嫌いな話
クレアが立ち去った後、俺はしばらくの間、夜空を見上げていた。
なんだかそのまま帰る気分にならなかった。
「こんな所で何してるんだ?」
なんだろう? 作為的な物を感じる。それくらいの頻度で聞き知った声をかけられた。
目を向ける。予想通りヴィンスが立っていた。
「何って、見ればわかるだろ?」
手にしてた品を見せつける。
「そう言うそっちはなんでこんなところに?」
「なんでって、偶々かな? クレアも一緒だったみたいだけど、何かあったのかい?」
「そこも見てたのか……」
「話しかけずらい雰囲気だったからね……気になっちゃって。なんの話をしてたんだい?」
「何って、ただなんで冒険者になったのか? みたいな話だよ」
「へぇ~そんな話を……で、なんて答えてたんだい?」
「俺の事?」
「君の事も気になるけど……クレアはなんて答えてたか、ちょっと興味あるかな」
「他人のプライベートな事を、勝手に話すのは余りよくないんじゃないか?」
「それも、そうだね。すまない。変な事を聞いた」
「というか、知らないのか? 仲良さそうだったじゃん」
「そう見える?」
「違うのか?」
「自分としては上手くやっているつもりだけどね。彼女、ガードが固くてね。プライベートな事はほとんど話してくれないんだよ」
「へぇ~」
「で、君はなんで冒険者になったんだい?」
「それ、聞くんだ……」
「話の流れで聞いておかないとまずいかなって。PTリーダーとしても、個々の目的は把握しておいた方がいいと思ってね」
「なるほどね」
溜め息を付く。
正直、冒険者になった理由なんて話すの面倒くさい。話しても面白い話でもないし。
「知りたいと思ったからだよ」
「知りたい? 何をだい?」
「地下迷宮の事を」
「それは……どういうことだ?」
「あれは何のために作られたのか? どのような技術で、どういう過程を経て作られたのか、そういう事をすべてだ」
「なるほど、変わってるね」
俺の答えを聞くとヴィンスはくすくすと軽く笑った。
「変わってる……か? 普通だと思うけど?」
「そうかい? 普通はお金の為とか、そういうのだと思うけど?」
「それもそうか」
確かに今考えれば、金が一番普通の理由なのかしれない。イーダも金の為に冒険者に成ったし様に見えたし。
ただ、俺が冒険者として地下迷宮に潜るように成った頃は、地下迷宮が金につながるものって認識はなかったから、そのせいでその考えが抜けてたのかもしれない。
「そっちはなんで冒険者に成ったんだ?」
「俺かい?」
頷いて返事を促す。
「俺は、単純に金が欲しかったからだよね。それだけだ」
「普通だな」
「普通だよ」
「なんで金が欲しいとかって理由は有るのか?」
金が欲しい。確かに一番の理由だろう。けど、それだけだとこんな危険な職種に就く理由としては弱い気がした。
イーダも金が欲しいという理由みたいだが、彼女はスラムの出身でそれ故に金が無いことによる弊害を多く受けてきた。だから、他の人以上に金を求める理由としてよくわかる。
「凝った理由を求めてたら悪いけど、本当にただ金が欲しいって理由だけだよ。そこに特別な理由なんかもない」
「そうなのか」
ちょっと肩透かし。
クレアにイーダと割と強い理由を持って冒険者に成っているだけに、皆がそれなりの理由を持っているものかと思ったら、違ったみたいだ。
「そうだ。一つ、聞いておきたかったことが有るんだが、聞いていいかい?」
話が一段落すると、ヴィンスが何かを思い出したように尋ねてきた。
「何?」
「君は、クレアの事、どう思ってる?」
「は?」
「何も思ってない?」
「いや、質問の意図がよく分からないんだけど……」
「そのままの質問だよ。クレアは女性で、君は男だ。異性として、クレアをどう見ているのか、それを聞きたくてね」
「…………」
割と真面目な表情で聞いてきたから、重要な話かと思ったけど、すげぇくだらない話だった……。
「別に、どうも思ってないけど……てか、なんでそんな事聞くんだ? どうでも良いだろ、そんな事」
「そんな事無いと思うけど? 男女関係の問題でPTが破綻する。なんて事は良くある事だし、重要な問題だと俺は思うけど?」
「まあ、確かにそうかもしれないな……」
人間関係……俺が最も苦手な分野だ。ちょっと辟易する。
「それで、どう思ってるんだい?」
「なんとも思ってないよ。さっき言っただろ」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうするんだよ……」
「そうか。なら、ちょっと安心かな?」
本当に安心したようにヴィンスは息を付いた。一体、何を心配してたんだ、こいつは。
「イーダの事はどう思ってるんだ?」
「イーダ?」
「そう、随分と仲良さそうじゃないか」
仲良いか? どうやったらそんな風に見えるんだ??
「そっちもどうも思ってないよ」
「そうなの?」
ちょっと驚いた表情で問い返してきた。
「なんで驚くんだよ」
「そう? 美人な二人を見ていれば、普通何かしら思うところがあるもんなんじゃないのか?」
「そういうもんかねぇ……」
恋愛とか以前に人との関りを真っ先に投げ捨てたような人間だしなぁ……俺。今更、それを問われても、まともな回答なんてできやしないよ。
「とりあえず答えたけど、これで安心できたか?」
「そうだね。不安は一つ消えたかな」
「そうか、それは良かった」
人間関係。俺が一番苦手とする分野だ。それを、別の誰かがサポートしてくれるのは、ありがたい気がする。その分、いろいろ苦労させることになるだろうから、このヴィンスという男に感謝しないといけないのかもしれない。
「なにも思ってない……か。なら、一つ頼み事をしてもいいかな?」
「頼み事? 何をだ?」
「クレアの事だ」
「クレアさん? 彼女がどうかしたか?」
「クレアを、俺が貰っていいか?」
「…………ごめん、意味が分からない」
「クレアを俺の女として貰ってもいいかって尋ねたんだが……ダメか?」
うん、ごめん、意味が分からない。
もしかして100年経って他者をそんな風に所有する世の中になったのか? 嫌だぞ、そんな世界。
「貰うってなんだよ。人は物じゃないぞ。所有権の主張とか意味が分からない」
「すまない。ちょっと言い方が悪かったかな。
冒険者として長くPTを組んでいくなら、どうしたって男女関係の問題は出てくるものだろ?」
「まあ、そうだろうな……」
「だから、そうなったとき揉めない様に、誰と誰がくっ付くかあらかじめ決めておいた方がいいんじゃないかと思ってね」
「…………」
「どうかしたかい? 何か、不満でもあったかい?」
「ごめん……やっぱり意味が分からないわ」
「? 俺とクレアがくっ付くことに不満でもあるのかい?」
溜め息が零れる。
「不満とかじゃねえよ。相手にだって選ぶ意思が有るはずだ。それを無視して、ここでそんなこと決めたってなんの意味もないだろ。だから、意味が分からねぇって言ってるんだよ」
「もしかして、君は、クレアが君を選んでくれるとでも思っているのかい?」
再び溜め息が零れる。なんだがイライラする。
「そうじゃ無いって言ってるだろ! お前とクレアさんがどうなろうが知ったこっちゃない! ただ、他人の意思を無視して全てを決めようってお前の考えが気に入らないんだって言ってんだ!」
ついカッっとなって怒鳴ってしまう。
前言撤回。無理だ。俺、こいつとはうまくやって行けそうに無い。
「じゃあ、俺、帰ります。では」
強制的に別れを告げ、その場を立ち去って行った。
気分が悪い。イライラする。こんなやり場のない怒りを抱えたのは久しぶりだ。何かに当たり散らしたくなる。
こんな風に他者への怒りを覚え、それをうまく処理できなんだなんて、やっぱり俺は他者との繋がりを持つ事に向いてないなって実感する。
街の裏通りを抜け、廃墟の広がる区画へと出る。そして、それからしばらく歩くと、あの崩れた教会へとたどり着いた。
一度深呼吸して、少し気持ちを落ち着けてから、扉を開いた。それでも完全には抑えきれず、つい余計な力が入ってしまう。
「戻った」
ただいま。とか、なんて声をかけていいのかわからず、適当に声をかけて中へと入る。
「遅かったんじゃん。何してたの?」
中に入ると、すぐにイーダからの返事が返ってきた。
イーダはすでに水浴びやらなんやらを済ませているみたいで割とラフな格好をしていた。
「別に」
問われ、先ほどの事を思い出してしまったがために、おざなりな返事を返してしまう。
「何かあったんだ」
怒りを見せる俺を見て、、イーダはからかう様にように笑う。
「どうでも良いだろ。それより、これ」
話す気はない。そう思って、手にしていた先ほど買った品をイーダへと投げつけ、話を強制的に断ち切る。
「何これ?」
投げつけられたそれを、イーダが受け取ると尋ね返してきた。
投げつけたそれは、パンと干し肉、バターとチーズ、それからミルク一瓶入っていた。
「お前、さっきまとも食ってなかっただろ。だから、それ」
さっき有った祝いの席でイーダは食事にあまり手を付けていなかった。おそらく、あの雰囲気が合わず、食が進まなかったのだろう。かく言う俺も、同様の理由でそれほど手を付けていなかった。
「何? 私に恩でも売ったつもり?」
「売ったんじゃなくて返したんだよ。此処、貸してくれただろ」
地面を指し示す。
「あんたってバカなの? これ買う金有ったら、安宿くらい借りれただろ」
「バカなのは昔から自覚してるよ」
答えを返すと、傍にあった長椅子に腰を掛け、横になる。
未だにむかむかする。今日はさっさと寝よう。そう思って、俺は目を閉じた。
お付き合いいただきありがとうございます。
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