竜の力
「はあああああ!」
真っ直ぐ一直線に駆け出し、竜と距離を詰めると、エルフの騎士が曲刀を竜へと振り下ろした。
ガシュ! エルフの騎士が振るった剣が、竜の肌を浅く引き裂く。完全ではないが、エルフの騎士の剣が、固い竜の鱗を切り裂いたのだ。
『グオオオオオオオオオオオ!!』
それにはさすが竜も、とうとう本気の怒りを見せる。
竜は大きく口を開くと、そのままエルフの騎士へとブレス攻撃を仕掛けようと構える。その口元に、わずかに魔力の燐光が灯る。来たか!
「我が魔力の楔よ! 魔術の理を穿ち、その術式を破壊せよ!」
精神を研ぎ澄ませ、竜の口元に灯った魔術の流れを破壊する。
『魔術相殺』。使用されようとしている魔術を破壊する魔術だ。これにより、竜が使使用しようとしていた『属性変換』の魔術が破壊され、竜の口からは元の酸の息吹が放たれる。
バシュー! 勢いよく噴出された酸の息吹は、眼前のエルフの騎士を飲み込み、周囲の物を溶解させる。だが、無意味だ。
エルフの騎士にはすでに、『酸からの守り』の魔術で、それは無効化されている。
「くっ……」
エルフの騎士から苦悶の声が漏れる。よく見ると、彼女が纏っている衣服の一部が溶け出していた。
「二発は持たないか……」
『酸からの守り』。この魔術は、強固な守りの魔術ではある。だが、完璧ではない。この魔術が守れる許容量を、竜の攻撃が超え始めたのだ。
「我が魔術の導きよ。我が身を纏う衣となりて、荒ぶる力の奔流から、我等を守れ!――」
魔術の限界を見て、俺は再度魔術を掛けなおそうとする。だが――
『ガアアアアア!』
竜が大きく咆哮を上げた。すると、俺の目の前に展開していた魔術の術式が砕け散った。『魔術相殺』。竜がそれを使用してきたのだ。魔術を扱えるのなら、当然これも使用してくる。
「クソ……」
俺はそれに悪態が零れる。
竜と相対した時、竜が持つ能力の中で何が最も脅威であるか? そう聞かれた時、俺はまず魔術だと答える。これは、俺が魔術師であり、魔術に対しての贔屓目な評価が入っているかもしれないが、おそらく多くの者が同じように答えると思う。
魔術は脅威だ。それは出来ないことを可能にでき、他者の自由を容易に奪う事ができる。魔術を使えると言うだけで、他の能力全てが他者に劣っていたとしても、簡単に優位が取れてしまう。これは戦士が魔術師に敵わない理由であり、魔術がそれだけ脅威である理由だった。
魔術を対処できなければ竜に勝つ事などできない。対処できなければ、安全圏から一方的に攻撃を加えれらるだけとなる。
魔術は脅威だ。だが、竜の魔術はただ脅威というのとは少し違う。竜は魔術に対する高い抵抗力を持つ、故に竜に対して魔術で危害を加える事はほぼ不可能と言える。どうにか魔術戦で優位が取れたとしても、全体的に見て優位が取れるわけではない。ただ、状況がイーブンなるだけ。
魔術を対処しなければ始まらないが、対処できたからと言って、勝ちに近づくことはない。故に、竜の持つ魔術は非常に厄介で、脅威的と言えるものだった。
『グオオオオオオ!!』
竜が大きく咆哮を上げる。すると、竜の周囲に淡い魔力の燐光がともり、そこから複数の閃光が俺へと発射された。
魔術がどれほど脅威であるかは竜も知っているのだろう。竜は攻撃目標を俺へと切り替えてきた。
「チッ!」と舌打ちが零れる。
迫る閃光に俺は、魔術相殺を試みようとするが、寸前で取りやめ回避する。俺がその場を飛び去ると、その場を閃光が貫き、一瞬の内に炭化させていく。『灼熱光線』の魔術だ。
魔術の使用回数には限りがある。高位魔術に対する『魔術相殺』ともなると、そう何回も使えない。そのリソースが切れた時が、俺達の負けが確定する時だ。
竜は魔術抵抗があるが故に、魔術のリソースのほぼすべてを攻撃に回せるが、こちらはそうはいかない。竜の持つ驚異的な身体能力からの物理攻撃に、ブレス攻撃に対処しつつ、竜の魔術攻撃にも対処しなければならい。竜の魔術すべてに『魔術相殺』を打ち込んでいては、リソースが先に尽きるのはこちらだ。だから、減らせるリソース消費は、減らしていかなければならない。
キラリと閃光が走る。続けて竜が『灼熱光線』の魔術を使用してきたのだ。
着地際に狙いを定めたその攻撃に、危うく当たりそうになる。目の前を熱い閃光が駆け抜けていく。当たれば即死だ。
「辛いな」
綱渡りな状況。そんな状況に、つい弱音が零れてしまう。
「はああああ!」
エルフの騎士が、再び竜へと攻撃を仕掛ける。力を込めた一刀が、竜の皮膚を浅く引き裂き、血が浅く噴き出す。
『グルルルルル……』
これに怒りを見せたのか、竜がエルフの騎士を睨みつけると、威嚇するように喉を鳴らした。
注意が俺からエルフの騎士へと移った。さすがに無視はできないようだ。
「よし、よし、それでいい」
正直、俺一人で竜の意識を引き続けるのは困難だ。エルフの騎士に少しでも注意がそれてくれることがあるのなら、それはありがたい。
『グガアアアアア!』
竜がすぐに攻撃へと移る。前足を振り上げ、眼前に居るエルフの騎士へと振り下ろす。エルフの騎士は、それに対しすぐさま後方へと回避しようとする。
竜の攻撃は素早い。だが、機敏で俊敏である事で有名なエルフだ。そこに魔術で素早さを強化した状態であれば、いくら素早い竜の攻撃であれ、合わせることができる。
竜の爪が空を切り、地面を大きく抉る。だが、竜の攻撃はそれで終わりはしなかった。地面を抉った事で、土砂が巻き上げられ、それが傍のエルフへと振り掛かる。それがちょうど、エルフの視界を遮断する。
『ガアアアアアア!』
竜が、視界を奪われたエルフへと首を伸ばし、噛みつきに掛かる。
「まずい!」
竜の攻撃方法の中で、魔術やブレス攻撃を除いた物理攻撃の中で最も強力なのは、爪による一撃ではなく、その鋭い牙と筋力による噛みつきだ。あれを受けてしまえばひとたまりもない。
竜の必殺の一撃がエルフへと迫る。
「くっ!」
エルフの騎士は、それをどうにか避けようと、態勢を崩しながら、さらに後方へと跳躍する。
それが功を奏したのか、竜の牙が再び空を切り、エルフはその必殺の一撃を回避する。だが、それが良くなかった。
エルフへと伸ばされた頭部、それがエルフの身体を強打し、そのまま彼女の身体を宙へと吹き飛ばす。
『ガアアアアアア――――』
宙へと舞ったエルフの身体へ向けて、竜が再び口を大きく上げる。
「しま――」
いくらエルフが素早いとはいえ、エルフ達に飛行能力がないのだから空中では回避を試みる事ができない。
「間に合え!」
宙へと舞ったエルフの騎士の姿を見て、俺はすぐさま彼女の元へと跳躍する。魔術で強化された瞬発力は、どうにか俺を彼女の元へと届かせてくれる。
『ガアアアアア!』
大きく口を開けた竜が、再び首を伸ばし襲い掛かってくる。
「我が魔術の光よ。楔を放ち、その身を捕らえよ!」
俺は素早く詠唱を唱えると共に傍のエルフの身体を抱え込むと、竜ではなく傍の地上へと手を翳す。すると、そこから魔術の楔とそれにつながった鎖が引き延ばされ、地面へと突き刺さる。そして、伸びた鎖を掴み引き寄せると、俺の身体は地面へと引っ張られた。
『魔術の錨』。本来は、敵に打ち込み、敵を引き寄せる。もしくは、自身を敵の元へと引き寄せるために扱う魔術だが、空中で身体を動かす時にも役に立つ。それを利用し、俺は竜からの攻撃に回避を試みた。
ガツ! と大きな音が後方で響き渡る。ちょうど、つい先ほど俺とエルフの騎士の身体があった場所だ。どうにか避け切ることができたらしい。
「大丈夫か?」
魔術に錨に引き寄せられ、地面へと着地すると、すぐにエルフの身体を下ろし安否を確認した。
「大丈夫です。問題ありません」
少しだけ表情を歪めたもののエルフの騎士はすぐに立ち上がった。
『グオオオオオオ!』
竜が大きく咆哮を上げる。獲物を逃したことで怒りを見せたのか、今度は強く俺を睨みつけ、襲い掛かって来てた。
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