取るべき選択
――Another Vision ①――
「うらあああああああ!!」
フィルマンがゴーレムに挑みかかる。戦斧を振り上げ、最大限の力を籠め振り下ろした。
ガキーン! 大きな激突音が響き、気が付くと反動でフィルマンの身体が吹き飛ばされる。ゴーレムに対するダメージは一切見られなかった。
「なんなんだ! こいつは……」
悪態が零れる。
戦況は混乱に包まれていた。
ゴーレムによる強力な一撃。それにより纏まりかけていた陣形は崩され、崩壊。それに加え、圧倒的な能力を見せつけられた事で、冒険者達も戸惑い、恐怖から我を忘れ始めていた。
このままではまずい。統率を失った集団など簡単に潰される。だから、その状況を打開するために、圧倒的な力を見せつけたゴーレムへと挑みかかった。
今現在の最大の脅威はあのゴーレムだ。それを破壊できる力を見せつければ、冒険者達の士気が戻り、状況を立て直せると思った。だが、事はそう上手くいかない。
「らああああああああ!」
再度戦斧を振るい、斬撃を叩きつける。一撃でダメなら、連撃を叩きこみ、蓄積ダメージによる破壊を試みる。だがそれも意味はなかった。
バキリ――金属の割ける音が響いた。ゴーレムからではない、手にした戦斧からだ。
「クッソ……」
一度ゴーレムから距離を取り、戦斧の状態を確認する。戦斧の刃にはばっきりと亀裂が入っていた。
フィルマンの戦斧はただの戦斧ではない。硬度の高い金属で作られた刃に、さらに魔術による強度強化を施した特別製だ。並みの事では傷付く事すらない強度だ。そんな強度とフィルマンの規格外のパワーを持ってすら傷つけられないゴーレムの装甲。それには、僅かながらの驚きと恐怖を覚えてしまう。
――――俺は、こいつに勝てないのか……?
「フィルマン!」
一瞬、後ろ向きな思いに引き込まれそうになると、上空からエヴェリーナの声が届き、引き戻される。
視線を上げると、エヴェリーナが動いていた。
エヴェリーナは上空からゴーレムに迫り、攻撃を仕掛けた。
「光よ集え! その輝きは熱となり、敵を穿て! 灼熱光線!」
エヴェリーナから複数の閃光が発射され、それがゴーレムへと襲い掛かる。
ゴーレムの身体を捕らえた閃光は、装甲表面に触れると同時に弾かれ、無残にも消えていった。
「馬鹿野郎が……」
ゴーレムに魔術は効かない。それは、魔術師であるエヴェリーナが一番よく知っているはずだった。なのに攻撃を仕掛けた。それはおそらく、勝てなくても戦う姿勢を示さなければ誰も付いてこないという、エヴェリーナなりのメッセージなのだろう。それに、小さく笑いを零した。
「弱気になるじゃねえよ……」
ゆっくりと立ち上がる。
「うおおおおおおおお!」
そして、一度大きく咆哮を上げると、フィルマンは駆け出していった。
――Another Vision ②――
戦場となったフォレストガーデンは混乱に満ちていた。一度は立て直し、対抗する為に動き出してはいたが、それをあっさりと崩され、再び混乱へと落とされてしまっていた。
「た、助けてくれ~……」
「怪我人はこっちへ! こっちはまだ安全だ!」
「敵が来てる。戦える奴、こっちに来てくれ!」
そんな混乱の中、それでもどうにか持ち直そうと冒険者達の声が飛び交う。皆必死なのだろう。それでも、状況は好転する兆しを見せず、混沌としていた。
そんな状況を、クレア達はフォレストガーデンの一角から眺めていた。
「ど、どうしましょう……」
不安と怯えの籠った言葉が零れる。
こんな混乱の中では、どうやったって守り切れない事は分かる。けれど、だからと言って、この場を無視する事は出来なかった。
「まずいな……」
クレアの隣に立つヴェルナも、同様の感想を漏らす。彼女も、この状況ではどうするべきかが分からず、戸惑っているようだった。
「ひとまず、逃げるとしましょうか」
そんな中、場違いに思える冷淡な声音でエリンディスが提案を告げて来た。
「逃げるって……何処へですか?」
戦況はフォレストガーデン全体が戦場になりつつあった。この状況で、何処に逃げ場があるというのだろうか?
「フォレストガーデンを離れましょう。攻撃目標が此処であるなら、この場を離れればひとまずの安全は確保できるはずです」
そんなクレアの問いに、エリンディスは冷静の答えを返してきた。
けど、その答えには、とても受け入れられるものではなかった。
「それは……ここを見捨てるって事ですか?」
「そうですね。まず優先すべきは、私達の身の安全です。それ以上の事をしようとして、無理出した、では済まされる状況ではありません。ですから、この場は、そう判断すべきかと……」
ひどく冷静な答えだった。まず優先すべきは自分自身の命。その言い分も分かる。けど、それを素直に受け入れられるだろうか? クレアにはそれは出来そうになかった。
「た、助けてくれ~!」
叫び声が上がる。目を向けるとそこには、逃げ惑う者達の姿が見えた。崩れた防壁から抜けてきた魔獣に襲われているようだ。
冒険者ではい。そう、フォレストガーデンに居る人間はすべて戦える冒険者だけが居るわけではないのだ。
「くっ!」
「あ、おい!」
気が付くとクレアは駆け出していた。
剣を鞘から引き抜くと、魔獣との距離を詰め、剣を振り下ろした。
魔獣の感覚は鋭い。横合いにから斬りかかったクレアに対し、魔獣は素早く反応し、跳躍でその斬撃を回避してくる。
『グルガアアア!!』
跳躍した魔獣は、一度距離を取るとすぐさま反転し、クレアへと襲い掛かってくる。
「くっ!」
鋭い魔獣の爪がクレアに襲い掛かり、それを剣でガードする。だが、魔獣の腕力はあまりにも強く、簡単に剣が流され防御がはがされる。そして、がら空きになったところに、再び魔獣の爪がクレアに襲い掛かった。
迂闊だったかもしれない。魔獣――迷宮獣との戦闘は、ここに来てから何度か経験し、勝ちを治めてきた。それによる自身はあった。けど、それは仲間と連携し、守り合いながらの勝利だ。決してクレア単独で納めた勝利ではない。
一人で突き進めばどうなるか、分かり切った結果だった。
「|剣をここに《I turma símen》」
魔獣の爪が、クレアの身体を引き裂く直前に、横合いから銀閃がきらめき、魔獣の胴体を切り飛ばした。
「少しは冷静になっていただけませんか?」
エリンディスだ。勝手に走り出したクレアを追って、助けに来てくれたようだった。
「ご、ごめんなさい……」
エリンディスの冷静な言葉で、現実に引き戻される。
単独で戦う能力がないのに、自分の身も守る事すら満足にできないのに、そんな状態で一体誰を守れるというのだろうか?
エリンディスの言った、『自身の安全を優先すべき』という言葉が、突き刺さる。けど、やはり、この場に居る人間を切り捨てるという選択は、どうしても踏み切れなかった。
助けてもらった身でありながら、それ以上の要求を求めてしまう自分に後ろめたさを覚え、クレアは視線をそらした。
「やはり、自分だけ助かると言った選択は出来ませんか?」
けどそれにエリンディスは咎める事無く、優しく返事を返してきた。
「なんとか……できませんか?」
自身の安全を確保し、なおかつ出来るだけ多くの人を助ける。そのためには、どうしたってエリンディスやヴェルナの協力が必要不可欠だった。
自身は殆ど何もできないのに、誰かの為に動いてくれなどという要求はあまりにも我が儘なものだ。そんなもの、許されるわけがない。けど、それを抑える事が出来なかった。
きっときっつく糾弾されるだろう。そう思って答えを待ったが。返ってきた答えは、ささやかな笑いだった。
「ごめんなさいね。試すような真似をしてしまって」
「え?」
「他者を見捨てるだなんて選択。あまりしたくはありませんよね。それは、私も同じです。ただ、ここ状況です、動くためにはそれなりの覚悟が必要かと思いましたので……」
そういうとエリンディスはニッコリと笑った。
「お主……意外と性格悪いのう」
そんなエリンディスの言葉に、後を追ってきたヴェルナが悪態を返す。
「あれ? 私、自分が性格の言い人間などと言った覚えはありませんよ」
「こやつは……」
笑いを返すエリンディスに、ヴェルナが呆れた様に息を吐く。
「それで、どうするのじゃ?」
そして、一度場が落ち着くと、ヴェルナがエリンディスに問いを投げた。
エリンディスは『他者を見捨てる選択はしたくない』と言った。それは、この場に居る人間を出来る限り助ける言う事になる。そのための策があるのだろうか?
「さて……どうしましょうか?」
「お主は……」
ヴェルナの問いに、エリンディスは笑って答えた。それに、ヴェルナは再び呆れを返す。
「まあ、だいたいはあなたの考えと同じかと思いますよ」
「まあ、そうするしかないじゃろうな……」
「?」
そして、何かを示し合わせると、二人は軽く息を吐いた。そして――
「では、仲介は此方で行いますので、説得はお任せしますね」
「説得? 何をじゃ?」
「冒険者への、です。私よりは同じ人間であるヴェルナ様の方がやりやすいでしょうし。お願いし出来ますか?」
「そう言う事か。分かった。それは妾がやるとしよう」
「では、お願いします」
「えっと……どういうことですか?」
知らぬ間に、話が流れていく。二人は、いったい何の話をしているのだろう?
問いを投げると、エリンディスは一度クスリと笑った。
「これからの事です。クレア様にも協力していただきますよ」
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