表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/163

遠い記憶の声

   ――Another Vision――


『イーダちゃん』



 それは昔の記憶だった。幼い頃の記憶。


 おそらくイーダの人生において、もっとも幸せだった頃の記憶だ。


 家族が居て、姉妹が居た。暖かい家庭で、辛い事は殆どなく、日々伸び伸びと過ごしていた頃の記憶。


 幸せで、そして――最も辛い記憶だ。



『イーダちゃん……』



 燃え落ちる景色が目に映る。


 幸せだった家庭が燃え落ちていく。


 部屋の中には、三つの人影があった。義父と義母と義姉の姿だ。三人とも床の上に転がっている。


 乾いた床にツーっと赤黒い血が流れてくる。それは、ちょうど三人が倒れて所から流れて来ていた。そう、三人は燃え落ちる部屋の中で、血だまりの上に転がっていた。


 流れてくる血だまりの上に、人の姿が映る。それは、この光景を目にしている自分の姿だった。



「あ、ああ、あああ――……」



 思い出す。忘れられない。忘れられるわけがない。この光景を作り出したのは、全部『   』なのだから……。



 チリーン。



   *   *   *



 鈴の音が耳の届いたかと思うと、イーダはバっとベッドから身体を起こし、目を覚ました。


 最悪の気分だ。つい先ほどまで見ていた夢を思い出し、気分が悪くなる。


 久々に見た夢だ。久しぶりに見た夢だけに、余計に気分が悪くなる。


 そっと、窓へと目を向ける。窓から見える外の景色は既に白み始めていて、夜が明けようとしていた。


 起きる時間までにはまだ少しある。けど、こんな気分では眠る気にならなかった。


「はぁ……」


 ため息が零れる。


 仕方ないので、ベッドから立ち上がり起きる事にした。




「これを使ってみるのはどうだ?」


「これは……火器、か?」


「そう。専門的な事になると、色々と技術が必要になるけど、扱う分には特にそれは要らない。それでいて威力も高い。魔術リソースを抑えるために扱う武具としては良いと思うけど?」


「なるほど、確かにな。じゃが師匠」


「何か問題あるか?」


「これ、大分コストのかかる代物ではなかったか?」


「え、まあ……それなりに?」


「それでは意味がないではないか! 妾の懐にはそんな余裕なんぞないぞ!」



 起きる事にして、居間へと来ると、早朝だと言うのにユリとイーダが顔を突き合わせて何やら議論しているようだった。


 というか、あれ、寝る前にもしてなかったか?


「何やってるんだ? お前ら……」


「あ」


「お? 煩くて眠れなかったか? 済まぬ」


「いや、それは良いんだけど……」


「そうか、まあ、少し静かにする故、ゆっくり眠るとよい」


「いや、そうじゃなくて。お前ら、もう朝だぞ……」


「「え!?」」


 イーダがそう告げると、二人は慌てて窓の外を見た。どうやら、時間を忘れて議論していたらしい。本当、この二人は何かに集中すると、時間を忘れるんだなと、ちょっと呆れてしまう。


 このせいで、時たま安眠妨害されるのだから困りものだ。


 煩わしさを覚える。けど、今更眠る気になれない今の状況では、気がまぎれるだけにありがたかった。


「あ~悪い……」


「いいよ。もう起きたから。続けるなら、続けてくれ」


 少し申し訳なさそうな表情を浮かべた二人を見て、イーダは小さく笑みを零した。



   *   *   *



「どうじゃ?」


 カチャリとヴェルナが長身の銃を構えて見せる。


 朝、今後の話をするために集まると、ヴェルナが新調したそれを見せつける様に構えて見せていた。


 ここ数日、あれを見せびらかしていたので、割と今更って感じがする。


「なんですか、それは?」


 そんなヴェルナを見て、クレアが尋ねる。クレアに関しては、ヴェルナの銃を見るとは初めてだった。


「火器じゃよ。(マスケット)。前回の地下迷宮探索で、魔術リソースをどう抑えるかって課題があったからな。それ用に用意したのじゃ」


「火器って確か、ドワーフ達が発明したっていう遠距離武器でしたっけ? 良く用意できましたね」


「師匠が用意しくれた。すごいじゃろう」


 カチャリとヴェルナが誇らしげにユリへと銃口を向ける。ユリは、それを払いのける。


「だから、銃口を人に向けるなって言ってるだろ」


「へぇ~、ユリさんが……よく用意できましたよね。火器ってかなりの値段していませんでしたっけ?」


「用意したていうか、昔作って使わずに放置していたものを譲っただけだよ」


「え! 作ったんですか? これを!?」


 ヴェルナが手にする銃にまじまじと目を向け、クレアが驚きの声を上げる。


「設計は知ってたからな。金属加工は魔術で割と簡単に出る。そんな、驚く事だったか?」


「師匠よ……割と、さらっと言っておるが、それは大分すごい事じゃよ……」


「あはははは……」


 ユリがさらりと返事を返すと、ヴェルナ達からは何とも言えない表情が返ってきた。


 ユリが何者であるかに付いては、結局良く知らないままだった。だが、時たま無自覚にすごい事をしでかすので、割とこれも慣れてきた。


「火器って、確か火薬を使うんだったか?」


 ただじっと三人の話を眺めていたが、何もせずにいるのもあれだったので、イーダも質問を投げた。


「そうだな。火薬を炸裂させて、その勢いを利用して弾を発射させるって構造だ」


「あ~だから、バンバン煩かったのか……」


「悪いな……調整の為に試射しなくちゃいけなかったからさ」


「もういいよ。済んだのなら、それで」


「そうか、ありがとう」



 今日も、今日とて穏やかな会話が流れていく。


 エルフ達国エヴァリーズでの騒動が終わってから数日。特に何かが起きるわけもなく、こんな感じで何気ない日常が続いていた。


 割と退屈で、それでいてどこか安心できる。そんな日常だった。だけど―――



 チリーン。



 ふとした時に、耳に残っていたあの音が響く。


 忘れられないでいた。いや、無自覚に忘れない様にしていた。先日目にした白衣の暗殺者。あの姿と、彼らが身に着けていた鈴の音が記憶にこびり付き、何処かその日常に影を落としていた。



「何も……起きないと良いけどな」


 つい口からそんな言葉が零れてしまう。


「何か言ったか?」


「いや、何も」



 何も起こらないでほしい。そんな不安が、どうしてもぬぐえなかった。

お付き合いいただきありがとうございます。


ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ