二つ目の出会い
地下迷宮に降りてから二日目を迎えた。
昨晩の夜営は途中予期せぬ来訪があったものの、特に問題は起きず無事朝を迎える事が出来た。
問題は起きなかった。だが、慣れない環境での睡眠と有って、皆上手く休息を取れなかったのか、表情にはどこか影が見られた。
「準備出来たら出発するぞ」
撤収作業を進めていく。これからさらに地下へと潜る事になる。
暮らしなれた地上とは異なり、地下では、日の光の一切届かない特殊環境での生活を強いられることになる。その状況でコンディションを維持するのは難しい。万全な状態で挑めた上層と比べ、下層へはその状況への対応も必要になってくる。故に、ここからが本当の地下迷宮と言えた。
「辛いな……」
軽く頭を押さえながら、イーダが弱音を吐く。
「眠いか?」
「ああ、少しな」
「慣れろ。こっからはしばらくはこうだ」
「簡単に言ってくれる」
人の生活サイクルにおいて、日光有無は大きい。その影響はやはり小さくない様だった。
* * *
それからしばらく地下へと進んでいく。体調の変化こそあれ、戦い方に慣れ始めたPTメンバー達は先へと順調に進む事ができ、大きな問題を起こすことなく三層、四層を抜け、第五層へと進む事が出来ていた。
「そろそろですかね?」
何度目かの夜営を済ませ、時間を掛けて第五層の地図を埋めていく。すると、次第に次の階層への道が自然と見えてくる。
「そうだな」
朧げな俺の記憶の中でも、この辺りに第六層への道があったと記憶している。
「じゃあ、進みましょう。あちらへ進んでください」
いつも通り、クレアが先行するイーダへと指示を出す。だがそれに、イーダは足を止め、静止の合図を返してきた。
「何かあったか?」
それは、前方――道の先で何かあったという合図だ。イーダはすぐに引き返してくる。
「向こうから誰かが来る」
「ゴブリンですか?」
イーダからの報告を聞くと、クレアはすぐさま地図をしまい、剣に手を掛けた。
「ゴブリンじゃない。たぶん、あの音は――人の足音だ」
「人!?」
イーダの返答にクレアは大きな驚きを返す。
地下迷宮は広い。冒険者の出入りが多いとはいえ、出会う確率は少ない。そのせいだろう、対応に困ったクレアが俺へと視線を向け、意見を仰いでくる。
「とりあえず、相手がどういう状況か見て判断しよう。こっちへ来ているのか?」
俺は溜息を零しながら、意見を返した。
「ああ、真っ直ぐこっちに来ている」
「なら、一度物陰に隠れて、相手の状況を確認しよう。それでいいか?」
「分かった」
確認を返すと、全員頷いて返事を返した。
バタバタと足音が響く。
一度物陰に隠れ息をひそめると、通路の向こうからイーダが言っていたように人の脚を戸が複数響いてきた。まるで何かから逃げているような、慌ただしい足音だ。
「あともう少しだ。あともう少しで安全圏に出られる。全員付いてこられてるな!?」
『ガアアアアアア!』
男の叫び声と、それに続く様に獣の咆哮が響いた。
(あの声は確か……)
通路の向こうからくる人影が見えた。完全武装を施した人間が数人。見るからに冒険者だ。そして、その背後には――魔獣の姿があった。
あの魔獣は、迷宮魔獣と呼ばれる地下迷宮固有の魔物だ。姿こそは巨大な狼に見えなくもないが、その身体にははっきりと可視化できるだけの魔力がオーラの様に漂っていた。
冒険者と思える一団が俺達の目の前を通り過ぎていく。そして、ちょうど眼前を通り過ぎると
「間に合ったぁ~」
と大きく息を付き、その場に崩れ落ちた。
後を追っていた魔獣は、それを見逃す事はなく。彼らに襲い掛かる。だが、その魔獣の姿は、冒険者達に迫る寸前で、まるで蜃気楼のように姿を消え失せたのだった。
* * *
「今のは……なんですか?」
駆け込んできた冒険者達の目の前で、魔獣が唐突に姿を消した。その瞬間を目にしたクレアは大きく愕きを零した。
何もそらず、あれを見にしたら驚くのも無理はない。
「消えたという事は幻術? いえ、実体があるようでしたから召喚術……でしょうか?」
「じゃろうな。あれは、召喚術によって呼び出された召喚獣の一種じゃろう。有効範囲ないし、効果時間が切れたが故に送還された。といったところか」
大きく愕きを見せたクレアに対し、魔術に対する造詣のあるヴェルナとルーアの二人は、それを冷静に分析した。
「迷宮獣だよ。地下迷宮の各所に配置された侵入者対用の召喚獣。地下迷宮固有の魔獣だよ」
「なるほど、あれが例の――」
「と、その前に」
クレア達に軽く説明を済ませると、俺は物陰から這い出て立ち上がった。
「大丈夫か?」
そして、倒れこんでいる冒険者達に声を掛けた。
見たところ、迷宮獣に追われていただけの冒険者だ。おかしな所はなさそうだった。なら、さすがに見過ごすわけにはいかない。
「え? あ……あんたらは?」
必死にここまで走ってきたのだろう。上がり切った息をどうにか整えようとしながら、冒険者の一人がそう問い返してきた。
「通りすがりの、冒険者。かな?」
「あ? 同業者……か。悪い。少し、待ってくれ」
どうにか答えを返すと、冒険者は再び倒れこんだ。大分息が辛そうだった。相当は走っていたらしい。
そして、そのため彼らがまともに話しができる様になるためには、しばしの時間を有した。
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