侵攻
――Another Vision――
ガキン! ガキン! ガキーン!
剣と短剣がぶつかり合う剣戟音が響き渡る。眼下には争い会う男女の姿が見えた。
一方はダガーを果敢に振るい、一方的に攻撃を仕掛けていく。もう一方は、それを剣でいなし、捌いていく。男が防御で、女が攻撃。この攻防が入れ替わる事無く続けられていた。
不思議なものだと思う。
男の方にはまだまだ余裕が見られる。その気になれば、すぐに形勢を覆す事が出来るだろう。一太刀浴びせればそれで終わりだ。それなのに、男は反撃に出る事無く、攻撃を耐え続けていた。
いくら能力があろうと、情という感情の前では、どのような人間も猛者も怯えた子供の様に動けなくなってしまう。その状況が、とてつもなく不思議で、面白いものに思えた。
「簡単に切り捨ててしまえば、楽なものを……」
いまだに続く攻防を眺めながら、白いローブを纏った男は、空に呟きを漏らした。
そして、静かに立ち上がると、空を見上げた。
「さて、状況は整いましたし、そろそろ始めるとしましょうか――」
男は夜空を見上げたまま、呟きを投げる。すると、闇の中に影が差し、幾つのも鋭い眼光が輝いた。
「さぁ、行きなさい。迷える獣たちよ」
『『グワアアアアア!』』
――Another Vision end――
『『グワアアアアア!』』
魔獣の咆哮が響き渡った。
「なんだ!?」
その声に驚き、頭上へと目を向ける。するとそこには驚きの光景が広がっていた。
多数の迷宮獣――巨大梟が、まるで一つの群れの様に塊り、一方向を目指して飛んでいた。目指している方向は勿論、フォレストガーデンの方角だ。
「あいつ!」
すぐさま視線を外し、あの白いローブの男へと向ける。
状況を見るに、あれを操作しているのは間違いなくあの男だ。フィルマンが危険視していた通り、この状況を作り出していたのは、あの男の意志によるものだろう。
「愚かなものですよね」
視線を向けると、男は俺へと視線を返し、それと共に呟きを返してきた。
「なにがだ……!」
「地上に逃げれば安全だというのに、なまじ能力があるだけに、逃げる事を許さず、戦う事を選択する。そして滅びゆく。そういう冒険者達の傲慢さが……ですよ」
男がニヤリと笑う。
そして、それと同時に地響きが響いた。
第11層を構成する宙吊りの通路全体が揺れる様な衝撃だ。
「!!」
影が動く。男の背後、そこから何かが立ち上がった。サイズにして俺の優に4倍ほどの大きさの人影。もちろんそれは人間の影ではない。
その人影が立ち上がると、その頭部から一対の眼光が輝き、胸部から淡い魔術の燐光が輝いたかと思うと、その四肢へと流れた。
「あれは……」
機知の影だ。ゴーレム。それも、飛び切り特殊なゴーレム種だ。
「そんな……どうやって!?」
「さてね、それにはお答えできませんね。企業秘密というやつです」
――Another Vision ②――
「な、なんだ!?」
大きな地響きが響いた。その揺れは、フォレストガーデンに立つ建物の中まで響くほどで、その場に居たフィルマン達を驚かせた。
「エヴェリーナ。今のは?」
すぐさま思考を切り返ると、フィルマンはすぐに確認を投げた。
「今のだけでは、何かは分からないね。けど――」
「フィルマン!」
エヴェリーナへと投げた問い。それには、彼女が答えを返すより先に、別のところから答えが返ってきた。
慌てたクレッグが、フィルマンの部屋へと駆けこんできたのだ。
「奴が来た!」
「やつ?」
「言っただろ。あの集団に、一体だけおかしなゴーレム種がいるって」
「じゃあ……」
「ああ、迷宮獣の襲撃が始まるぞ」
――Another Vision ③――
「な、なんじゃ……あれは」
大きな地響きが響き渡り。その確認の為、一度外へと出ると、そこには驚きの光景が広がっていた。
フォレストガーデンの頭上を覆う木々の枝葉。それの向こうに見える夜空には、異様な影が渦巻いていた。
目を凝らしてみなくても分かる。巨大な魔獣の影が複数、一つの群れを作りフォレストガーデンの頭上の空を飛んでいた。
「魔獣が……あんなに……なんで……?」
同様の空を見たクレアが、傍でそんな疑問を零す。そして、これまた同じような声が辺りからも上がっていた。ヴェルナ達と同様に空を見上げた冒険者達が零した声だろう。
「ど、どうすれば……?」
状況を認識すると次の言葉が零れてくる。
あの数の魔獣を単独、ないし1PTで対処するのは不可能だ。そんな状況を前に、どう動くべきか、それをすぐには判断できる者は少ない。
特にヴェルナ達PTは、真っ先に指示を出してくれていたユリを失った状態にある。それ故、余計に判断がしにくい。
「まずいな……」
この事態は、一応予想されていた。下層のフォレストガーデンが、魔獣による集中攻撃を受け、壊滅してたとい話だ。彼らの目的がフォレストガーデンの破壊ならば、ここも狙われないはずがない。
その対策の為の話し合いなどは、一応持たれていた。だが、それ以外に無視できない事柄があったがために、上手くまとまらずにいた。それ故に、この場でどうするべきかの意志統一はいまだになされていなかった。
このまま襲われれば間違いなく、大打撃を受ける事は目に見えていた。
まとまりの出来ていない状況。迫りくる脅威。それらを前に、ぞっと危機感が積もる。
『グワアアアアア!』
頭上を舞う魔獣達が動いた。
咆哮を上げ滑空を始めると、そのまま急降下を開始し、木々の枝を避ける様にしてフォレストガーデンへと下りてくる。
殺人的な嘴と鉤爪を覗かせた巨大梟の姿、それも複数同時にだ。それにはさすがの冒険者達も、恐怖から叫び声が上がった。
一度恐怖に陥った集団の制御は難しい。恐怖は一気に冒険者の集団を飲み込み、パニックが全体を包み込む。もはや、誰も言う事を聞かず、集団が暴れだす。
そこへ、上空から魔獣達が迫った。統率のとれていない集団に意味はない。その光景はもはや、餌場に群がる鳥たちの姿のそれだった。
巨大梟が鉤爪を構え、冒険者へと襲い掛かる。それに冒険者は抵抗することなく逃げ惑い、そのまま――
「らあああああ!」
一閃のきらめきが走ると、ザックリと肉が切り裂かれる音が響き渡り、魔力の燐光が弾けた。戦斧が、魔獣の鉤爪が冒険者へと届く前に振り下ろされ、魔獣の胴体を引き裂いていた。
「た、助かった……?」
襲われていた冒険者が、震えながら安堵の息を吐く。冒険者は、ギリギリのところで難を逃れた。
それを見て、遠目に眺めていたヴェルウナ達も安堵の息を吐く。
「助かったじゃねぇだろ。馬鹿野郎が!」
だがそれに、大きく怒声が響き渡った。良く響く男の声だ。
「冒険者がたかだか魔獣なんぞにうろたえてるんじゃねぇ! お前達は何のためにここまで来た!? 魔獣に食い殺されるためのか? 違うだろ! 魔獣を倒し、稼ぐためだろうが! お前達が少し魔獣に襲われたぐらいでビーキャー言ってんじゃねぇよ!」
フィルマンだった。唐突にこの場に現れたフィルマンが、大きく声を上げる。
その声により、一度広まり始めた混乱が、ピタリと止まる。
「俺達は食われる側じゃねぇ。喰らう側だ! こんな大量な状況で見せる態度は、怯えじゃねぇだろ? なあ?」
再び、声を上げる。すると、そこからガラッと雰囲気が変わり、冒険者達の目に光が灯り始める。
「さぁ、狩りの時間だ! やるぞ、お前ら!」
「「うおおおおおお!」」
絶対的な力を持った中心人物。それが立ち上がる事で、皆が奮起され、崩れ始めた混乱は一気に収束していた。
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