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初陣

   ――Another Vision――


闇の中から、人の子供くらい、深い緑色の肌に長く大きな耳をした亜人種――ゴブリンが姿を現す。


「陣形は話した通りだ。前方の敵にはクレアが、イーダはその援護と遊撃。ユリには後方の足止めを頼む。前方の敵を排除したら駆け抜けるから、倒すことまでは考えなくていい。

 あとは適宜指示を出す。頼むよ」


 ヴィンスが指示を飛ばすと、クレア、ユリ共に剣を引き抜き、それぞれの相手へと向き直ると静かにうなずく。


「攻撃開始!」


 合図が告げられ、それと同時にクレアが前方のゴブリン達に向かって駆け出す。


 前方の敵の数は……目視で3、あとは暗闇でわからない。


 ガシャガシャと音を立てクレアが走る。


 クレアの体格は一見華奢でそれほど大きくはない。だが、さすがに自分より大きな相手。それが音を立てて迫ってくる様には、やはり恐怖を覚えるのだろう、ゴブリン達はたじろぐ。クレアはそれを逃さず突撃し、剣を振るう。


 ゴブリン達は慌ててクレアの攻撃を避ける。俊敏として知られるゴブリンだけあって、隙を付いたからと簡単に仕留められはしないみたいだ。的確にクレアの攻撃を避けていく。


 間合いの長さの違いからか、警戒し、ゴブリン達は攻撃には出れていないようだ。


「イーダ。攻撃を」


 そんなクレアとゴブリン達の攻防を眺めていると、ヴィンスから指示が飛んでくる。


「チッ」舌打ちがこぼれる。


 そんな事ぐらいわかっている。


 イーダはすぐさま駆け出す。軽い革鎧に身を包んだ身体。クレアと異なり、その動きには一切の音はない。斥候のスキル音無き足取り(サイレント・ムーブ)だ。


 気付かれずに、クレアに釘付けになったゴブリンの背後に回り込む。


 ようやくゴブリンがこちらに気付く。だが、遅い。


 手にしたダガーを振りぬき――一閃。


 軽い斬撃。大した威力などはない。けれど、その攻撃を相手の急所に的確に叩き込むことで大打撃へと変換する。急所攻撃(スニーク・アタック)、斥候が得意とする攻撃スキルだ。これなら、非力なイーダでも大打撃を与えられる。


 一撃。たったそれだけで、ゴブリンは意識を失い動けなくなる。


(まずは一つ)


「ありがとう」


 ゴブリンを仕留めたイーダに、対峙していたクレアが感謝を述べる。


「前、まだ終わりじゃないよ」


「うわっと」


 一瞬のスキ。それを見逃さず、ゴブリンが飛び掛かってくる。それをクレアはぎりぎりのところで受け流す。


「やあぁ!」


 そして、それを返す刀で大きく振りぬく。


 力任せの重たい一撃。命中を犠牲に威力を求めた攻撃。戦士が得意とする強打(パワー・アタック)のスキルだ。


 イーダとは違った純粋な力による強烈な一撃。それでゴブリンは胴から叩き切られる。それを見て、クレアは一歩前に踏み込み――


「はああ!」


 さらに横に大きく振り抜き、そのまますぐそばのゴブリンへと切りかかる。戦士のスキルの薙ぎ払い(クリーヴ)だ。


 さすがにすべてがうまく行くわけではない。続けざまの攻撃は、軽く避けられてしまう。


 けど、それで問題ない。今の攻撃で、ゴブリン達の注意が再びクレアへと向けられた。それだけで効果は大きい。


 避けたゴブリンを見て、クレア前へと踏み込み。ちょうど、イーダとゴブリンの間に滑り込む。


 クレアによる遮蔽を使い、イーダはゴブリンの視界から消える――隠れ身ハイド・イン・シャドウだ。


「ゴブ!?」


「遅い!」


 急所攻撃。銀の一閃がゴブリンの首筋を抉る。


(これで二つ)


 獲物を引き抜き、振り払うと、ゴブリンは力なく倒れ伏せる。


「あとは……」


 倒れたゴブリンから目を離し、次の目標を探す。


「あ――」


「イーダ! 避けろ!」


「え?」


 風の薙ぐ音が耳元で聞こえた。とっさに大きく後ろへと跳躍する。


 バコーン! 衝撃音と共に水路の石畳が砕かれ砂埃が上がる。


「な……」


 驚く。ゴブリンがこれほどのパワーを持つなどという話は聞かない。なら、別の敵がいるのか?


 ずしん、ずしん。砂埃の向こうから何かが姿現す。


 人? いや、それより少し大きいか……。


 青黒い肌に大きな耳。いくつかの点において、それはゴブリンの特徴と酷似していた。けれど、その者の姿はゴブリンと大きく異なるものだった。


 頭身、身長、体格……どれもゴブリンとは違う。けど、ゴブリンに見える。


(大きいゴブリン? いや、バグベアか!)


 バグベア。ゴブリンの近類種だ。見た通り、ゴブリンと似たような特徴を持つが、体格などが大きく違う。ゴブリンと異なり、単独行動を好むと聞いていたが……時折ゴブリンの集団の用心棒などをやっているという話もある。


 人間以上のパワーを持つ種族だけに、その危険度はゴブリンと大きく異なる。


 ギロリ。バグベアがイーダを睨みつけてくる。


 威圧感。あんなパワーを見せられると、自然と身体が強張る。


「今そっちに――」


 クレアが駆け出す。


 バグベアの視線がイーダに向いていた。それはクレアから注意がそれている事を意味する。


「ウゴオオオォォ」


 だが甘い。足音に気付き、バグベアはすぐに手にした棍棒を薙ぎ払う。


 バーン!


 バグベアの棍棒が地面を削り壁を砕く。クレアは寸前で足を止め、どうにかその攻撃を避けることができた。もし、それに間に合っていなかったら、怪我では済まされなかっただろう。それほどの破壊力があるように見えた。


(きついな……これは……)


 バグベアを見据え一歩踏み出す。するとバグベアはすぐにイーダへと目を向ける。


 知覚力が鋭い。そう簡単には死角をつく事が出来そうにない。それに、身体も大きく間合いも長い、これではこちらが踏み込むより先に相手の攻撃が飛んでくる。


 一撃で再起不能にできそうなほどのパワー、それが先制攻撃で飛んでくる。相当まずい状況だ。


 クレアもそれを理解しているのか、十分な距離を取り、バグベアと対峙していた。


(どうする?)


 一度PTの後方――ヴィンスの方へと目を向ける。


 ヴィンスは――血の気を引いた顔で、困惑した表情を浮かべていた。


「チッ」また舌打ちが零れる。


 PTの指揮官で、PTの危険に対し対処が迫られる立場。こういう時こそ動く人間じゃないのかよ! そう毒づく声が零れそうになる。


 もともとそれほど信用していない相手ではあったが、それでもいら立ちを覚える。


「ウゴオオオオ!!」


 バグベアが咆哮を上げた。一気に距離を詰め、棍棒を振り下ろしてくる。


 避けようとイーダは横へと飛ぶが、それでバランスを崩してしまう。


「まずい!」


 倒れていく身体。このまま倒れたら危ない――そう思った時だった。


「そのまま下がれ!」


 視界の端を何かが掠める。


 風を切る音。


「ウゴオオオオ!」


 バグベアの叫び声。


 受け身を取り、イーダの身体は地面を転がる。そして、すぐさま身体を起こす。


 目の前にはいつの間にか人影があった。黒いローブに大振りの曲刀を携えた男――ユリの姿だ。


「あぶねぇ~間に合ったぁ~」

お付き合いいただきありがとうございます。


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