遠い記憶の声
――Another Vision――
『イーダちゃん』
それは昔の記憶だった。幼い頃の記憶。
おそらくイーダの人生において、もっとも幸せだった頃の記憶だ。
家族が居て、姉妹が居た。暖かい家庭で、辛い事は殆どなく、日々伸び伸びと過ごしていた頃の記憶。
幸せで、そして――最も辛い記憶だ。
『イーダちゃん……』
燃え落ちる景色が目に映る。
幸せだった家庭が燃え落ちていく。
部屋の中には、三つの人影があった。義父と義母と義姉の姿だ。三人とも床の上に転がっている。
乾いた床にツーっと赤黒い血が流れてくる。それは、ちょうど三人が倒れて所から流れて来ていた。そう、三人は燃え落ちる部屋の中で、血だまりの上に転がっていた。
流れてくる血だまりの上に、人の姿が映る。それは、この光景を目にしている自分の姿だった。
「あ、ああ、あああ――……」
思い出す。忘れられない。忘れられるわけがない。この光景を作り出したのは、全部『 』なのだから……。
チリーン。
* * *
鈴の音が耳の届いたかと思うと、イーダはバっとベッドから身体を起こし、目を覚ました。
最悪の気分だ。つい先ほどまで見ていた夢を思い出し、気分が悪くなる。
久々に見た夢だ。久しぶりに見た夢だけに、余計に気分が悪くなる。
そっと、窓へと目を向ける。窓から見える外の景色は既に白み始めていて、夜が明けようとしていた。
起きる時間までにはまだ少しある。けど、こんな気分では眠る気にならなかった。
「はぁ……」
ため息が零れる。
仕方ないので、ベッドから立ち上がり起きる事にした。
「これを使ってみるのはどうだ?」
「これは……火器、か?」
「そう。専門的な事になると、色々と技術が必要になるけど、扱う分には特にそれは要らない。それでいて威力も高い。魔術リソースを抑えるために扱う武具としては良いと思うけど?」
「なるほど、確かにな。じゃが師匠」
「何か問題あるか?」
「これ、大分コストのかかる代物ではなかったか?」
「え、まあ……それなりに?」
「それでは意味がないではないか! 妾の懐にはそんな余裕なんぞないぞ!」
起きる事にして、居間へと来ると、早朝だと言うのにユリとイーダが顔を突き合わせて何やら議論しているようだった。
というか、あれ、寝る前にもしてなかったか?
「何やってるんだ? お前ら……」
「あ」
「お? 煩くて眠れなかったか? 済まぬ」
「いや、それは良いんだけど……」
「そうか、まあ、少し静かにする故、ゆっくり眠るとよい」
「いや、そうじゃなくて。お前ら、もう朝だぞ……」
「「え!?」」
イーダがそう告げると、二人は慌てて窓の外を見た。どうやら、時間を忘れて議論していたらしい。本当、この二人は何かに集中すると、時間を忘れるんだなと、ちょっと呆れてしまう。
このせいで、時たま安眠妨害されるのだから困りものだ。
煩わしさを覚える。けど、今更眠る気になれない今の状況では、気がまぎれるだけにありがたかった。
「あ~悪い……」
「いいよ。もう起きたから。続けるなら、続けてくれ」
少し申し訳なさそうな表情を浮かべた二人を見て、イーダは小さく笑みを零した。
* * *
「どうじゃ?」
カチャリとヴェルナが長身の銃を構えて見せる。
朝、今後の話をするために集まると、ヴェルナが新調したそれを見せつける様に構えて見せていた。
ここ数日、あれを見せびらかしていたので、割と今更って感じがする。
「なんですか、それは?」
そんなヴェルナを見て、クレアが尋ねる。クレアに関しては、ヴェルナの銃を見るとは初めてだった。
「火器じゃよ。銃。前回の地下迷宮探索で、魔術リソースをどう抑えるかって課題があったからな。それ用に用意したのじゃ」
「火器って確か、ドワーフ達が発明したっていう遠距離武器でしたっけ? 良く用意できましたね」
「師匠が用意しくれた。すごいじゃろう」
カチャリとヴェルナが誇らしげにユリへと銃口を向ける。ユリは、それを払いのける。
「だから、銃口を人に向けるなって言ってるだろ」
「へぇ~、ユリさんが……よく用意できましたよね。火器ってかなりの値段していませんでしたっけ?」
「用意したていうか、昔作って使わずに放置していたものを譲っただけだよ」
「え! 作ったんですか? これを!?」
ヴェルナが手にする銃にまじまじと目を向け、クレアが驚きの声を上げる。
「設計は知ってたからな。金属加工は魔術で割と簡単に出る。そんな、驚く事だったか?」
「師匠よ……割と、さらっと言っておるが、それは大分すごい事じゃよ……」
「あはははは……」
ユリがさらりと返事を返すと、ヴェルナ達からは何とも言えない表情が返ってきた。
ユリが何者であるかに付いては、結局良く知らないままだった。だが、時たま無自覚にすごい事をしでかすので、割とこれも慣れてきた。
「火器って、確か火薬を使うんだったか?」
ただじっと三人の話を眺めていたが、何もせずにいるのもあれだったので、イーダも質問を投げた。
「そうだな。火薬を炸裂させて、その勢いを利用して弾を発射させるって構造だ」
「あ~だから、バンバン煩かったのか……」
「悪いな……調整の為に試射しなくちゃいけなかったからさ」
「もういいよ。済んだのなら、それで」
「そうか、ありがとう」
今日も、今日とて穏やかな会話が流れていく。
エルフ達国エヴァリーズでの騒動が終わってから数日。特に何かが起きるわけもなく、こんな感じで何気ない日常が続いていた。
割と退屈で、それでいてどこか安心できる。そんな日常だった。だけど―――
チリーン。
ふとした時に、耳に残っていたあの音が響く。
忘れられないでいた。いや、無自覚に忘れない様にしていた。先日目にした白衣の暗殺者。あの姿と、彼らが身に着けていた鈴の音が記憶にこびり付き、何処かその日常に影を落としていた。
「何も……起きないと良いけどな」
つい口からそんな言葉が零れてしまう。
「何か言ったか?」
「いや、何も」
何も起こらないでほしい。そんな不安が、どうしてもぬぐえなかった。
お付き合いいただきありがとうございます。
ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)




