自由を縛るもの
最初に気付くべきだったかもしれない。気付き、警戒して置くべきだったかもしれない。
イーダに関し、今更ながら気付く事があった。それは、イーダが殺しの技術が他の冒険者と比べ、突出していた事だ。
比較対象がなかったが故に分からなかったと言われればそれまでだが、イーダの殺しの技術は他の冒険者と比べて突出していた。
的確に弱点を射抜く技術、死角へと潜り込む技術。どれもこれも駆け出しの冒険者が持っている技術ではなかった。
そんな技術をどこで手に入れたのだろうか? それが答えだったかもしれない。イーダは、暗殺者として育てられた人間だったのだ。そうでなければ説明できないものだった。
「何で……殺さなかったんだ?」
「そういうお前も、何で最初からあきらめた態度を取るんだ?」
「そんな分かり切った事を聞くなよ。私はこんな人間だ。生きていていい人間じゃないだろ……」
「そういう諦め方は嫌いだな」
「あんたの価値観なんて、知っちゃこっちゃないよ」
イーダへと振り下ろして斬撃は、イーダの身体をすり抜け、空を裂いていた。
『霊体の刃』。武器の刃を霊体化される魔術の応用技だ。本来は、実体を持たない霊体に物質的な刃を届かせる為に編み出したものだが、その代償として物質に影響を与えなくする効果があった。それを利用して、イーダへの斬撃を逃したのだ。
結局、言葉だけではイーダの本心や、その裏にあるものなどは聞き出せなかった。だから、少々強引であるが、こうする事で無理やりにでもイーダの心の内にあるものを引き出せるかと思ったのだ。
そして、分かった事は、少なくともイーダは、これらの件に付いて、望んでいたものではなかったという事だ。
望まず、逆らえず、逃げる事が出来ない。そして、おそらく自ら死を選ぶことすら許されないのだろう。そういう何かがイーダを縛っていた。
深く追及しても答えなかったのは、これが理由だろう。
「そろそろ出てきて、答えを聞かせてくれないか? どうせ見ているんだろ?」
イーダから身体を引き離すと、何処か遠くへ向けて、俺は言葉を投げた。
イーダは最初から誰かの命で動いていた。こんな事が出来るのは相当腕の立つ魔術師――それも、かなり特殊な魔術師でなければできない。そんな魔術師であるのなら、この場の状況を、ただ遠くから報告を聞くだけにとどまるとは思えない。
「やはりばれてしまいましたか」
声を投げると、予想通り何処からか答えが返ってきた。
視線を上げる。すると、イーダの背後に伸びた巨木の上に、その人物は立っていた。殉教者を思わせる真っ白なローブに身を包んだ男。それが、上から俺達の姿を見下ろしていた。
「本当はもっと場を掻き乱して欲しかったんですけど、でも、まぁ、あなたをこの場に引きずり出せただけでも、十分としましょうか。初めまして、ユリ・レイニカイネンさん」
唐突に現れたその人物は、一礼と共に挨拶を告げてくる。
緊迫したようなこの状況であるにも関わらず、その男はそれを気にしないかのように笑っていた。
「お前は誰だ?」
そんな怪しげな人物に、俺ははっきりとした敵意を乗せて、睨み返した。
男の口ぶりから、男が今回の黒幕ではないにしろ、それに近い立場だという事は分かる。そして、おそらく、イーダに命令を出していた――イーダの自由を縛っている人物なのだろう。
「そんな睨まないでくださいよ。私は別に、あなたと敵対しようと思っている訳じゃないんですから」
男はそれに、おどけた様な答えを返した。
危機感が無いのか、それとも、おちょくっているのか、良く分からない返答だった。ただ、どちらにしても、あまり印象の良いものではなかった。
「目的はなんだ? イーダに何をした!」
俺は男にそれを問う。
まともに答えてくれるとは思えない。けど、ここへ顔を出したのなら、何らかの回答――アクションを起こすつもりなのだろう。それを問いただした。
「あなたは、思いのほかせっかちなんですね」
「良いから答えろ!」
男はまたおどけた答えを返す。それには小さく苛立ちを覚えた。
「まあ、良いでしょう。何も知らない。というのは可愛そうですからね。お教えしますよ」
そして、再度睨み返すと、男は諦めた様に息を吐き、それから答えを返した。
「まあ、でも、あなたなら、もうすでに、彼女がどういう状態にあるのか、大方予想は付いているんでしょうけどね……。眠りし暗殺者。私は彼女達の事をそう呼んでいます」
上から見下ろすようにニヤリと笑みを浮かべながら答えを返してきた。
「制約か……」
「ええ、そうですよ」
『制約』は精神魔術の一種だ。制約の魔術は一つの命令と共に付与され、強制的に何かに従事させる魔術だ。精神支配の魔術とよく似ているが、その性質は少し異なる。精神支配の魔術は1から10まですべての行動を制御するが、制約の魔術は一つの目的ないし行動を強制させるだけであり、それまでの過程やアプロ―ちなどを操作する事は出来ない。
そして、問題なのが、精神支配はその特性上思考、行動などの自由を奪うため、支配下にある人間には特徴的な変化が見られ、分かる人が見ればすぐに見分けられる。だが、制約の魔術にはそれがない。基本的な自由意思が残っているが故に、その魔術下にある人間を識別する事は、精神支配に比べ非常に難しい。だが――。
「疑問があるって顔ですね」
男が再びニヤリと笑う。俺の思考に浮かんだ疑問を見透かし、あざ笑っているようだ。
制約の魔術は、精神支配のとは違い呪術の一種でもあるその特性上短時間で行使できる魔術ではない。それをイーダに仕掛けるだけの時間が、何処にあったというのか? それ以前にそれが魔術であるなら、付与された痕跡が見られるはずだ。俺の魔術探知に、イーダのそれは一切反応がなかった。それなのに、なぜ……?
「ククククク」
答えを見いだせず、思考を続ける俺を見て、男は小さく声を上げ笑いだす。
「愉快ですね。知らない技術がそこにあり、それを理解しようと思考し、そして、答えにたどり着けない。けど、なまじ知識や能力があるが故に、自ら答えを出そうと足掻き続ける。そんな、無知で無力な人間の足掻きを見るのは、本当に楽しい。ククク。それで、答えは出ましたか?」
本当に苛立ちを覚えさせる返しだ。それに、小さく歯ぎしりを見せ、視線だけを返した。
「ヒントを出し、答えを与えないというのは酷ですからね。教えてあげましょう」
そんな俺に、男は一通り笑いを返すと、大仰しい態度を見せながら答えを返した。
「刻印魔術――条件発動との併用ですよ。特定のトリガーを設定し、それが引かれた時、刻まれた制約の魔術が彼女達にか降りかかる。こうすれば、わざわざ毎回時間のかかる魔術儀式を行わなくても、欲しい時に制約を掛ける事が出来ます」
チリーンと男は一つの鈴を鳴らす。
「刻印そのものは、彼女達の身体の奥底に刻み込んでしまえば、発見、解体はまず不可能。あなたが、制約の魔術による効果と判断できても、断定できなかった理由はそこですね。外部からでは、まず分からない」
男はニヤニヤと笑みを浮かべながら説明を返す。
「なぜ、イーダにそんな事をした!」
魔術の仕掛けは理解した。けど、なぜそれをイーダに仕掛けたのか? イーダはそれ程までに特別な存在とは思えない。ならなせ?
その問いを返すと、男は再び笑い声を上げた。
「理解が乏しいですね。暗殺者にとって、一番大切なものとは何か、あなたは解りますか?」
「それは――」
「暗殺者が、暗殺者と気付かれない事。ですよ。
眠りし暗殺者。彼女達は、私がそうと命令するまでは、ただの人間として生きる。彼女達がどう生き、どう行動し、どのような人生の選択を取るかには関与しない。誰を愛し、誰と生活しようとかまわない。必要な時、必要の場所にその人物がいたのなら、その時暗殺者へと変わってもらう。彼女達はそういう存在なんですよ。どうですか? これ以上完璧な暗殺者はいないと思いませんか? つい、その瞬間までは、本心から他者を信頼し、愛情を向ける。そこに偽りがないのだから、見抜きようがない。絶対にばれない暗殺者。最高じゃないですか――」
男の笑い声が響く。そして――
「だから言っただろ? 私はそういう人間なんだって。親しくなった人間を殺すだけの殺人人形。そういう存在なんだ」
それに続く様に、イーダがダガーを振るい、襲い掛かってきた。
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