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人知を超えた技

   ――Another Vision――


 動揺が広がる中、ユリがその場から歩み去っていく。


 フィルマンと、それからエヴェリーナは、ユリの前に敗北した。手も足も出ないほどの完全なる敗北だった。


 そんな現実がすぐに受け入れられないのか、フィルマンはその場に蹲り、しばらくして立ち上がると、そのまま何処かへ知ってしまった。


 この場には、集まった冒険者とエヴェリーナだけが残された。


 結局、今後どうするかに付いては、半ばうやむやになってしまった。


「えっと……どうすればよろしいでしょうか?」


 そんな状況に取り残されてしまった冒険者の中から、エヴェリーナへと質問が投げられる。


「はぁ……」


 ため息が零れる。この場をまとめるのは、フィルマンの仕事だ。けど、彼がそれを放棄してしまったため、それが自分の所に回ってきてしまった。


「解散だよ。みんな、自分の所に戻りな」


 少々面倒だが、エヴェリーナは冒険者達にそう返事を返す。


「よろしいのですか? あの犯人はまだ――」


「フィルマンも言っていただろ? 私達は負けたんだ。約束を反故には出来ないよ」


「ですが……」


「私達を約束すら守れない人間にしたいの?」


「いえ、それは――」


「だったら言う事を聞きな」


「はい」


 念を押して追い返すと、不満はあるだろうが、冒険者達はそれで解散となり、散り散りに戻っていった。


 まったく、面倒な事を押し付けてくれる。と、再び溜め息が零れ、この後の事を考えると三度ため息が零れた。




 ユリとの決闘があった場所から離れると、エヴェリーナは自分たちのPTが使っている拠点へと戻ってきた。拠点は既にフィルマンが戻ってきているのか、施錠などはされておらず、扉は空いたままだった。だが、夜間だというのに、明かりは灯されておらず、室内は真っ暗だった。


 そんな冷たい室内を目にすると、相変わらずかとエヴェリーナは息を吐いた。


 一度小さく合言葉(コマンド・ワード)を呟くと、それに呼応し、室内に明かりがともる。そして、そのまま奥へと進むと、予想通り奥の部屋には、フィルマンが座っていた。



「俺は負けたのか?」


 部屋へ入ると、こちらの存在に気付いたフィルマンが、質問を返してくる。やはりフィルマンは、あの結果を上手く受け入れられずにいるようだった。


 けど、まあ、それは仕方がない。あんな結果をすんなり受け入れられる人間などそうは居ないだろう。こと、自身の能力に自信を持っている人間であればなおさらだ。


「私達の負けだよ。完膚なきまでのね」


「お前までそう言うか……」


「あの状況じゃあ、どうやったって対処できない。完全に敵を見誤ったって事だね」


「そこまで言うか……」


「それだけの相手だって事だよ」


「そうかよ……」


 いまだに納得できないのだろうフィルマンに、強く事実を返すと、フィルマンはようやく折れた。そして、深く沈んだような息を返してきた。


「いったい何が起ったんだ?」


 そして、素直に負けを認めると、フィルマンは次にそれを尋ねてきた。やはり、何が起ったか分からぬままというのは居心地が悪いのだろう。けど――


「悪いけど、私も良く分からないよ」


「同じ魔術師なのにか?」


「同じ魔術師だから、ともいえるかな」


「どういうことだ?」


 フィルマンが強く答えを求める様に睨み返してくる。


「おおよそ、何が起きたかっての見当は付いている。けど、実際にそれが行われたかって言うのは、どうも受け入れられない。そんな感じかな?」


「言っている意味が分からないんだが?」


「なんと説明したらいいのかな……」


 また面倒な質問が舞い込んできたものだと思いつつ、エヴェリーナは少しだけ考え込み、それから答えを返した。


「例えば、巨大な岩石があったとしよう。強固な城壁でもいい。それを、一人の人間が拳で叩き砕いたとする。それを見て、あんたはどう思う?」


「あん? 質問の意味が分からないんだが? それがあいつとなんの関係がある?」


「良いから答えない」


「そんなもん……魔術による身体強化などで、それだけの力を得てやったんだろ?」


「確かにそう思うね。理論的に見て、それを破壊するだけの力があれば、それは可能だ。けど、それって、現実的にあり得るだろうか?」


「…………」


「魔術による身体強化には限界がある。それに、それを破壊するためには、それだけの身体強度なども必要だ。理論的にどうやったか、どうやればいいか想像できても、それが現実として不可能に近い事であったら……それを素直に受け入れられるかな? そういう事だよ」


「つまり、あいつは、お前の想像を変えたレベルの魔術を使ったと?」


「そう言う事だね」


「いったい何をやったんだ?」


超越魔術(オーバード・スペル)


「なんだ? それは」


「魔術の分類の一つだよ。私達魔術師は、数多ある魔術を部類分けして整理している。その中で、扱いやすさ、修得の容易さなどでも魔術を分けているのは知っているよね?」


「ああ、一応」


「初級魔術、下級魔術、中級魔術、上級魔術。魔術のほぼすべては、このどれかに振り分けられている。けど、いくつかの魔術は、その規格外さ故に、これらに含まれないものがあるんだ。それが超越魔術さ。

 伝承や文献などに存在する。神の奇跡に匹敵する魔術。それを扱える人間などはいない。そんな、机上の空論の様な魔術さ。それを、あいつは使った。そうとしか考えられないような状況だったんだ」


「そんなにか……」


「最初から勝てる相手じゃなかった。もし、あの場に居た冒険者全員が、彼や彼の仲間を殺す気で襲ったとしたら……もしかしたら、全員死んでいたかもしれないね。もちろん、やられるのは私達だ」


「無駄な死者を出したくないって……そういう事かよ」

お付き合いいただきありがとうございます。


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