戦いの後には?
ディックの大きく振り上げられた剣が、守護者へと襲い掛かる。
守護者はそれを避けようとするが、ギリギリのところで浅く掠る。
戦闘は続いていた。
ルーアの治癒呪文のおかげで、ディックとクレアに蓄積されたダメージが定期的に癒されるため、戦線が維持され続け、そのまま攻撃が維持され続けていた。
そして、攻撃が続けば続くほど、守護者へ蓄積されたダメージが大きくなり、そして――
『ガアアアアアア!』
守護者が大きく吠える。すると、高く跳躍し足止めをするディックとクレアの上を飛び越える。強引に前衛を突破してきたのだ。そうでもしないと勝てない、そう判断したのだろう。蓄積ダメージが限界に近いという合図だ。
「そっち行ったぞ!」
抜けられたディックから、大きく声が届く。
抜けた守護者が向かった先は勿論、攻撃の要である狙撃手のレイラとヴェルナの方向だ。
そして、その間には念の為に待機していた、俺が立っていた。
「はぁ……」
ため息が零れる。最後の最後で、こちらに来るのは、遣る瀬無い。けど、来てしまったのなら仕方がない。
そっと、剣に手を掛ける。そして――
『ガアアアアア!』
迫りくる守護者に対し、剣を振り上げた。
一刀両断。最後の一撃が決まり、守護者の身体は真っ二つに切り裂かれ、動きが止まると、まるで霧の様に消え失せてしまった。
討伐完了。これにより、俺達は勝利を手にした。
* * *
実態を持っていた守護者の身体が、ピタと止まると、身体の端からまるで霧の様に崩れていき、霧散する。
消え失せた身体の中から、手のひら大の輝く赤い結晶石が現れ、落下する。俺はそれを慌てて受け止める。
しばしの静寂が流れる。皆、何が起きたのか受け止めかねているのだろう。そんな、戸惑いにも似た空気が流れた。
「倒した……のか?」
静かにディックからそんな問いかけが零れる。俺はそれに静かに頷いて返事を返す。すると、
「うっしゃぁ――――!」
大きく喜びの声が上がった。
皆がようやく勝利の実感を得た瞬間だった。
* * *
守護者の討伐を終えると、そこからは少しの間、ちょっとしたどんちゃん騒ぎとなってしまった。
感極まったディックが祝杯を上げたいと言ったため、そのまま盛り上がってしまった。結局それは夜まで続き、皆が寝静まるまで続いた。
解散のタイミングを見失ったために、俺達はそもままディックと同じ野営地を作り、共に一夜を過ごす事となってしまった。
皆が寝静まり、不寝番に立った者達だけになると、ようやく辺りは静かになった。やっと落ち着ける。そう思うと、小さく安堵の息が零れた。
「悪いな……つい、騒ぎすぎちまって」
息を付くと、ちょうどよく当たりの見回りに出ていた、ディックが戻ってきて、そう謝罪を告げた。
今の時間は、俺とディックが夜の番をする時間となっていた。
「いいよ。嬉しかったんなら、ちゃんと嬉しがった方がいい。その方が、見ていて気分が良い」
「そっか、ありがとう」
俺の返答に、そう小さく感謝の言葉を返すと、ディックは俺の対面に腰を下ろした。
静かに、無言の空気が流れる。
なんだかんだで、出会ってまだ1日も経っていない。こういう時、何話せばいいか分からなかった。人付き合いが苦手な人間の性ってやつは、こういう時辛い。
「な、なあ……」
しばらくして、無言の空気に耐えられなくなったのか、ディックの方から声を掛けてきた。
「なんだ?」
「その……ありがとうな」
返ってきたのは、唐突な感謝の言葉だった。
「なんだよ、急に」
「いや、その……俺達の申し出に乗ってくれたことだよ。一緒に戦ってくれて……感謝している」
「その事か、別に必要だったから、応じただけだよ。特別感謝される事じゃない」
その言葉に、適当な返事を返す。
実際問題、ディック達と協力する必要があったかというと、多分必要なかっただろう。けど、正直なところ、ディック達の申し出はありがたかった。
冒険者PTと言うのは、割と閉塞的だ。それだけに、外との繋がりが出来、他の者達と連携を取る機会というのはそうそうない。だが、だからと言ってPT内で閉じこもっていていいわけではない。状況によって今回の様に他PTを協力する必要はある。
今回はそんな貴重な体験ができただけにありがたいと思っていた。
一つのPTがずっと長く存続し続ける。という例は、実は少ない。特に、スタート――最初に組まれたPTが残り続ける事は殆どないと聞いた事がある。人間ここの成長速度は違う。特に、戦士と魔術師での成長速度には目に見えて差がある。それ故に、先へ進めば進むほど、PTメンバー間で能力の差が出てきてしまう。そうなると、PTに不満を持つものが出るか、環境に付いていけないものが出始め、自然と消滅するのだ。
そうなった冒険者は次のPTを探す事に、その時、今回の様に他のPTと知り合っておいたり、繋がりを持っていたすることが役に立つ。だから、今回の件は割とありがたかったかもしれない。
俺は、今のPTがずっと続くとは思ってないし、続けなければいけないとも思っていない。だから、ちょうどよかったのだ。
「それにしてもすごいな」
しばし、物思いにふけっていると、ディックがそんな感想を零してきた。
「すごいって、何がだ?」
「あんたんとこのPTだよ」
「?」
「メンバーがしっかりバランス良くまとまってる。戦士に、斥候、射撃手兼魔術師、それに神官と完璧じゃん。良く集められたな」
「ああ、そういう。たまたまだよ。そもそも、俺が集めたPTじゃないし」
「あれ? そうなのか? てっきりあんたを中心に集まったPTなのかと思っていたよ」
「中心って……」
小さく苦笑いを返す。なぜ、そう認識された……。
まあ、PT内の一番の経験者って事で、判断を仰がれる事があるが、別に俺中心とは思っていない。けど、外からだとそう見れるのか? まあいいか。
「そう言う、そっちも良くまとまってるじゃないか」
「え? ああ、そう思う」
「戦士に、射撃手、斥候、魔術師。十分だと思うけど」
「まあ、そうだな。けど、こっちもたまたまだよ。ほとんど同郷の人間で、一緒にアリアストに来て、一緒に冒険者になった連中だよ。そんなすごいもんじゃない」
ディックは、小さく笑いながら答え。
そう言えば、他の冒険者の身の上話をほとんど聞いた事が無かった事に気付く。クレアからは少しだけ身の上話を聞いたが、同じPTのイーダでさえ、俺は殆ど知らない。だから、彼らの話に少しだけ興味が引かれた。
けど、根ほり葉ほり聞くのは、なんだか気が引けたので、そっと口を閉ざした。
また、無言の空気が流れる。そうすると、再び無言に耐えられなくなったのか、ディックはゆっくりと口を開いた。
「な、なぁ……」
「なんだ?」
「あのさぁ……。あんたんのとこのPT、空きってあるか?」
「空き?」
「他の人員を受け入れる余裕はあるかって事だよ。行けるか?」
「? どうだろうな……ちょっと分からない。なんでだ?」
割と唐突な質問だった。意図が分からず、問い返す。すると、ディックは少し困った表情を返した。
「実は……移籍先を探してるんだ」
「移籍先? 今のPTから離れるつもりなのか?」
「まぁ、そんな感じだ……」
ディックの答えに、俺は少しだけ驚かされる。
一つのPTがずっと長く存続し続ける。という例は、実は少ない。特に、スタート――最初に組まれたPTが残り続ける事は殆どないと聞いた事がある。人間ここの成長速度は違う。特に、戦士と魔術師での成長速度には目に見えて差がある。それ故に、先へ進めば進むほど、PTメンバー間で能力の差が出てきてしまう。そうすると、PTに不満を持つものが出始め、自然と消滅するのだ。
だから、冒険者の中には、PTである程度安定していても、移籍に付いて考えている人が居たりするのは知っていた。けど、見た感じ、気心知れた中で、すごく仲がよさそうなPTだった。それだけに、その中で移籍を考え始めている事に驚かされた。
「なんでだ? 全然雰囲気良さそうじゃないか。わざわざ移籍する必要なんて……」
「まぁ~、そうなんだけどさ。けど、俺のPT、多分、そんなに長く続かないから……」
少しだけ寂しそうにしながらディックは笑った。
「なんでだ?」
ますます理解できなかった。あれだけ仲がよさそうなら、まだまだいけると思えてしまう。
「もともと、目的が違うんだよ。だから、目的が果たされれば、そこで終わり」
「目的? 同郷なんじゃないのか?」
「同郷だよ。けど、アリアストへ来た目的は別々だったんだよ。
俺は冒険者になるためだったけど、ノーマンは魔術師になるための勉強する環境を手に入れるため、レイラは嫁ぎ先を探してって感じで。もともとは、アリアストに着いたらすぐ解れるつもりだったけど、都会だと何かと金が掛かるだろ? そんで、金が無くて、しばらく冒険者でってなったんだ。けど、それも、そろそろ終わりかなって。
ノーマンに、魔術師の先生が付いてくれるようになるみたいだし、レイラは今の流れだとそれに付いていきそうだし、そうなると俺は一人だ……」
ぼうっと、床に置いた魔導灯の光を眺めながら、ディックは、そう吐露した。
「マリカは? あいつとも別れる事になるのか?」
「さぁ? マリカはこっち来てから知り合った相手だし、目的とかは知らない。まあ、このままノーマンとレイラが抜ける事になると、俺はあいつと一緒に、移籍先探す感じになるかな? だからだ、これも何かの縁って、感じで、良かったら……一人か二人、受け入れられないかって」
ぽつぽつと話しながら、ディックはそう頼んできた。
それに付いて、少し考える。PTのバランスとしては、これ以上増やすのは少々統率が取り辛くなる。あまり褒められた状態ではなくなってしまう。だから、受け入れたくはない。けど、まあ、これは俺個人の判断で決める事じゃないし、何とも言えない。
そんな風に少し考えると、それからおおよその事を察したのか、ディックは首を振った。
「悪いな。今のはなしだ。都合よすぎるよな。急に変な事言って悪かったな。今のは忘れてくれ」
そして、そう締めくくる。
「別に無理だとは、言ってないぞ……」
「良いんだよ。顔が、何となくそう言ってる。俺が入って、あんたらのPTの空気を悪くするのも嫌だし、俺のPTも、今日明日解散って事でもないし、しばらく考えるよ」
「そっか……」
そんな感じで、この日は終わりを迎えた。
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