追憶の道
ふと、顔を上げた。
相変わらず部屋の中はどんよりとしていて、空気が重い。結局、あれからどうしていいか分からず、時間だけが過ぎていた。そんな中、顔を上げるとある事に気付いた。
室内に全員いると思っていたが、イーダの姿だけ見られなかった。
ざっと視線を巡らせ彼女の姿を探してみる。やはり、見当たらない。どこかへ出かけているのだろう?
「なあ、イーダが何処へ行ったか知らないか?」
少し気になり尋ねた。
「あれ、居ないんですか?」
「ずっと居たものと思っておったが……あやつ、いつの間に」
尋ねてみたが、やはり誰も知らないみたいだった。
「ちょっと探してくる」
フォレストガーデンは基本的に安全だ。けど、あんな事件があっただけに、少しの不安があった。それが気になり、俺はイーダを探す為、一度拠点を離れた。
外へ出ると、まだ日は明るかった。
大分時間が経っている様に感じられたが、実のところそれ程時間は立っていない様だった。
明るい街路を歩き、イーダの姿を探した。暮らしなれた街並みならいざ知らず、たどり着いて数日の村では、狭いとは言え、探すのには時間がかかりそうだった。
イーダの姿を探していると、自然と村の景色が目に入る。すると、一つ感じることがあった。
「空気が悪いな」
空気が重かった。常に視線を感じる。敵意とまではいかないが、警戒するような張り詰めた空気と、一挙手一投足見逃さないよう見張られている様な、そんな視線だ。
フォレストガーデンン内で起きた殺人事件。それは、フォレストガーデン内に無視できない変化を及ぼしているようだった。
「早めに見つけた方がよさそうだな」
こういう状況下では問題が起きやすい。だから、そんな問題に巻き込まれる前にと、俺はイーダを探す足を速めた。
なんだかんだで、村の半分くらいを見て回った。そうすると、ようやく目的の相手――イーダの姿を見つける事が出来た。
見晴らしの良さそうな、少し高い位置を走る通路。そこをイーダはゆっくりと歩いていた。
「はぁ、やっと見付けた」
ゆっくりと歩くイーダの姿を見つけると、俺は大きく息を吐き、それから声を掛けた。
「なんだよ」
俺の声に、イーダは軽く視線だけ返すと、そんな軽い返事を返してきた。
「なんだよ、じゃねぇだろ。何してんだ?」
「何って、見れば分かるだろ? 散歩だよ」
「散歩って……」
「辛気臭い空気は嫌いなんだ。悪いけど、しばらくは戻らないぞ」
「あ、そう。まあ、それは良いけど、出歩くなら一言言ってくれ。今の状況じゃあ、何が起きるか分からないんだから」
「殺人事件か……犯人、見つかったの?」
「それはまだ。今探してるみたいだが……環境故に、上手く探せてないらしい」
「環境?」
「地下迷宮って、内部の探索が出来ない様、全域に占術妨害が施されているんだよ。だから、魔術による探索が出来なくて、足で探すしかない。たぶんこのままだと、犯人が見つからずに終わるだろうな」
「そう……なんだ」
俺の説明を聞くと、イーダは何とも言えない息を吐き、何処か遠くを眺めた。
「ノーマン達は、今どうしてる?」
「寝てるよ。レイラさんがかなり取り乱してたから、強制的に眠ってもらってる」
「そうか……まあ、そうなるよね」
そして、しばらく空を眺めると、足を止め適当な石壁に背中を預けた。
「なあ……お前は、どう思った?」
「何を?」
「ディックの殺人犯。割と仲良さそうにしてたじゃん。あいつと」
「え? ああ、どうなんだろう……良く分からないな」
問われ、少し戸惑う。
確かに言葉を交わす数は多かった。それが仲が良かったと言われたそうかもしれないが、自分の中ではそんな感覚がなかった。
「なんだよそれ……憎いとか、許せないとか、そういった事思わないわけ? 人が一人殺されてるんだぞ」
視線を返され、じっと見返される。そうされると、余計に戸惑う。
正直、自分の中でもこの件についてはどう思えばいいかわかっていない。
なんだかんだで、出会って数日の相手。情が無い訳ではないが、泣きわめくほどの感情が湧いてくることはなかった。
「どうなんだろう? 状況が良く分からないからな。犯人に対して、どう思っていいか分からないんだよ。相手だって、仕方なかったかもしれないだろ?」
状況が分からない。これに尽きる。
ディックがなぜ殺されたのか? 人を殺す事は悪い事だ。けど、生きていくため、状況によっては他者を殺めなければならない時がある。俺だって人を殺めた事が無い訳じゃない。だから、殺人そのものからは、どうしてもその犯人を恨む事は出来なかった。同情の余地はあるのではないか? そう、考えてしまっていた。
けど、その答え、イーダは蔑みを込めた様な笑いを返した。
「なんだよ」
「甘いんだな、お前。人を殺しておいて、同情も何もないだろ。馬鹿じゃないのか?」
「馬鹿って……俺だって、人を殺めた事があるんだ。そんな単純に憎む事なんてできないよ。お前だって同じだろ?」
「だから甘いって言ってるだよ。お前って、大切な誰かを失った事――いや、違うな。大切な人間を殺された事無いだろ」
「そんなの、ある訳ないだろ」
「だから、分からないのか……」
イーダがそう返すと、それから何かを諦めたかのように、また視線をそらした。呆れられた。そんな気がした。
けど、こればっかりは仕方がない。俺はなんだかんだで幸運だったのっかもしれない。親しい誰を、理不尽に亡くした経験などはない。だから、今のレイラ達の感情などを上手く理解などできないのだ。だから、ディックを殺した犯人に対する同情などと考えてしまっているのだろう。イーダはそれが気に食わない様子だった。
「そういうそっちは、あるのかよ。そんな、大切な相手を殺されるだなんて経験」
甘いといわれても仕方がない。そうだと理解はできる。けど、やられてしまったレイラ達からならいざ知らず、少し関係の薄いイーダからただ一方的にそういわれるのは、なんだか納得できない所があった。だから、思わずそう斬り返してしまった。
それにイーダは
「あるよ。それくらい」
そう、淡々と答えを返した。
「あ、悪い」
あって当たり前だ。そうでなければ、そんな事を言えない。それに気づいたのは、思わず口走った後だった。
「いいよ、別に。話してなかったし」
それにイーダは、怒る事無く受け流した。
「私さ。家族が居たんだ。両親が二人に姉が一人」
そして、それから何かを吐き出すようにして、話をつづけた。
「今の生活からじゃ想像できないよな。まあ、昔もできなかったけど。けど、孤児で背弧暮らしの私にも、家族が居た時期があったんだよ。大切な家族が、私にも有ったんだ、そんな時期がね」
お付き合いいただきありがとうございます。
ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)




