表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/163

許せない事

 薄闇の中から、微かな光を集め輝く銀閃が鋭い線を描き、襲い掛かる。それを俺は手にした剣で弾き上げる。けれど、それでもその斬撃は止まる事無く、二度、三度と襲い掛かる。


「やめろ!」


 何度目かの静止を呼びかける。けどやはり、止まる事はない。


「このままじゃ……」


 焦りが募る。


 目の前のイーダの事を放置できない事もあったが、先ほど飛び立っていた魔獣の集団。あれがどうなったのかも気になる。フォレストガーデンには、クレア達が居る。放置はできない。


「クレア達が気になるのか?」


 そんな俺の焦りを見て取ったのか、イーダが尋ねてくる。


「当たり前だろ」


「なら、早く終わらせて見せろよ」


「だからやめろって言ってるだろ!」


 火花が散り、刃と刃が弾かれる。


 さっきからずっとこんな感じだ。どれほど呼びかけたところで、イーダが攻撃の手を止める事はなかった。


 制約の魔術の力が根強く縛り、イーダの行動選択を狭めていた。


 この場をどうにかするためには、イーダをどうにかしなければならない。けど、どうする? イーダとクレア達の命、そのどちらかを選択しなければならないなんて選択、取れるはずがない。



「クククク……」


 笑い声が響く。


 あいつだ――白いローブの男が、木の上からこちらを見下ろしながら笑っていた。


「どうしたのですか? まだ防戦一方のままなのですか? いつまで耐えた所で、彼女の手が止まる事はありませんよ。あなたが、彼女を殺めない限りは……ね」


 笑っている。煽っている。それがたまらなく不快に思えた。


 銀閃が振り下ろされてくる。それを、俺はギリギリのところで回避する。


「早くしなよ」


「何を……!」


「私を生かす意味なんてないんだからさ……迷う必要なんてないだろ?」


「お前……!」


 どこか諦めた様なうつろな表情。イーダはもう諦めている。それがまた、不愉快だった。


「どうしたのですか? 相手はああ言っていますよ」


 そして、それを逆なでするように、あの男が言葉を続ける。


 不快だ。不愉快で、苛立ちを募らせる。


 ガキン! ガキン! ガキーン!


 剣戟音が響き渡る。攻撃の手は止まる事無く続けられる。もはや言葉でどうこう出来る状況ではない。もう、力でねじ伏せるしかなかった。


「ごめん……」


 目の前のイーダに向けて、手を翳す。そして、詠唱を一つ唱えた。



「止まれ」



 すると、イーダの動きがピタリと停止した。



「ク、ククククク、ハハハハハ、アハハハハハハハ」



 再び笑い声が響いた。今度は大きく、噴出したような笑い声だ。俺がイーダに何をしたのか、理解したのだろう。その笑いがまた、とてつもなく不愉快だった。


「何をするかと思えば……精神支配ですか。確かにそれなら、あなたへ向けられる攻撃を止める事が出来ますね。人の意思を縛る事に憤っていたかと思えば……選んだ選択はそれですか、ククククク」


 あざ笑うかのような声が響く。本当に不愉快で、苛立ちを覚えさせられる。


 ギロリと敵意を込めた視線を、ローブの男へと向ける。男はそれに相変わらずの笑みを返す。


「そんな敵意を僕に向けて……いったいどうするつもりですか? まさか、僕を倒せば彼女が解放されるとでも思っているのかな?」


「違うのか?」


「一面的には有っていますよ。けど――」


 男は再び笑みを浮かべる。


「それは不可能な事象です。だって、君が僕を倒すだなんてこと、出来るはずがありませんから」


 男が再び浮かべた笑みは、大きく悪意を込めた様な、歪んだ笑みだった。




   *   *   *




 俺にはどうしても許せないことが一つだけあった。


 世の中、理不尽な事は多くあり、不快な――憤りを感じる様な事は多くある。けど、それでも時間共にその感情は薄れ、忘れてしまう様な事ばかりだ。だから、それらにいちいち反応を返す気はあまりない。けど、一つだけ、どうしても許せない事があった。


 他者による自由意思の剥奪。それが、俺の最も許せない事の一つだった。


 人は自由に生きるべきである。誰かに縛られず、望む事をして、望む様に生きる。そう在るべきだと思っている。


 当然、人間社会の中で生きていくためには、その社会を保つために決められたルールは守るべきだと思う。けど、そうでは無く、誰かの利益の為に、誰の意志を縛り、選択肢を縛り、強引に行動させるということは、あってはならないと思っている。



 虚ろなイーダの瞳が俺の姿を捕らえ、鏡像が瞳に映りこむ。意志をほとんど感じさせない、そんな瞳の色だ。


 人が精神支配の魔術下にあるときに見せる、特徴的な表情だった。


 制約を含む精神効果の魔術は、別の同系統の魔術下に置かれた際は、効力や術式が強力であるものが他の精神効果の魔術を塗りつぶし効果を発揮させる。制約の魔術下にあるイーダを、強引にでも止めさせるには今取れる方法はこれしかなかった。


 人の自由意思を奪う事。それは、俺が最も嫌悪する事だ。けど、それを俺はイーダに使用した。使用せざるを得なかった。それに、とてつもなく大きな憤りを覚えた。


「何をするかと思えば……精神支配ですか。確かにそれなら、あなたへ向けられる攻撃を止める事が出来ますね。人の意思を縛る事に憤っていたかと思えば……選んだ選択はそれですか、ククククク」


 あざ笑う声が響く。あのローブの男からだ。本当に不愉快だ。


 俺はイーダから視線を外し、その男へと目を向ける。


「そんな敵意を僕に向けて……いったいどうするつもりですか? まさか、僕を倒せば彼女が解放されるとでも思っているのかな?」


 はっきりと敵意を示しているはずなのに、男はそれにものともせず、涼しい顔で答えを返してきた。


「違うのか?」


「一面的には有っていますよ。けど――」


 制約や精神支配の魔術は、魔術が掛かっていても、命令者が存在しなければ効果がない。イーダに掛けられた制約の魔術を、根本的にどうにかできなくても、命令者である目の前の男をどうにかすれば、問題は解決される。だから、最大限の敵意を向け睨み付けた。


 けど、男はそれでも笑って答えを返した。


「それは不可能な事象です。だって、君が僕を倒すだなんてこと、出来るはずがありませんから」


「やってみないと分からないだろ?」


「まあ、そうですね。けど、結果は解り切っていますよ。それでもやるというのなら、相手をしてあげましょう」


「なら――消えろ!」


 手を翳す。すると、詠唱も告げる事無く手から閃光がローブの男へ向けて発射された。


 けど、その閃光は男の身体を捕らえる直前に、男が手を振るうと同時に掻き消されてしまった。魔術相殺(カウンター・マジック)による相殺だ。


「魔術の練度はなかなかのものですね。思っていた以上の能力だ。けど――」


 俺の魔術を軽くいなして見せると、男は次に、俺へと手を翳した。


「その程度じゃ、僕には届きませんよ」


「!」


 男の手元に火球が灯る。詠唱は無い、簡略化された術式だ。


 俺はイーダの身体を抱え込むと、素早く後ろにバックステップを踏む。


 目の前で閃光が弾け、熱風と爆炎が膨れ上がった。男の手元から発射された火球が、俺の元居た場所に叩き付けられ、炸裂した。


「お構いなしかよ!」


 火球の攻撃範囲は広い。あの位置では確実にイーダも巻き込まれていた。


「敵に奪われた駒など構うだけ無駄が多くなります。早々に切り捨てるのが合理的判断かと。あなたもそんな荷物は早々に切り捨てた方が、より多くの人を救えるかもしれませんよ」


 再び男の手元に火球が灯り、俺へと向けて発射される。その度に、俺はステップを踏み、それを回避する。


 手が出ない。イーダの身体を抱えたままでは、上手く攻勢に出る事が出来なかった。


「どうしたのですか? 逃げ回っているだけでは、勝つ事なんてできませんよ?」


 そんな俺を見て、男はあざ笑う様にして告げてくる。相変わらず不愉快だ。


 本当に不愉快だ。あの男からは、人を人と思わないそんな思想が伺えた。自己の利益の為に、他者の自由意思を縛り、他者を平気で切り捨てる。そんな男の態度が、たまらなく不愉快だった。


 目の前で閃光が弾ける。熱風に煽られ、軽く肌を焼く。容赦ない一撃。それは当然、抱え込んだイーダも巻き込まれる。


 本当に、本当に不愉快だ。


「いい加減にしろ!」


 頭の中で何かが弾けた。ついに怒りが限界を超えたのだった。

お付き合いいただきありがとうございます。


ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ