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過去の出会いと

   ――Another Vision――


 ガキーン! 固い何かがぶつかり合う様な、そんな甲高い音が響いた。


 続けて、ドスドスーンと竜が多々良を踏んだような音が響き渡り、小さく何かが着地する音が続く。


 エリンディスの前に、誰かが着地したのだ。誰かが――助けに来たのだろうか?


「無事か? ルーア」


「え?」


 声を掛けられる。安否を確かめる声。その声は初めて聴く声だった。


 知らない声。そうであるはずなのに、胸の奥底から湧き上がるものを感じた。


 知らないはずの声。いや、知っているのだ。エリンディスはこの声の人物を知っている。そんな気がしてならなかった。


 状況がそうであるからだろうか? エリンディスには目の前に人物が、ずっと追い求めてきたその人物に思えてしまう。


 あり得ないはずなのに、そうであると――


「ユリ……様……ですか?」


 尋ねる事が怖かった。もし、尋ねてしまったら、目の前の現実が幻として消えてしまうかもしれない。それが、怖かった。けれど、伸びた手は彼の姿を掴んでしまった。声が……零れ落ちる。



「その様を付ける呼び方やめろって、前に言ったよな」



 返ってきた言葉は、否定ではなく――いつか聞いたそんな言葉だった。


「ああ……あああ……」


 溢れてくる。感情が溢れ、そして、零れ落ちた。


「ご無事ですか! エリンディス様!」


 唐突に現れたユリに続き、遠くからシアの声がエリンディスの元へとやってくる。


 実感する。助けに来たのだと、目の前に現れた現実が、幻ではなく現実であると、そう強く示してくれる。


 身体が崩れ落ちる。感極まった感情が、一時的にエリンディスから力を奪ってしまった。こんな場所であるのに、力が抜け崩れ落ちてしまった。



『グオオオオオ!』



 咆哮が上がる。激怒した竜が咆えたのだ。竜はまだ倒されていない。


 怒りを見せた竜が踏み込み、エリンディス達へと襲い掛かってくる。エリンディスはまだ動けない。けど――



 ガキーン!



 再び弾かれる様な音が響き渡る。


 ユリが竜の攻撃を弾いたのだろう。守ってくれているのだ。あの時の様に、ユリがエリンディスを守っている。


 それが嬉しくて、心地よい。


   ――Another Vision end――




 眼前で火花が散る。腕にビリビリと鈍い痛みが走る。


 襲い来る竜の爪を、剣で弾いた。けれど、竜の力はそれでは殺しきれず、腕が悲鳴を上げる。


「痛ッ! 早く逃げるぞ!」


 振り返り、そう告げる。けど、ルーアはまだ蹲ったままだった。


 何があったかは判断が付かない。安心感から力が抜けたのか、蹲ってしまったのだ。


 動いてもらいたい時に、動いてもらえない。それに少しだけ苛立ちを覚える。


『グオオオオオオ!』


 竜が怒りから、威嚇するように咆哮を上げる。まずい、本気で襲い掛かってきそうだ。


「そこのエルフの騎士、ルーアを退避させろ」


「は、はい!」


 動いてくれないのなら、無理やり動かすしかない。俺は指示を飛ばす。


『ガアアアアアア!』


 竜が大きく口を開く。ブレス攻撃の予備動作だと分かる。


 黒竜……属性腐食……酸か? いや――


 竜の口元に淡い魔法の燐光が零れる。『属性変換エレメンタル・サブスティテューション』竜たちだけが持つ、ブレス特性を返還させる魔術だ。


(厄介だな……まったく)


「我が魔術の導きよ。我が身を纏う衣となりて、荒ぶる力の奔流から、我を守れ! 酸からの守りプロテクション・フロム・アシッド!」「破砕せよ!」


 詠唱を一節、そして、それと同時に高速詠唱で別の魔術も行使、さらにはそのうちの一つに多重化の処理を施す。


 すると、竜の口元に浮かんだ魔術の光が砕け散ると同時に、俺とそれから背後に居る二人のエルフの身体に薄っすらと魔術の燐光が纏わり付く。『魔術相殺(カウンター・マジック)』で相手の『属性変換エレメンタル・サブスティテューション』の魔術を相殺し、『酸からの守りプロテクション・フロム・アシッド』で身を守ったのだ。


 バジュー! 一拍遅れて、黒竜の酸の息吹が発射される。


 強烈な酸が周囲のあらゆるものを溶かし、薙ぎ倒していく。


「くっ……」


 ギリギリで、何とか防ぐ事が出来た。けれど、中級魔術二つのほぼ同時詠唱に、それぞれに【高速化】【多重化】の魔術修正と負荷が大きい。


 軽く頭痛が走る。脳の神経が焼ききれそうになる。こんな無茶な魔術行使、普通だったらまずしない。


「無事か?」


 竜の攻撃には間に合った。けど、念の為、再度安否を確認する。


「すみません。助かりました」


 すぐにエルフの騎士から返答が返ってくる。声を聴く限り、問題はなさそうだった。


「動けるか?」


「すみません。まだです」


 次の質問を投げる。ルーアはまだ蹲ったままらしく、まだ動けないようだった。


(何やってるんだ!)


 つい悪態が零れそうになる。


 竜が睨みつけてくる。先ほどの攻撃を防いで見せた事で、多少なりとも脅威として受けとったのだろう。警戒心を見せてくる。


 このまま動かないでいてくれたらありがたいのだが……おそらくそうはいかないだろう。なら――


 俺は即座に駆け出す。保護対象を背後に抱えたままでは戦い辛い。少しでも距離を引き離し、安全を確保するべきだ。そう判断した。


 竜の目線が、じっと俺の後を追ってくる。注意は引けているようだ。


「こっちだ!」


 詠唱を一つ唱え。手を大きく振る。すると、一瞬の内に竜の周囲が凍てつく。一瞬にしてすべてを凍てつかせる『冷気の一撃(コールド・ストライク)』の魔術だ。だが――


「ダメか……」


 竜にはその効果が一切現れなかった。



『グオオオオオ!』



 竜が咆える。そして、それと共に大きく跳躍し、俺へと襲い掛かってきた。


 素早く前足が振り下ろされる。竜の巨体からは想像できないほど素早い一撃。簡単に避ける事は出来ず、俺は剣を盾にして防ごうとする。


 ガキーン! 火花が散り、剣を掲げた両腕に強い痛みが走ると、俺の身体は宙へと吹き飛ばされた。まともに受けきる事ができなかった。




   ――Another Vision――


 タ、タ、タ、と一つの足音が遠ざかっていくと、それから少し遅れて大きな竜の足音が続く。おそらく、ユリが竜の注意を引き付け、引き離しに行ったのだろう。動けなくなったエリンディスを助けるための判断だ。それに、また嬉しさを覚える。


「大丈夫ですか?」


 そっとシアが、声を掛けてくる。


「すみません。ご迷惑をおかけしました」


 少しずつだが、気持ちが落ち着きを取り戻し、力が入るようになってきた。


「そんな……お役目ですから。それより、立てますか?」


「大丈夫です。問題ありません」


 シアに促され、エリンディスはようやく立ち上がる。


「では、この場を離脱しましょう」


 そして、次にそう促してくる。これが、彼らがここへ来た目的なのだろう。けれど、それにエリンディスは首を振った。


「逃げる事は出来ません」


「なぜですか!?」


「それは……おそらく、今の私達では竜から逃げきる事は出来ないからです」


 竜の疾走はあの巨体でありながら素早く、振り切る事は難しい。そして知覚能力も優れているため、隠れてやり過ごすなどという事もできない。物理的な移動で逃げきる事はまず不可能と言える。竜を引き連れたまま、皆の元へ戻るわけにはいかない。


「では、どうするのですか?」


「ここで、あの竜を倒します」


 逃げきる事は出来ない。その上、竜を連れたまま戻る事も出来ない。なら、取れる選択肢は、これだった。


   ――Another Vision end――




 強い衝撃を受けると、それを受け止めきれず、俺の身体は宙に舞った。凄まじい威力だ、こんなの完全に受けようがない。


 吹き飛ばされ、どうにか態勢を整えると、そのまま地面に着地した。


 表情が歪む。どうやっても良い方向へイメージが向かない。そんな、少しの苛立ちを覚えた時だった。


『ユリ様、聞こえますか?』


 頭の中にルーアの声が届いた。『念話(テレパシー)』の魔術だ。


「なんだ? いきなり」


 神経を張り詰めた状況。そこに割って入ってきた言葉に、つい強い口調で答えてします。


『ここで、あの竜を倒します。お手伝いいただけますか?』


「はぁ!?」


 ルーアから飛ばされてきた言葉、それに俺は声を荒げる。


 それもそうだろう。俺がここに来たのは、ルーア捜索の協力であり、竜討伐に力を貸すためではない。こんな化け物じみた相手の戦いなど、出来ればしたくはない。それも、しっかりと場の整った状況ではなく、この場に三人だけでだ。どう考えても割に合わないし、状況が悪すぎる。


『グオオオオオオ!』


 竜が口を広げ、俺へと噛みついてくる。俺はそれをギリギリのところで回避する。軽くステップを踏み、少しだけ距離を取りながら竜と対峙する。それに竜は見つめ返してくる。


 竜の知覚能力は非常に高い。高い視認能力を持つ上に、例え視認できなくても、音や嗅覚だけでもこちらを探知できるだけの能力を持つ。逃げ切るためには、視覚、聴覚、嗅覚、ほぼすべてから逃れなければならない。その上、竜は魔術を扱える。当然、探知魔術なども使用してくる、逃げるためには当然それらからも逃げなければならない。


 現状、ルーア捜索のために来ただけで、対竜用の装備などを用意している訳もなく、それら竜の知覚能力を対する術もない。


 竜討伐。割に合わない仕事と言えるが……だからと言って、竜から逃げる手立てもない状況だった。討伐、ないし瀕死にまで追い込む。それが生き残るための条件とも言えた。


「分かった。何をすればいい?」


 暫らく考え込み、それからそう答えを返した。



『――では、お願いします』

お付き合いいただきありがとうございます。


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