反撃
――Another Vision――
あのゴーレムによる攻撃と、そこから続いた混乱。それは次第に落ち着きを見せ始めていた。けど、それで被害が収まった訳ではない。編成が乱れ、防御が崩れ、被害が出た。そこからくる影響はいまだに収束していなかった。
上空から見下ろしたフォレストガーデンの光景には、それが色濃く出ていた。
ところどころから火の手が上がり、逃げ惑う住人の姿が見え、入り込んだ魔獣達に対抗しようと奔走する冒険者達の姿が見えた。
『フィルマン。ようやく整ったぞ』
『クレッグか……おせえよ』
『これでも出来る限り早くやったんだがな』
『フィルマン。こっちもできたよ』
『エヴェリーナか。じゃあ、準備は出来たって事だな?』
『ああ、反撃開始だ』
複数繋いだ念話のパス。そこから一部の冒険者達の声が流れてくる。それらを聞くと、エリンディスは小さく笑みを零した。
眼下に、隊列を整えた冒険者達の一団が見えた。
一時はどうなる事かと思ったが、無事上手くまとまりが出来て来ているみたいだった。
『敵はたかだか迷宮獣100体、我々が勝てない相手ではない! よく見、良く判断し、適切に対処し、殲滅せよ! 攻撃開始!』
冒険者の一団の中から大きく宣言が下される。それの呼応し、鬨の声を上げると共に冒険者達が一斉に動き始めた。
閃光が弾け、それらの輝きがフォレストガーデン全体へと広がっていく。冒険者達の反撃が開始された。
「さて、私も少し手助けをするとしますか」
そんな冒険者達の頑張りを感じ取ると、エリンディスはまた小さく笑う。そして、ゆっくりと両手を広げ、天を仰ぎ、祈るようにして詠唱を始めた。
「主よ。戦に挑みし英雄たちに勝利の栄光を賜え。挑みし者達に幸運と勇気を! |リオシェル・エクラリアの祝福を《ブレス・オヴ・リオシェル・エクラリア》!」
* * *
上空に大きな魔法陣と、その中央にエルフのシンボルを示す太陽と星々の印が浮かび上がる。そこから、光が降り注ぎ、この場を包み込んでいった。
『祝福』。神官が扱う奇跡の一つだ。幸運を呼び寄せ、恐怖に打ち勝つ勇気を与える奇跡。目に見える効果こそは小さいが、戦場に与える影響は大きな奇跡だ。
それにしても――
「戦場全域に降らせるとは……なんとも規格外の女じゃのう」
祝福の奇跡は、効果範囲の広い奇跡ではある。けど、それでもこの広い戦場すべてを範囲に収めるなどと言うものは聞いた事がない。それが出来るという事は、それだけの力――神から与えられた奇跡の力があるという事だ。これがエルフの神子の力と言うものなのだろう。
「さて、皆、動き出した様じゃし、妾も妾で出来る事をするとしますか」
空に広がった奇跡の光景。そこから視線を移すと、空を舞う魔獣へと目を向けた。
冒険者達が動き始め、反撃が開始された。このままいけば、地上の魔獣はすぐにでもどうにか出来るだろう。だが問題は空の魔獣だった。
冒険者は近接武具を好む傾向が強い。それは、補給が受けにくい地下で少ないリソースで戦い続けるために最適化された故の結果だった。それ故冒険者は攻撃が届きにくい空の敵を苦手としている事が多い。
地上の魔獣を倒したところで勝利にはなりえない。上空からの攻撃で、地上の陣形を崩させるわけにもいかない。魔術師であるヴェルナ達に与えられた仕事は、空の迎撃だった。
だが、ここにも問題がある。それは、魔獣――召喚獣である迷宮獣は魔術に対して強い抵抗を持つという事だ。生半可な魔術ではまず効かない。魔術抵抗を突破するためには、それだけの強度を魔術に持たせる必要があり、それはそれだけ魔術リソースが必要となる。効率が悪くなるのだ。
正直ヴェルナは才女だ天才だと言われていても、まだ魔術師としては若い。それ故、魔術の連続行使などの部分で未熟さが目立つ。負荷の高い魔術はそれ程多く使えない。つまり、使える魔術リソースはそれ程多くないのだ。だが――
「急場じゃが試しいてみるか……」
空を飛ぶ魔獣を見据えたまま、ヴェルナはおもむろに銃を構える。
対迷宮獣用の戦い。魔術が聴きにくい相手にはそれなりの対策が必要になる。ここまでの状況は流石に想定していなかったが、それ自体は考えていた。
本来なら、入念な検証を行った上、安定行使を確認してから、実戦で扱うのだが、この際仕方がない。
「光よ集え! その輝きを熱となり――」
銃を構えたまま詠唱を開始する。すると、構えた銃の銃口に、魔術の燐光が灯り、それが銃身全体へと包み込んでいく。そして――
「――弾丸よ、紅蓮を纏い、敵を貫け! 灼熱光線!」
引き金を引いた。
撃鉄が振り下ろされ、火花が散る。その火花が火薬を引火させ、爆風を生み銃弾が発射さる。それと同時に、銃身を覆っていた魔術の燐光が輝きを放ち、発射された弾丸が閃光へと変わり、伸びていく。
伸びた閃光が、空を舞う魔獣の一体を捕らえ――貫き、魔獣の胴体に大きな風穴を穿った。
「なかなかの威力じゃな」
放たれた閃光に貫かれ魔獣が落下していく。それを目にしヴェルナは小さく笑みを浮かべた。
今のヴェルナでは迷宮獣の魔術抵抗を抜くのは難しかった。故に試行した技だった。魔術に銃の物理的貫通力を乗せるとこで、強引に迷宮獣の魔術抵抗を貫く。こうすれば、少ない魔術的リソースを抑える事が出来る。その目論見は上手くいったようだ。
「では、第二射行くぞ」
一応の効果は見られた。なら、そのまま次へと移る。
腰のベルトポーチから紙製薬莢と点火薬を取り出し、手早く次弾の装填を済ませる。そして、再び銃を構えると
「我が魔術の炎よ。豪華となりて、敵を焼き払え! 弾丸よ、紅蓮を纏え! 火球!」
マズルフラッシュが輝き、銃口から閃光が発射させる。そして、その閃光が真っ直ぐ上空へと延びると、炸裂した。
* * *
閃光が空へと延びていく。それが空を飛ぶ魔獣の集団へと達すると、炸裂し炎が辺りを包み込む。それにより、巻き込まれた魔獣が業火に巻かれ、叫び声を上げていた。
火球の魔術。けど、挙動が少し違う。見た事の無い技だ。
「へぇ、面白い事するじゃないか」
ヴェルナの放った爆撃。それを目にしたエヴェリーナは小さく笑った。
エヴェリーナは同じ魔術師として、ヴェルナの事は知っていた。若干17歳にして中級魔術までを操る才女。噂では上級魔術さえも使えるとも聞く。
能力だけで言えば、エヴェリーナには及ばないレベルの話だ。だが、それを自身の半分程度の歳でやってのける事には、正直驚かされる。そして、先ほどの技。ただ魔術が使えるというだけでなく、応用を利かせ、最大限の効率を叩きだそうとするその様はまさに天才と言って過言の無いものだろう。それだけに、その姿には正直嫉妬する。
「あんなのを見せられた、こっちも黙ってはいられないよね」
エヴェリーナは意識を集中させると、腰かけていた杖に力を籠める。すると、空中を飛ぶ杖が加速し、エヴェリーナへと襲い掛かっていた魔獣達と一気に距離を取る。
距離が取れた事を確認すると、すぐに静止を掛け、振り返る。そして、杖から飛び降りると空中へと降り立つ。
「大気よ唸れ! 雷鳴よ轟け! 我が魔力よ、稲妻となりて、我が敵を薙ぎ払え! マナよ吹き荒れろ! 魔術強化・連鎖雷撃!」
詠唱を一つ唱える。掲げた杖の先端から雷が発射され、それが前方の敵を貫くと共に、四散し、辺りへと弾け、空を埋め尽くすと共に敵へと襲い掛かっていく。
正直、エヴェリーナはヴェルナの様に小細工が得意な方ではない。だから、長年の修練によって培われた魔術リソースを一気に吐き出す事で、他を圧倒するような高威力の魔術を解き放った。
* * *
幾つもの魔獣が舞い飛ぶ夜空に、複数の魔術による閃光が瞬き、そこから魔獣達の断末魔の声が上がる。
ヴェルナとエヴェリーナ、それからそれに追随する魔術師達の魔術が上空の魔獣達を削っていく。その派手な光景を目にすると、地上の冒険者達も奮起し、その殲滅の勢いが一気に増していく。
そして、次第に、次第にと、フォレストガーデンを覆っていた魔獣達の姿が薄れていった。勝機が、見え始めていた。
お付き合いいただきありがとうございます。
ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)。




