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戦いの行方

 戦斧を構えると、フィルマンはすぐさま踏み込み距離を詰めてきた。


 開始の合図などない。形式や状況、それらに囚われない冒険者らしいやり方だった。戦いに同意した時点で、戦いは始まっている。そういう事なのだろう。


 フィルマンが真っ直ぐと俺の姿を見据え、迫ってくる。そして――



 ガチン! と、小さく何かが音が響き渡り、すべてが静止した。



「貴様……何をした!?」


 フィルマンの怒りの籠った声が響く。フィルマンの戦斧は、振り下ろされる事無く止まっていた。淡い魔力の燐光を放つ、魔術の鎖がフィルマンの腕と足、胴体に首元、それから戦斧を縛り付け、自由を奪っていた。


「クッソ!」


 フィルマンが力を籠め、鎖を引き千切ろうとする。だがそれは出来なった。魔術の鎖は、鋼を超える硬度と弾力性を持つ、人の――いや、魔獣の力でさえ、引き千切る事は出来ない。


「エヴェリーナ。早くこいつを何とかしろ!」


 物理的に無理ならとフィルマンが叫ぶ、だがそれも意味のない足掻きだった。


「残念だけど……これは、完全に手詰りだね」


 エヴェリーナの身体にも魔術の鎖が巻き付いており、自由を奪っていた。魔術の詠唱の為には、最低でも音声と動作の要素を必要とする。身体の自由を奪ってしまえば大半の魔術を封じる事が出来てしまう。魔術師のエヴェリーナもフィルマン同様無力化されていた。


「終わりだ」


 フィルマンの眼前に剣を突きつける。自由を奪われ、身を守る術を持たないフィルマン。この勝負は、既に決着が付いていた。


「貴様……何をした!」


 怒りの視線を向け、再びフィルマンが咆える。フィルマンはこの結果を素直に受け入れられないようだった。だから、


「勝負は俺の勝ちだ。約束は守ってもらうぞ」


 俺は再度、その事実を突きつける。それにフィルマンは怒りの表情を浮かべ、諦め悪くもがき続ける。だが、魔術の鎖は断ち切られることはなく、その足掻きは無駄に終わる。


「クソ! 貴様……!」


 それでもなおフィルマンは俺を睨み付け、敵意を見せてくる。どこまでも諦めが悪い相手だ。けど、どう足掻こうとこの勝負の結果は覆らない。


「くっ……俺はまだ――」


「いい加減にしな」


 そんな諦めの悪いフィルマンに、見ていられなくなったのか、ようやくエヴェリーナから仲裁が入る。


「みっともないよ。この勝負は私達の負けだ。素直に認めた」


「だが!――」


「フィルマン!」


「ッ!」


「私達ではどうやったって敵わない相手だった。そろそろ認めな」


「―――――」


 エヴェリーナの強い言葉を受け、それによりようやく諦めが付いたのか、フィルマンの身体から力が抜けていく。それを確認すると彼らの自由を奪っていた鎖を解き放ち、解放する。


 自由を取り戻すとフィルマンはそのまま力なくその場に蹲った。この結果は、それだけ衝撃的なものだったのだろう。だが、今の俺にはそれを気にしている余裕などない。


 その場に蹲るフィルマンを横目に歩き出す。向かう先は、居なくなったイーダの方角だ。


 歩き出すとすぐに、ルーアの姿が目に入った。


「ルーア。後は頼む」


「仕方がない人ですね。分かりました」


 一抹の不安があった。だから、それをルーアに任せ、俺はイーダを追って走り出した。


   ――Another Vision――




 ユリがフィルマンの傍を通り抜け、走り出していく。


 フィルマンとユリの決闘は、フィルマンの敗北で終わった。だがそれは、とても受け入れられるものではなかった。


 戦いの内容は、フィルマンの理解の及ばないものだった。戦いが始まり、動き出した時点ですべてが終わっていた。


 ユリは魔術師だ。それは、戦う前から分かっていた。だから、魔術師による拘束魔術を警戒し、エヴェリーナを決闘に引き込んだ。フィルマンの知る中で、エヴェリーナ以上の魔術師を知らない。彼女なら、ユリがどれだけ優れた魔術師であろうと、対処できるだろうと踏んでいた。だが、結果はどうだ? 何もできないまま終わってしまった。


 そもそもだ。ユリは魔術を使った素振りすら見せていない。詠唱の素振りすらなく、一瞬の内に事象が確定していた。それでは対処のしようが無い。


 フィルマンは魔術の専門家ではない。だがそれでも、冒険者として生きていく中で、それなりの数の魔術を目にしている。並みの人間よりかは魔術に付いての造詣はある。なのに、ユリのあれは、その知識でさえ説明できるものではなかった。それだけに、どうしても納得できものではなかった。


「クッソ!」


 やり場のない苛立ちから、地面を殴りつけた。じんと傷みが手を伝う。それでも、気持ちが収まらない。


 顔を上げると、この場を見守っていた冒険者達の顔が見えた。皆、動揺していた。それもそうだろ。立ち会った本人ですら理解の及ばない内容だ。それをただ見ていただけの者達では、余計に理解できなかっただろう。


「あ、あの……フィルマンさん」


 動揺が広がる中、一人の冒険者が声を掛けてきた。


「なんだ?」


「どう……しますか?」


 声を掛けてきた冒険者は、視線をある方向へと向ける。そこには、3人の冒険者が立っていた。ユリのPTメンバーだった3人だ。


「結果は見ただろ?」


「え? あ、はい……」


「なら聞くな」


 勝負に敗北した。内容は納得できるものではなかったが。結果は結果だ。勝負に負けて、約束も反故にする。そんな事はフィルマンのプライドが許さなかった。


 ゆっくりと立ち上がるとフィルマンは、不安げな表情を返してくるユリのPTメンバーを無視し、その場を後にしていった。


 敗者はただ去るのみ。言葉を口にする権利など、ありはしない。

お付き合いいただきありがとうございます。


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