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失策

   ――Another Vision――


 日が暮れ、エルフの森が夜の闇に閉ざされていく。


 長い時間が経ち、その間一切の動きが無かったことに痺れを切らした帝国騎士シリルが、エヴァリーズの城門に集まった帝国騎士の中から立ち上がり


「エルフ達よ! いつまで待たせるつもりだ! 我々とて待つには限界があるぞ!」


 と、エルフ達へと告げた。


 帝国側の要求。それは、一度はエルフ側の指導者であるアラノストの口から拒否を突き付けられた。だが、それで帝国側がすんなり引くわけもなく、今もこうしてこの場にとどまっていた。


「竜の脅威は我々とて無視はできない。無駄な意地を張らず、我々と協力し、竜に対抗してこそ道は開かれる。我々は決してエルフを見捨てたりしない。どうか、我々の声を聴いてくれ」


 しんと静まり返ったエヴァリーズの城門へと投げかける。


(さて、どう出たものかな?)


 そして、しばらく相手の様子を伺う。


 エヴァリーズへとやってきたシリル達帝国騎士には二つ任務が与えられていた。


 一つは竜の討伐。竜がエヴァリーズだけの脅威でないことは事実だ。もし、エヴァリーズだけで対処できなかった場合、その脅威はエヴァリーズを超え、必ず帝国へと向けられる。だからこそ、帝国へと脅威が向く前に、エヴァリーズと共に対処する必要があった。


 そして二つ目が、エヴァリーズの制圧、ないし駐留の許可だ。エルフ達は竜への対処で必ず疲弊する。そうなれば、エルフ達の保護を名目に帝国騎士をエヴァリーズへと常駐させる口実ができる。そうやって、エヴァリーズに兵を置くことで牽制し、エヴァリーズとの関係のイニシアチブを取るのだ。そして、もし、エルフ達の被害が甚大であった場合、そのまま連れてきた戦力でエヴァリーズを制圧する。


 エヴァリーズの肥沃な大地でマナとの親和性が高いという特殊な土地柄は大変貴重だ。それをみすみす野放しになどできない。これを機に、その土地を手に入れようと画策していた。


 しばらく待ってみる。だが、エルフ達側からの反応は見られなかった。それに痺れを切らし、シリルは再び口を開く。


「エルフ達よ! いつまで待たせるつもりか! これ以上は我々とて――」


「そう騒がずとも聞こえている!」


 シリルが決断を下そうとしたところで、ようやくエルフ達に反応があった。


 城門の上に再び、エルフ達の指導者アラノストが姿を現した。


「返答を聞こう。エルフ達は如何にして竜に対抗するおつもりか!? 我々はエルフ達に手を貸す用意がある! 国の困難には手を取り合い、助け合おうではないか!」


 再び高らかに宣言する。


 自分で言っておきながら、何とも嘘くさい奇麗事だと笑いたくなる。相手もそれが判っているのか、シリルの言葉に小さく笑いを返してきた。


「残念だがそれを悩む時間は終わった。竜は討たれた! 早々に立ち去ってもらおう」


 多くの回答を想定していた。だが、アラノストから返された返答は、シリルの想定外の答えだった。


「どういう事でしょうか……?」


「聞こえなかったか? 竜は撃たれた。貴様らが此処にいる理由はない。早々に立ち去れ」


 そして、再びそう告げられると、城門からこちらへ向けて何かが投げ落とされた。


 ドサリっと大きな音が響く。それは、巨大な竜の頭部だった。


 魔術などによって作られた偽物ではない。生々しく切り落とされた頭部だった。


「それが証拠だ。どうしても手ぶらでは帰れないというのであれば、牙一本、鱗一枚持ち帰ることを許可しよう。それを持って、さっさと立ち去れ、人間ども!」


 低く、怒りの籠った声が向けられる。


 ゾクリと鳥肌が立つ。


 任務には竜との戦闘が想定されていた。故にそれなりの戦力を連れてきている。場合によっては、それでエルフ達との戦闘も覚悟していた。


 だが、それはエルフ達が竜との戦闘で疲弊した状態での話した。けど、今、目の前にあるのはなんだ? 先ほどと変わらぬエヴァリーズの光景。そこからは疲弊などは一切見えてこなかった。そもそも、つい先日討伐に出たばかりだ、たった1日程度で竜が討伐できるものなのだろうか?


 我々はエルフの力を見誤っていたのではないか? そんな、底知れぬ力の奇妙さに、身体が恐怖で震えた。


「立ち去れ、人間ども!」


 再びの警告。それが止めとなり、シリルは撤収の判断を下すしかなくなってしまった。




   *   *   *




「竜が……倒された、だと?」


 アルガスティア帝国帝都ライラック。その一角に建つクローヴァー家の別邸で、報告を聞いたジェイク・クローヴァーは珍しく愕きの声を漏らした。


「それは事実か?」


 報告はにわかに信じがたいものだった。なので、改めて問い返す。だが、


「はい、間違いありません。討伐された死体をこの目で確認しました」


「そうか……」


 問い返しても、報告をくれた白衣のローブの男は、変わらぬ答えを返してくるだけだった。


「まさか、こんな短時間で討伐するとは……」


「私も予想外ですよ。こうならない様、色々と手を回したのに、またパーです」


 ジェイクの言葉に、男は少し大げさに呆れて見せる。


「貴様、またへまはしたのではないだろうな?」


「またって何ですか……今回は、結構危ない橋を渡ったんですよ。へまなんてしようものなら、命がありません。本当に予想外の事が起こったってだけです」


「では、なぜ倒された? 神子単独では竜を倒す事は出来ない。そうでは無かったのか?」


「はい、そのはずでしたよ」


「では、なぜだ?」


「予想外の横槍があったんですよ」


「横槍だと?」


「強力な魔術師が居たみたいです」


「エヴァリーズにその様な魔術師はいないと聞いたが?」


「そうですよ。事前に調べた限りでは、脅威となる魔術師は見つけられなかった。ですが、エヴァリーズの外から、その魔術師はやって来たようです」


「どういうことだ?」


 男の言葉に、ジェイクは表情を歪める。


「エヴァリーズが事前に冒険者を雇い入れていたのは知っていますよね?」


「報告は聞いている。だが、それは下級冒険者であろう? 脅威にはならないのではないか?」


「はい、そのはずでした。ですが、残念ながら、その脅威が混じっていたようです」


「エルフが人に助けを求めたというのか?」


「詳細は解りませんが、起こった事から述べるのなら、その人間がエルフと協力して竜を倒したという形です」


「なるほどな……」


 男の話を聞くと、ジェイクはさらに表情を歪め、頭を抱えた。


 計画は失敗した。それは大きい。だが、それ以上に不可解な内容が多く、どうにも納得できない。


「それで、そのエルフに協力したという人間に付いては?」


「不明です」


「不明? どういうことだ?」


「言葉通り、良く分からないんですよ」


「竜に対抗しうる魔術技能を持っていながらか?」


「はい。まったく。出生、経歴、その他もろもろ不明です。分かっている事は、『ユリ・レイニカイネン』という名で一月ほど前にそれで冒険者登録をしている。という事くらいです」


「レイニカイネン。賢者の名か……」


「冒険者の間では人気の高い人物ですからね。冒険者が名乗る名としては珍しくありません」


「なるほどな。状況は理解した。やはり、まずは冒険者をどうにかする必要がありそうだな。準備は出来ているんだろ?」


「一応は。けど、今やるのですか?」


「今回も、前回も、冒険者の横槍によって失敗している。この不確定要素は、これ以上野放しにはできない。早々に処理してくれたまえ」


「なるほど、分かりました。では、私はこれで」


 礼を返すと、男の姿は影の中へ消え、完全に消え失せてしまった。


「物事は望んだようには進まないものだな……さて、これでやりやすくなってくれればよいものだが……どうなるかだな」


 最後に、ジェイクは部屋の窓から空を見上げると、誰に対してでもなくそう呟いたのだった。

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[気になる点] 128層までにドラゴンレベルの敵って居なかったんですか? 128層の敵がドラゴンより弱いなら、現代でももう少し到達階層が上がるんじゃないかと気になってしまい…
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