エルフの神子
エルフ達の中には、エルフの主神に聖別され、祖霊と強い繋がりを持ったものが存在する。それがエルフの神子だ。
彼らがどの様にして生まれ、今まで存在してきたかに付いては、詳しく分かっていない。ただ、分かっている事は、彼らは神子として強大な力を持ち、時の指導者として、または守護者として、エルフ達を導き、守ってきたという事だ。
エルフ達は人間やその他の異種族に比べて、数が少ない。そうでありながら、エルフが今まで異種族からの侵略に負けず、エルフ固有の領土や文化を守ってこれたのはエルフの神子による強力な守護があったからだ。
エルフの危機には神子が立ち上がる。そんな伝承が、エルフを含めた多くの種族に伝わり、エルフ達に手を出す事は禁忌とされてきた。
その強大な力が今解き放たれた。
「行きます」
小さくルーアがそう告げると、バサリと彼女の背に現れた投げは羽ばたく。すると、ゆっくりと彼女の身体がゆっくりと宙に浮いた。
そして、再びバサリと羽が羽ばたくと、ルーアの身体がまるで鳥になったかのように宙を駆け出し、竜へと迫った。
「やあああああ!」
ルーアが剣を構える。そして、一刀。その動きは、もはや目で追う事が精一杯で、当然竜もその動きに付いて行く事ができない。
すれ違いざまに放たれた一刀が、竜の身体を襲う。それは、ざっくりと竜の鱗を切り裂き、肉を断ち切る。エルフの騎士が放った一撃とは違う、深く、強烈な一撃だ。
傷口から目に見える形で血が噴き出し、宙を舞う。
『グルルルル……グルガアアアアアアアア!!!』
これには、さすがの竜も今までない程の怒りを見せつけてくる。
だが、それでルーアの攻撃が終わる訳はない。ルーアは振り返ると共に、二撃、三撃と追撃を振り下ろし、それが竜の身体をはっきりと刻まれる。
『ガアアアアアア!!』
竜の断末魔が上がる。
均衡が崩れた。
今までは、竜の攻撃をどうにか捌くだけで、両者決定打を与えられていなかった。だが、神子の力を解放し、圧倒的な力を持ったルーアの参入によれ、そのバランスが一気に崩れた。
このまま一気に畳みかければ、勝利が見えてくる。だが、事はそう簡単には運ばない。
『グオオオオオオオ!』
竜が大きく咆哮を上げ、翼を大きく広げると羽ばたく。それにより、周囲に暴風の様な突風が吹き荒れる。その強烈な突風は、宙に浮いたルーアの身体を巻き込み、吹き飛ばす。
それにルーアはどうにか耐えようとするが、そこに隙が生まれる。
竜は怯んだルーアを見逃さず、首を伸ばし噛みつきにかかる。
だが、ルーアとてそれを躱せないほど愚かではない。すぐさま態勢を立て直すと、舞うように飛び、竜の攻撃を躱す。
噛みつき、爪による斬撃、それをふわり、ふわりと飛び回り、一つ一つ正確に回避していく。
「やああああ!」
再びの斬撃。二撃、三撃と一つに繋がれた一対の剣が、素早く連続攻撃を繰り出して行く。
『グガアアアアアアア!!』
再び断末魔が上がる。
もはや、竜にルーアを捕らえる術も、ルーアの攻撃を防ぐ術もない様に見えた。終わりが見えてきた。
けど、油断はできない。
竜の周りに、淡い燐光がまとわりつく。魔術行使だ。
ルーアの神子の力は、大規模な魔術儀式によって、降ろされた力だ。それの発現に魔術を用いているのなら、魔術で破壊できないわけがなく、高い魔術能力を持つ竜が、それをできないはずがない。
ここにきて、また竜の魔術が立ちはだかる。
『お願いしますよ』
ルーアの声が届く。
(まったく、面倒な役割を押し付けてくれる!)
「我が魔力の楔よ! 魔術の理を穿ち、その術式を破壊せよ!」
竜が放つ魔術、それを俺が破壊する。最初から最後まで、竜の魔術を対処する。それが、今の俺の役目だ。これが叶わなければ、勝ち目はない。
「やああああ!」
エルフ族の双曲刀を巧みに操り、ルーアが竜へと連撃を叩きつける。それにより、竜の黒い胴体に赤い傷口が刻み込まれていく。
『ガアアアアアア!』
断末魔にも似た咆哮が上がり、竜が暴れだす。
手を振り、翼を叩きつけ、尻尾をのたうち回せる。それにより周囲の木々がなぎ倒されていく。近付こうものなら容赦なく叩き落とされそうな状況だ。
けれど、そんな状態であってもルーアは構わず距離を詰め、竜の攻撃を舞うように躱していく。
「はあああ!」
再びルーアの斬撃が叩きこまれる。
『グアアアアアア!』
徐々に徐々に、竜が追い詰められていく。そうなると、竜は次の手を取り始める。
それは、逃走。いくら強力な竜とて、勝てない相手と戦い続けるほど馬鹿ではない。
竜はすぐさまルーアから背を向け、一目散に逃走を図る。だが、ルーアはそれを逃そうとしなかった。素早く竜の行き先に回り込む。
竜はその年齢ごとに力を増していく。今勝てたとしても、いずれは勝てなくなる時期がやってくる。そして、竜は執念深い生き物だ。ここで倒さなければ、いずれ取り返しのつかない脅威となって帰ってくる事だろう。だから、ここで倒さなければならない。
『グオオオオオオオ!』
目の前に現れたルーアを見て、竜は足を止める。そして、逃がしはしないという此方の意志を汲み取ったのか、即座に攻撃へと移る。
前足を振り下ろし、噛みついてくる。だが、結果は見えている。
ルーアが羽を羽ばたかせると、右へ左へと舞い、竜の連撃を意図も容易く回避する、そして、
「はあああ!」
双曲刀がきらめくと共に、二撃、三撃と連撃が竜へと叩きこまれる。
『ガアアア――……』
ダメージが限界を超えたのか、ようやく竜の動きが散漫になっていく。
ゆっくりと身体を沈めていく竜の姿を見て、ルーアが剣を構えなおす。止めを刺そうとしているのだ。
「ごめんなさい」
構えた剣を振り上げ、そして――
竜の眼光が光った。最後の最後で抵抗を仕掛けてきた。
『グオオオオオオ!!』
力の限り咆哮を上げると、ルーアへと手を伸ばした。ルーアはそれを見て、ブレーキを掛ける。だが、それがいけなかった。
「な!」
ガシャガシャガシャと音が鳴り響いたかと思うと、ルーアの周りに魔術の鎖が伸びてきて、ルーアの身体を捕縛する。
鎖に捕縛されたルーアはもはや逃げる事ができず、竜の手中に収まる。
最後の最後の抵抗。それが、ルーアを捕らえたのだ。だが、ルーアはそれを見て、笑っていた。
「最後は、お任せします。私の騎士様――――」
「結局、最後まで任せきりかよ!」
強く地面を蹴り、高く跳躍する。そして、竜の背後を取ると、手を翳し、一言『来い!』と念じる。
すると、俺の手元に先ほどエルフの騎士に渡した剣が戻ってくる。
「らああああああ!」
最後の一太刀。それを、俺は竜の首元へと振り下ろした。
大きく血飛沫が舞う。そして、太く、大きな竜の首が舞い散る流血と共に、宙に舞った。
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