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帰らぬ人

 酒場での祝いが終わると、二人と別れ俺とイーダは街外れへと歩いていた。


 向かう先は昨日の廃墟。流れで再び付いてきてしまった。


 俺……いつまであそこにいればいいんだろう……。てか、このままあそこに行っていいのか?


「なあ」


 不安になって、目の前を歩くイーダを呼び止める。


「何?」


「今更聞くのもあれなんだが……俺、このまま付いて行っていいのか?」


「何の質問?」


「宿屋。まだ決まってないから、このままあそこに居ていいのかなぁって」


「ああ、そういう事。別に、好きにすれば? 私はどっちでもいいし」


 軽く返事を返すとイーダはすぐさま踵を返し歩き始めた。


 今朝色々あって、嫌われていたりしないだろうかと不安だったけど、どうやらそうでもなかったようだ。


 いや、嫌われているとか以前に気にもされていない気もするけど……。


 とりあえず寝床は確保できた。これでよし。と安心する。


「あ、待った」


 再び呼び止める。


「今度は何?」苛立ちの籠った声が返ってくる。


「悪い。ちょっと買い物。行ってきていいか?」


「勝手にすれば? 私は先に戻ってるよ」


 軽く溜め息を付くと、イーダはそう言って先を歩いて行った。




 一人になると再び夜の街へと戻ってきた。


 日が沈み、空には暗い闇に閉ざされているが、街には多くの明かりがともり、いまだに活気が残っていた。


 街灯の明かりが街を照らす。蝋燭などの淡い光ではなく、魔術によるはっきりとした強い明かり。魔晶石の魔力を元にして作られた自立型の魔術式。夜になると自動で動き、街を照らしてくれる。エネルギー源である魔晶石が供給され続ける限り動き続ける、魔導技術(マギ・クラフト)によって作られたランタン。


 そんな止まることのない灯りが、街に明かりを届け夜にも人の時間を作り出していた。そして、それに最適化されたのか、夜の街の景色は大きく変わっていた。


 地下迷宮から持ち出された技術は世界を変えた。


 俺が生まれたころはこんなものはなく、日が沈めば寝るしかない。そんな生活だった。改めて、この街は大きく変わったものだと実感する。

 

 前は、夜の時間があったといっても、その時間に働く者は無く、店などはまず開いていなかった。なのに今では夜の時間に開いている店などがちらほらと見られた。


「これと、これと、これをもらえるか?」


 近くに雑貨屋を見つけ中へと入ると、求めていた物を注文する。


「全部で銀貨3枚と銅貨2枚だ」


「ありがとう」


 注文した品を受け取ると、料金を支払う。


「こんな時間に買いに来るなんてなぁ。朝買いに来た方がいいぞ。焼きたての方が旨い」


「知ってるよ。けど、悪いな。今日はこの時間じゃないと来れなったんだ」


「そうかよ。そいつは残念だ。次は、朝方来てくれよ」


「機会があったらな」


 店員と軽く言葉を交わした後、店を後にする。


 欲しいものを手に入った。あとは帰るだけだ。


 そう思って踵を返したところで、あるものに目が留まり足を止めた。




 メルカナス――じゃなくて、アリアストは海岸の傍にある都市で、交易に適した河が街を横断している。


 そんな河の上、河の向こう側とを繋ぐ大きな橋。その上に、見慣れた少女が立そがれていた。


 つい先ほど別れた少女――クレアが夜の河を眺めていた。


「何やってるんだ?」


 つい声をかけてしまう。まあ、知り合いが夜の街で黄昏ていたら声かけちゃいますよね。


「あ、ユリさん。どうしてこんな所に?」


「どうしてって、買い物してただけだけど?」


 先ほど買った品を掲げて見せる。


「そう言うそっちはこんな所で何してるんだ?」


「あ~、そう、なりますよね……」


 尋ねるとクレアは、視線をさまよわせ一度はぐらかすと、ため息を付いた。


「ちょっと、落ち込んじゃった感じですかね」


「落ち込む? なんで?」


 何かミスでもしたのだろうか? 思い返してみる。けれど、今日見た限りではクレアの動きに特別おかしな点は無かったように思えた。


「なんというか……自信……なくなっちゃって……」


「自信?」


「はい……信じてたものが……揺らいだというか……そんな感じです」


「……?」


 首を傾げる。


 自信――実力が無いことを気にしているのだろうか? でも、今日見たクレアの動きは悪くなかったと思う。そんなにショックを受けるような事、あっただろうか?


「ユリさんは、なんで冒険者になったんですか?」


 唐突に質問を投げかけられた。


「え?」


「あ、ごめんなさい……。いきなりじゃ、答えられませんよね……ははは」


 クレアは慌てて取り繕い、そして顔を伏せた。


 しばしの沈黙。


 何か思い悩んでいるのだろう。けれど、それに付いて尋ねるべきか、ちょっとわからなかった。


「私の兄が冒険者だったんです」


 しばらくして、クレアが顔を上げ、再び夜の河へと視線を移すと語り始めた。


「兄?」


「はい。年の離れた兄です。冒険者の中では結構有名だったんですよ。

 私の自慢の兄でした」


 嬉しそうにクレアは語った。


 疑問符が浮かぶ。


 残念ながら俺は、最近の事柄を知らない。だから、最近の冒険者事情なども知らなければ、クレアの兄についても一切知らない。だから余計に話の流れがわからなくなる。


「その兄が、どうかしたのか?」


「帰ってこなかったんです。5年前、地下迷宮へと向かってから……ずっと」


「それは――」


 言葉が詰まる。


「良くある話。ですよね。冒険者が冒険に出て帰ってこないだなんて」


「それは、そうかもだけど……」


 冒険者は危険な職業だ。死ぬことだってあり得るし、そう事例も多くある。よくある話だ。けど、だからってそれで納得できるだろうか? 身近な人の死を、そんな風に、簡単に割り切れるだろうか?


「第31層から先の未踏破領域」


「え?」


「兄が……5年前、出ていくときに告げていた行先です。

 未踏破領域――冒険者達の最前線。未解明な領域。そこに挑んでいったんです」


「もしかして、クレアさんが冒険者になった理由って――」


「そうです。確かめたいんです。31層の未踏破領域に……兄が向かったであろう場所、そして、兄が消えたであろう場所に……兄が……いるのかどうかを……」


 強く手を握りしめながら、何かを耐えるようにして、クレアは告げた。


「バカですよね。私」


 震えていた。まるで泣き出しそうな、そんな声音だった。


「5年です。5年も帰ってこないんです。そんなの……そんなの……あるわけ……ないのに……」


 口を告ぐんだ。その先を口にしたくないかのように……口にすることで認めてしまう。それを拒むように、口を告ぐんだ。


「クレアさんは……兄が、もう……まだ生きてると、思っているのか?」


「どう、なんでしょうね。最初は、兄は生きているって……そう思ってました。けど、今は……。

 今日、初めて地下迷宮に降りてみて、そこに広がる闇を見て、不安に……なってしまったんです。此処は人の来る場所じゃない。この闇は人を、全部飲み込む危険な闇なんだって、そう、思っちゃったんです。

 そしたら……兄が生きているって信じられなくなって……兄は……もうどこにもいないんじゃないかって……思えてきて……」


「今も、そう思う?」


「わからないです……。だって、誰も立ちいったことが無くて、誰一人帰って来なかった場所ですよ。 無理に決まってるじゃないですか……。

 信じたいです。信じたいですけど……信じられそうに……ない……」


 気が付くとクレアは泣いていた。悲痛な叫びを、上げていた。


「私はバカです。みんなが、ずっと言っていたのに……あり得ないって。それなのに、みんなに迷惑かけてここまで来て、それでようやく気付くだなんて……私、本当にバカです」


 うなだれる。ちょっと見ていて痛々しい。


 けど――


「そんなことないんじゃないか?」


「何が? ですか……?」


「クレアさんのお兄さんがもう居ないって断定するのは、早いんじゃないかって事」


「あり得ないです。言ったじゃないですか。誰も知らない、誰も帰ってこなかった場所、そこから帰ってくるなんて、あるわけがない。なのに……どうして、そんな風に考えられるんですか?」


「どうしてって……簡単な話だよ」


 軽く笑ってみせた。


「未踏破領域。その奥に踏み込み、帰ってきた人間を俺は知ってる。だから、君の言うような誰も帰って来なかった場所なんて前提はない。ちゃんと帰ってきた人間がいるなら、帰って来ないなんて言いきれないんじゃないか?」


「そんなすぐばれる嘘なんていりません」


「嘘なんかじゃないんだけどなぁ……」


 軽く息を付く。


 嘘ではない。けど、たぶん信じてもらえないだろう。それくらい現実味が薄い話だ。


「じゃあ、質問を変えようか。クレアさんのお兄さんは、強い人だったんだよね?」


「はい。私の知る限り、最高の冒険者だったと、思います……」


「じゃあ、クレアさんのお兄さんと、俺が知ってる冒険者、どっちが優れた冒険者だと思う?」


「それは……」


 尋ねるとクレアは答えに窮し、視線をさまよさせる。そして、一旦視線を落とすと、手を強く握りしめ、それから答えた。


「兄様だと……思います」


「なら、俺の知ってる冒険者が出来た事を、お兄さんが出来ないわけないんじゃない? 見ず知らずの誰とも知れない冒険者が出来た事を、お兄さんが出来ないなんて事、無いだろ?

 それとも、それが出来ないほど、未熟な冒険者だったのかな? 君のお兄さんは――」


 キリ。初めて怒りの籠った視線を向けられた。


「バカにしてるんですか?」


「別に、そうは思ってないよ。ただ、お兄さんの事を一番よく知る君が、信じられないのなら、こっちはその程度の人だと思うしかなくなる。それでもいいのなら、そう思えばいいじゃないか?」


「…………」


 より強く睨みつけられた。悔しいのだろう。


「違うっていうのなら、違うって思いなよ。他の冒険者が出来た事なんだから、それが出来ないお兄さんじゃないだろ? 違うのか?」


「違いません」


「なら、それでいいじゃん」


 答えを返す。クレアは物凄く納得できないといった不満そうな表情を返した。


「そうですね」


 ぶっきら棒な答えだ。完全に怒らせてしまったみたいだ。


 けど、まあ、さっきみたいな落ち込んだ表情は、どこかへ消えていた。


 ちょっと強引なやり方だったかな。まあ、いいか。


「もう遅いので、私は帰ります」


「そう、気を付けて」


「貴方に言われるまでもありません。それでは」


 最後に、キリっと睨みつけると、踵を返しクレアはその場を離れていった。


 嫌われたかな……まあ、煽るようなこと言ったから、仕方ないけど……。


「なんか……らしくないな」


 ため息を一つ。


 他人の事柄に首を突っ込むなんて、らしくない。そんな、どうでも良い後悔を一つ抱いた。

お付き合いいただきありがとうございます。


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