拳が互いに空を切った。
フィルマンの目の前に人影が掠める。ローブを着こみ、特徴的な曲刀を手にした男の姿。まはや見間違いはない。
『来たか!』
『ようやくですか……』
「おせぇんだよ……」
つながったパスから念話で複数の声が零れてくる。フィルマンもそれに同意するかのように言葉が零れた。
フィルマンの目の前に一つの人影が着地する。ユリ・レイニカイネン――つい、数時間前までフィルマンと打ち合っていた男姿だ。
『策はある』『時間を稼いでくれればいい』。賢者が口にしていた、対ゴーレム戦の方策、それには大方予想は付いていた。
フィルマン達に打てる手はない。それはおそらく、賢者たちも同じであっただろう。あるとすれば、この目の前に居る男。フィルマンとエヴェリーナを相手に、圧倒的な力を見せつけた男の力に頼るくらいだろう。
「ふ……」
小さく笑みが零れた。正直、敵わない男だと思う。けど、それだけに、この男の本気を見てみたいと思ってしまう。もしかしたら、それが見られるかもしれない。そう思うと、胸の奥から湧き上がるものを感じだ。
「大丈夫か?」
ユリが視線だけを向け、フィルマンの安否を尋ねてくる。それにも、小さく笑いが零れる。つい数時間前まで敵対していた相手だというのに、こいつは……。
「貴様に心配されるほど、軟じゃねぇよ」
「そうか、なら下がって居てくれ。後は俺がやる」
ユリが視線をゴーレムへと戻し、構えた。その背中は、柄にもなく頼もしいものに見えてしまった。
「勝てるのか?」
けど、それでもあのゴーレムは異常だ。それだけに、つい不安が零れてしまう。
「問題ない。任さてくれ」
だがそれに、ユリは軽く返事を返した。
「なら、後は頼む」
――Another Vision end――
傷付いたフィルマンが去っていくのが見える。これでこの場には、俺とそれから目の前に立つ巨大なゴーレムだけが残される。
『大丈夫ですか?』
ゴーレムへと向き直ると、ルーアからすぐに念話が飛んでくる。
「ルーアか? そっちは大丈夫なのか?」
『はい。私、ヴェルナ様、クレア様、レイラさん、ノーマンさん、マリカさん、全員無事です』
「そうか。助かったよ」
『いえ、任された事ですから。あなたの為でしたら、出来る事を行いますよ』
「そ、そうか……」
相変わらずのルーアの態度に、つい苦笑が零れてしまう。けど、心配していた相手は無事であることを知ると、安堵の息が零れた。
『それで……大丈夫でしょうか?』
状況確認は済んだ。すると、話は次へと移る。
目下最大の脅威は、おそらく目の前のゴーレムだろう。見たところ、他の冒険者達の頑張りにより、魔獣達は対処できているようだった。となると、問題はゴーレムだけとなる。
「問題ないよ」
俺は、不安げなルーアの問いに軽く答えを返した。
『任せてもよろしいのです?』
「ああ、大丈夫だ」
『そうですか。では、お任せします』
最後にそう告げると、ルーアからの念話は途切れた。
これで、まずやるべき事は済ませた。後は、目の前のゴーレムをどうにかするだけ。
一度息を吐くと、ゴーレムへと向き直ると、剣を構えた。
目の前のゴーレムは普通のゴーレムではない。ゴーレムは、形状、構造、素材からその種類が分けられる。目の前のゴーレムは、その分類から言えばアダマンタイトゴーレムという名前が与えられるところだろう。素材にアダマンタイトを使用して作られたゴーレム。
ゴーレムは魔術に対して絶対的な防御能力を持つ。それは俺ですら突破できない防御能力で、それ故、必然的に物理攻撃による対処が求められる。だが、このゴーレムはそれだけでは上手くいかない。素材に使われているアダマンタイト。この金属は、既存のどの鉱石よりも固く強固で、破壊が困難だ。
魔術で強化したどのような武具でさえ、強度でアダマンタイト製の物にはかなわない。その上、この金属は加工の難しさから、まず人が武具として用いる事は無いような代物だ。
一度剣を振るい、感触を確かめる。
手にした使い慣れた曲刀――アダマンテイン製のエルフ族の曲刀。この剣は、あのゴーレムと同強度以上の強度がある。こちらの攻撃は問題なく届くはずだ。
けど、それでも足りない。
攻撃が届く。それだけでは単に同じ土俵に立っただけに過ぎない。一方的に攻撃される状況から、対等になっただけ。それだけでは勝ちは転がり込んでは来ない。
「出し惜しみは無しだ」
じっとゴーレムの姿を見据え、集中し、胸の内から秘めたる力を呼び起こさせる。
血統想起。確かそう呼ばれる技だ。もともとは蛮族が扱う特異技術。生物が人に至る過程で、人は様々な生物の遺伝子を獲得してきた。それは普段は眠っているものだが、ある特殊な集中を行う事でそれを想起させられる。これは、そういう技だ。
人が持つ動物的な力、およびその感覚、それらを呼び覚ます事で、人は人を超えた力を発揮できる。
感覚が研ぎ澄まされていく。感じないものを感じ、見えないものが見え、身体にかかる負荷が変わっていく。
「行くぞ」
そして、それらの感覚が最大限になった時、俺は目の前のゴーレムへと向けて走り始めた。
戦闘開始だ。
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