対立
「どういうことだよ……」
意味が分からない。理解が追い付かない。緊急事態で、冒険者達追われていた相手を捕まえた所に居たのは、良く知る相手であるイーダの姿だった。
何か勘違いをしたのだろうか? それも何か見落としているのか? 状況の整理が上手くできない。そもそも、なぜイーダは冒険者達から追われているのだろうか?
「お前……何をやったんだ?」
「何って? もうわかっているのだろ?」
何かの思い違いであってほしい。そう思って尋ねた。けれど、イーダはただ笑みを返すだけで、何の否定も返してこなかった。
「お前が……冒険者を――ディックを殺したのか?」
「だから、見た通りだって言ってるだろ?」
「何で……? どうして、そんな事を……?」
本当に意味が分からない。なんの理由があってそんな事をするのだろうか? 俺は何か重要な事を見逃しているのだろうか?
何もかもが繋がらない。本当に、どうしてこうなっているのか理解が追い付かない。
「理由なんてどうだっていいだろ? 私がやった。その事実が全てだ」
「だからなんでだよ。なんでそんな事になってるんだよ? なんでそんな事しなきゃならなかったんだよ?」
理由が分からない。だから尋ねた。そうするしかなかったという理由があるなら、許せると思った。許したかったんだ。非難や、憎む事など出来ないから――けど
「言ったよな。同情なんて必要ない。事実だけがそこにあり、それが全てだと。絶対に許しちゃいけない。そこにどんな理由があろう関係ない。どんな理由があろうと、許されていい事じゃない」
「だから、何でだ!」
「それが、私だから」
「っ!」
イーダが一歩踏み込み。容赦なくダガーを振りぬいて来た。殺す気の一撃。完全にイーダが俺を殺す為の一撃を放ってきた。
「くっ!」
その斬撃をどうにか弾く。すると、すぐに二撃目が放たれた。
会話など不要だ。遣るか遣られるか、それだけだと語るかのような、容赦ない連撃だ。
「クソ!」
二撃、三撃目の攻撃を捌く。
今までにいろいろな相手と戦ってきた。けど、ここまで迷いや、恐れを感じた事は無い。手が震える。剣を一振りすれば、すべてが終わる。実感としてそれがあるのに、その一振りが出来なかった。
「っ!」
意識が乱れた。その躊躇いの意識が、隙を作ってしまった。イーダはそれを逃すことなく、俺の剣を弾き上げ、がら空きになった胴体へと向け、ダガーを突き出してきた。
心のどこかで、これは質の悪い冗談だと思っているところがあった。けど、ここに来てようやく、それが本気なのだと理解した。もはや避ける事は出来ない。このままダガーを振り下ろされれば、確実に終わる。それなのに、イーダは全く手を緩めることなく振り下ろして来ていた。
ダガーが眼前まで迫った。それでも、その勢いは止まらない。もう終わりだ――
――――クッソ、なんでなんだ!
「うらあああああああ!」
唐突に気迫の籠った声が響く。ダガーが俺の身体を捕らえる直前、何かが迫る。イーダがそれに気付くと、直前で回避行動に切り替える。
ズドーン! 巨大な戦斧が振り下ろされ、眼前を打ち砕く。ちょうどその場に居たイーダは、直前で横跳びを踏み、その攻撃を回避した。
「追い付いたぞ。もう逃げられやしない。おとなしく観念しろ」
一拍遅れて誰かが着地する。見た事のある後ろ姿だ。あの大振りな戦斧間違いない、フィルマンの姿だ。イーダを追っていた冒険者達が追い付いたのだ。
「弁明などは不要だ。行いに対する罰を行う。言い残す事はあるか?」
振り下ろした戦斧を引き上げると、フィルマンはイーダへ向けて構えた。殺気だった視線。もはや、完全に敵と認知している。
そんなフィルマンに続き、追い付いて来た冒険者達がイーダを取り囲む。
これはもう逃げ場などない。そういう状況になった。
それを前にすると、イーダはようやく諦めた様にして笑い。両手を上げた。
「正しい判断だ」
そんなイーダを見ると、フィルマンはゆっくりと戦斧を振り上げた。
「やめろ……」
イーダは動かない。完全に諦めた形で、ただその攻撃を待っているようだった。
「やめろ……!」
「貴様の行いに対する罰は、死だけだ。その償い、受けてもらおう」
振り上げられた戦斧が、振り下ろされた。
大きく剣戟音が響き渡る。
「これは……どういうつもりだ」
イーダへと振り下ろされていた戦斧は、俺が振るった曲刀によって受け止められていた。
それにフィルマンは鋭い視線を返してくる。
「そいつを庇うという事がどういうことか、分かっているんだろうな?」
殺意の籠った鋭い視線だ。俺を敵と認知し始めている。そうと分かる。
「何で助けるんだ? 私がした事……分かってるんだろ?」
今度はイーダから問いが零れてくる。
状況は……理解している。認めたくはないが、イーダの言う通り、やった事は事実なのだろう。証拠もなしに、殺意を持って処断するなど、考えられない。けど、だからと言って、それを素直に受け取る事は出来なかった。
何か事情があったのかもしれない。どうしてもその考え拭えなかった。
手にした剣に力を籠め、フィルマンの戦斧を弾き上げる。それにフィルマンは、多々良を踏みながら数歩後ろへと下がった。
「それが答えか?」
これにはフィルマンも完全に敵対者と判断したのか、容赦ない殺意を返し、再び問いを返してくる。
「状況がまだ分からないんだ。何か理由があったのかもしれない。それを知らないまま、殺させるわけにはいかない」
殺意の籠った視線を前に、俺はひるむことなく答えを返す。
「イーダは俺の仲間だ。何も分からないまま切る捨てることなんてできない」
これが俺の答えだ。例えやった事が事実であっても、理由があるのなら情状酌量の余地はあると思う。
「仲間……ね。確かにそうかもしれないな。だが、それはこっちも同じだ。俺の仲間がそいつに殺されかけた。その事実がある限り、俺はそいつを許せない。どんな理由があろうとなぁ!」
フィルマンが一歩踏み込むと、再び戦斧を振り下ろしてきた。俺はそれを剣で受け止める。
大きく剣戟音が響き、衝撃が俺の身体を貫く。想像以上のパワーだ。受け止めきれず、片膝を付く。
「もうわかっただろ? 被って言うんなら、貴様も一緒に送ってやるよ」
フィルマンが再度戦斧を振り上げる。今度の狙いはイーダではなく、俺に向けてだ。
「馬鹿な奴……」
そんな俺を見て、イーダは呆れた様に笑う。
確かに愚かな行為かも知れない。それでも、やっぱり、どうしてもすっぱり割り切れなかった。
「今、考えを変えるのなら、見逃してやってもいいぜ」
振り上げた戦斧が頂点へと達すると、最後にそう問い返してきた。その目は、もはや殺意のみが宿っていた。敵に掛ける情けなどはない。そう物語っている。
「今更、それを選択できるかよ」
「そうか、残念だ。お前なら、もしかしたら俺と張り合えるかもって思ったんだがな――悪いが死んでくれ」
フィルマンが戦斧を振り下ろした。
手にした剣に力を籠める。フィルマンが戦斧を振り降ろした瞬間、俺も同時に踏み込み、斬撃を振るった。
「逃げろ! イーダ!」
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