地下の楽園
「ああ~。今回は流石にきつかった~……」
ゴーレムを倒しきり、一通り喜びを表現すると、ディックはその場に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
俺はそんなディックに近寄り声を掛けた。
ディックの持つ剣や盾、それから鎧などは殆ど半壊状態で戦いの厳しさがうかがえた。
「まあ、見た目はあれだが、中身はそんなんでもないかな?」
ディックは俺の言葉に、そんな具合で笑いながら答えを返した。
「けど、まあ、状態は良くても、この先は辛いかな……?」
一度、折れた剣へと目を向けると、それを投げ捨てる。
そして、流れで他の面々へと目を向けた。皆、戦闘でのダメージは少ない。だが、それ以外での面で消耗が激しいようだった。
クレアはメイン装備の剣が破損し、イーダとマリカも扱っているダガーの何本かが破損、ヴェルナとレイラは大分矢弾を消費したみたいで補充しないときつそうだった。幸い、魔術が効果をなさなかったせいもあり、ノーマンと俺、それからルーアは割とそうでもない様子だった。
「結構良いとこまで来たし、もっと行けると思ったんだがなぁ~。さすがに今回はここまでだったかぁ~」
悔しそうに、そう零す。武器が無ければ戦えない。PTの半数近くが、武器を失った状態では、そう判断せざるを得ないだろう。
補給の難しさ。ここにきて、地下迷宮の障害の一つが立ちはだかった。
「じゃあ、一度地上に戻るのか?」
「まあ、そうなるかな……またやり直しだよ畜生!」
ディックは、またそう悔しそうにつぶやく。
地下迷宮に付いて、冒険者達の間で言われている事が一つある。それは、地下迷宮は第11層からが本番である。というものだ。これには理由があって、地下迷宮の第1層から10層までは、地下迷宮固有の迷宮獣などのモンスターや構造などは殆ど存在しないからだ。また、冒険者の稼ぎの中心である魔晶石は、迷宮獣などから手に入れる関係上、その稼ぎはそれが出現する11層を境に大きく変わる。それらの理由から、11層からが本番と言われている。
多くの者が考える、冒険者として裕福な生活というのは、ここ――10層を超えていかなければ手に入らない。それが、すぐ目の前にありながら引き返さなければならないのは、確かに悔しいだろう。
「ああ、クソ!」
再び、ディックが悔しそうに息を付いた。相当悔しそうだ。
ここまで一緒に来ただけに、多少の情はある。それだけに、このまま引き返させるのは少し気が引けた。だから俺は一つに提案を返した。
「もう少し進んでみないか?」
「え?」
* * *
長い、長い階段を潜ると、そこには光が広がっていた。地上から何層もの階層を超えた先、地下迷宮第11層には、光があった。
「なんだこれは……!」
その光の先を目にしたPTメンバーの間から、大きな驚きの声が上がった。それもそうだろ、こんな地下に、こんな空間が存在するなど、誰も予想など出来なかったはずだ。
そこに、空があり、深い森が広がっていた。
第11層森林区。通称地下森林と呼ばれる区画だ。ここは魔術によって作られた人工的な空があり、第20層から11層までの吹き抜けとなった空間を突き破るように、背の高い大木が埋め尽くしていた。
全てが人工的に作られた空間だ。だが、それを知らない状態でそれを目にしたら、これが本物の森だと思えてしまうほど濃密な緑が広がっていた。
「ここ、本当に地下迷宮なのかよ!」
当然といえる言葉が上がる。
「そうだ。この区画からは、迷宮獣が不規則に現れる。だから、今まで以上に注意してくれ」
そんな、驚きの言葉をとりあえず流し。事前に伝えるべき注意を促すと、
『グアアアアアアアア!』
と何かの鳴き声が響き、辺りを流れる、雲の様な靄の向こうに大きな影が掠め飛んでいった。
それにより、PTの中に緊張が走る。
「だ、大丈夫なのか?」
ディックの不安げな声が飛んでくる。武器がないのだ、不安になるのは無理もない。
「大丈夫だよ。こっちにはまだ気づいていない。進もう」
そう言い聞かせ、俺は前へと歩き始めた。
第11層は森林区の最上層であり、20層から伸びた木々の樹上に張り巡らされた複数の通路で構成されている。そのため、この辺りには木々の枝葉が覆いかぶさり、ちょうど隠れやすい場所となっている。
そして、そんな通路を進むと、そこに一つの小さな村が見えてきた。
「ここが……そうですか?」
「そうだ。ここが、地下迷宮内で暮らす冒険者達の村――フォレストガーデンだ」
――Another Vision――
フォレストガーデン。地下迷宮の第11層から20層は森林区と呼ばれる区画になっており、そこでは魔術による人工的な日光により昼と夜があり、植生と天候がある。そんな地上と変わらない環境であるため、この区画は冒険者にとって暮らしに適した環境といえた。
そこには依然迷宮獣の脅威がある事は変わらないが、この環境は地下迷宮という定住しにくく、補給が難しい環境において、冒険者達にとって非常にありがたい環境だった。
そのせいかこの区画では、いつしか冒険者達が村を作り、安全地帯を作りだしていた。ここは森の中の楽園――フォレストガーデンと呼ばれていた。
樹上の枝葉に隠れる様にして作られた小さな村。専門の職人が少ないが故に、木の板を適当につなげ合わせて造られたような建物が立ち並ぶ村の中で、村全体一望できる塔の上から村の外を眺めている男姿があった。
今は警戒態勢ではないため、鎧を着こんではいないが、その男の傍らには常に物々しい大振りな戦斧が立て掛けられており、物々しさが醸し出されていた。
「フィルマン。入るよ」
男――フィルマンがじっと外を眺めていると、彼が居る部屋に、そう断りを入れ一人の女性が入ってきた。
魔術師風のローブを着こんだ女性――エヴェリーナだ。
「なんのようだ?」
「それを言いたいのはこっちだよ。ずっと外を見て、何かいいことでもあるの?」
エヴェリーナはそう返事を返すと、不満そうな表情を浮かべ、腕を組んだ。
フィルマンはここ数日、塔のこの部屋に籠り、じっと外を眺めていた。それが、少しだけ不満だった。
エヴェリーナが問い返すと、フィルマンは小さく笑みを返した。
「何もないかも知れない。と、思っていたが、どうやら違ったらしい」
「?」
「ちょうど、そろそろだろうと思っていたんだ。外、見てみろよ」
そう告げると、フィルマンはくいっと顎で外を指し示した。
それにエヴェリーナは不満を見せつつも、窓枠へと近付くと、外へと目を向けた。
「ちょうど門の辺りだ」
言われて視線を向ける。すると、そこにはちょうど冒険者の一団がフォレストガーデンに入ろうとしている姿が映った。
「あれは……?」
人数にして9人ほど、ほぼ全員の見た事の無い顔だった。
「彼らがなんだって言うんだい?」
「ユリ・レイニカイネン」
返された名前に、エヴェリーナは小さく愕きを返す。
ユリの名は、フィルマンが何かと気に掛けていた。それだけにしっかりと記憶している。そして、その記憶の中ではまだ低レベルのはずだった。
「もうここまで来たっていうの?」
「ペースとしては特別早い方じゃない。だが、なかなか見ない速度だな。やっぱり見立て通り早々にここまでたどり着いたようだ。俺の勘は間違っちゃいなかった。あいつは普通とは違う」
そう感想を返すと、フィルマンは楽しそうに笑っていた。
フィルマンがこういう顔をするときは、何かと面倒な事が起こる。それだけに、エヴェリーナは少し嫌そうに溜め息を返した。
「それで、挨拶でもしに行くの?」
「いや、それはもうちょい先で良いかな。今はじっくり、あいつがどう動くか見させてもらう。本格的な挨拶はそれからだ」
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