日暮れと共に
あれから魔獣を数体倒し、休息の為フォレストガーデンへと戻ると、時刻はちょうど夕刻を迎えようとしていた。
「今日の活動はここまでだな」
薄く日光が弱まり始めたのを見て、そう判断を下す。
「じゃ、今日はここまでって事か。もう少し行けると思ったんだがなぁ~」
俺の判断を聞くと、ディックは今日の収穫である魔晶石を手にし、少し物足りなさそうに呟いた。
なんだかんだで、今日の狩りは上手く進められた。初めてにしてはいい出来だったと思うが、収入としてはそこまで多くはない。結局、俺が貸し与えた額には届いてない様だった。不満に思うのは無理ないかもしれない。
とは言ってもここで夜間活動するのは危険だ。吹き抜けで見通しのいい森林区で、明かりを灯せば確実に迷宮獣達が集まってきてしまう。そんな状況は上級冒険者でも避けるほどだ。まだここにたどり着いたばかりのディック達ではあまりにも危険すぎる。
「仕方ない。今夜の買い物をして、拠点に戻るとしますか」
そして、今日の活動はこれまでと方針が固まると、今夜の事へと話が移る。
フォレストガーデンでは割と新鮮な食材が手に入る。なので、ここに居る間は、保存食の消費を抑え、出来る限り新鮮な食材を調理して済ませる事にしていた。なので、そのための買い出しが必要になってくる。
「今日の担当は誰でしたっけ?」
「確か俺だな。じゃ、行って来るよ。お前たちは先に戻っててくれ。あ、ユリも一緒に来てくれや」
買い出しにはローテーションで担当を決め、担当者がやる事になっていた。けど……なぜか俺も誘われた。
「なんで俺も行かないといけないんだ?」
「まあ、いいじゃねぇかよ。荷物持ちは必要だろ?」
「まあ、確かに。けど、それなら別に俺じゃなくても――」
「まあ、まあ。良いから来いって、女性に重たいもん持たせるわけにはいかねぇだろ。文句言うなって」
そして、無理やり肩を組まれ、引きずられる形で、市場へと連れていかれてしまった。なぜこうなる……。
「はぁ……」
「なんだよ。まだ嫌がってんのか?」
「だって面倒じゃん。俺、昨日も行ったぞ……男ならノーマンだっているじゃんか」
「ノーマンは鍛えてないし、女みたいなもんだからノーカンだ」
「なんだよそれ……」
そんな感じで、結局ディックと共に市場へと来ることになってしまった。
まあ、荷物持ち自体は、必要であるから別にいい。けど、何でもかんでも俺に頼られるのは割と煩わしい。少々助言なんかが過ぎたかな、と今更ながら後悔。
「えっと、これと、これと、これ。これは……要らないか」
そんな、どうでもいい思案の傍らで、ディックは黙々と食材の品定めをしていく。
調理関連の技能は冒険者にとって地味に必須技能だったりする。ディックもその例に漏れず、食材の品定めなどは出来るようだった。
「ふう、こんなもんかな」
そんな感じで、ディックが品定めを終え、食材の購入を終えると、その一部を俺へと預けた。
そして、買い出しが終わると俺達はようやく帰路に就いた。
その頃には、日の光は完全に弱まり、辺りは薄闇に包まれ始めていた。
冒険者は時間に囚われる、不規則な生活を送る事が多い。これは、地下迷宮では昼夜がなく、時間が分かり辛いからだった。けど、昼夜のある森林区のフォレストガーデンは少し違った。夜があるため、その時間に多くの者が眠り、朝になると起きる。そういう人間的サイクルが少しだけだが残っていた。ただ、まあ、それでも夜間活動する人間も、他より多いため市場なんかは夜もやって居たりはするが、それでもやはり夜は静かだった。
そんな、静かなフォレストガーデンの道を、俺とディックは並んで歩く。
淡い魔術の明かりがともされた街路。これで隣に居るのが異性だったら、良い雰囲気なんだろうけど……残念ながら野郎なんだよなぁ……とちょっとだけ溜め息を吐く。
「なあ」
そんな雰囲気もへったくれもない中、帰路を歩いているとディックが声を掛けてきた。
「なんだ」
「その……なんだ? 改めて、ありがとな。御礼、言いたかったんだよ」
「何の御礼だよ。俺、何かやったか?」
いきなり御礼を言われても心当たりがない。それ故に困ってしまう。
「いろいろだよ。一つ、一つ、上げていったら切りがないかもな。いろいろあるけど、一番は、俺達をここへ連れて来てくれたことかな。それに、すげぇ感謝してるんだ」
「そんなに感謝される事か? 俺達だって、そっちの協力があったから、ここまでこれたってのがあるんだけど?」
確かに俺はディック達に手を貸し、助言なんかをしてきた。けど、ここまでこれたのは、それら以上にクレア達との協力や、ディック達の能力があったからこそだ。別に俺が何から何までやった訳じゃない。
「まあ、そうかもしれないけど、けど、なんて言うか、すごくありがたかったんだよ」
「そう言うもんか」
「そうなんだよ」
なんだか要領を得ない返しだ。けど、それでも精一杯の感謝を込めながら、ディックは返事を返してきた。
「そういやさ、前に、移籍に話しただろ? あれ、覚えてるか?」
「ああ、そんな事言ってたな。もしかして、本気で俺達の所に入りたいわけ?」
「いや、そう言う事じゃないんだけど……それで、さ、俺、結構不安だったんだよ」
「不安?」
「ああ。このまま冒険者をやっていけるかって。そんな不安だ」
「なんでだ? 十分能力はある方だと思うけど?」
ディックは何だかんだでここまで来た。そこに俺達の手助けなどはあった。けど、ただ足で纏いだったわけではない。PTの盾役として最前線に立ち、役割をしっかりこなして来ていた。それができるという事は、ここに来れるだけの力をしっかりと持っていた事を意味する。ディックの能力は、冒険者として決して低くない。
「そう言ってくれるのはありがてぇが、それは今だから言える事だろ? その前だと、それが判らなくてさ、不安だったんだよ」
「ああ、そう言う。けどそれは――」
「ああ、分かってる。誰にでもある悩みだってな。けど、やっぱ不安は、不安なんだよ」
そう言うとディックは立ち止まり、暗くなった空を眺めた。
「俺達はさ。アリアストから離れた田舎の出身だったんだよ。これ、話したっけ?」
「? いや、多分初耳かな。同郷とだけ聞いたか」
「そっか。まあ、そんな感じだったんだよ。だからかな。このでの生活――アリアストでの生活がちょっとなれなくてさ、余計に不安になっちまったんだよ」
「アリアストでの生活? 何か他と違う所あったか?」
ディックの言葉に、つい疑問を返してしまう。それで、ちょっと笑われてしまう。
俺は何だかんだでアリアスト以外での生活した経験は少ない。厳密に言うとそれすら少ない気がするが……まあ、特殊環境での生活が多かったせいで、ディックの抱える生活の悩みというのはちょっと想像できなかった。
「田舎の小さな村だとさ、みんながみんなの事を知っているってのが普通なんだよ。だからさ、村で誰かと顔を合わせば、それが誰か分かって、挨拶を交わすって事が普通だったんだ。
けど、アリアストは違うだろ? 人口何万って大都市だ。誰かと顔を合わせても、それが誰かなんてわかる事がまずない。そんな環境だ。だから、孤独って言うのかな。そういうのを感じちゃってさ……。
今までは、ノーマンやレイラが傍に居るから、そこまででもないけど、このままPTがなくなるって考えたらさ、本当に一人になってやっていけるのかって思っちまって……余計にさ、不安になっちまったんだよ」
「ああ、なるほど」
ようやく理解できた。
孤独。それは、確かに俺にあった事だ。最初に地上へ戻ってきたとき、ディックと同じような孤独を感じた気がする。
行き交う人の中で、誰も俺の事を知らず、誰も俺に声を掛けず、気にしてくれない。そんな街の中で、俺は一人ポツンと立っている。そんな孤独だ。
けど、俺はまだよかったかもしれない。なんだかんだ生きていくための金を持っていて、実績があり、技術があった。冒険者という道を選べば、まず間違いなく成功できる。そう言う、保証が存在していた。
けど、ディックはどうだろうか? 田舎から出てきた人間だ。金なんて大して持っている訳もなく、冒険者としてやっていけるだけの自信や実績もない。そんな状況だ。ディックが抱えていた不安は、俺以上に大きなものだったかもしれない。
「だからさ。ここまでこれで、ここでやれた。希望が見えてきたんだよ。先の――フィルマンの事を覚えてるか?」
「まあ、すごかったからな」
「だろ? あんな風にはすぐになれるとは思えないけど、けど、話で聞くだけだったフィルマンの戦いを間近で見れたんだ。俺は今、そういうところまで来てるんだって、実感できた。そしたらさ、そんな不安ふっとんじまって、前へ進めるって思えたんだ。そう思えるきっかけをくれたのは、あんただ。だから、あんたには感謝してる。これ以上ない程にな」
「そおう言う事か」
晴れやかな笑みを返されると、何かをしたつもりはないのに、してよかったとそう思えてしまう。
まあ、色々あったけど、これでよかったんだろう。そう納得しておこう。これで良いのだ。
「と、話しこんじまったな。待たせると悪いし、さっさと戻ろうぜ」
「そうだな」
そんな感じで、夜の闇に閉ざされた空の下、俺達はようやく帰路に就いた。
お付き合いいただきありがとうございます。
ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)




