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届かない声

   ――Another Vision――


 『エルフには人の心がない』。そんな言葉を、エリンディスはエヴァリーズを出てから聞いた。


 なぜ、そう呼ばれるか? それは、エルフは感情の起伏が乏しいからだと言われている。特に、悲しみという感情に対しては鈍いと言われ、それ故、エルフは人からそう評価されるているようだった。


 事実、エルフは悲しみという感情に対し、酷く鈍い。悲しみに起因し、涙を流すエルフなど、エリンディスは見た事が無かった。



 そう、誰も涙を流さなかったのだ。



 昔、幼い頃に母が亡くなった。


 エリンディスの母は、エリンディスと同じで古エルフでありエルフの神子だった。だから、エルフの間で愛され、葬儀には国中のエルフが参加していた。


 けれど、誰も涙を流さなかったのだ。誰一人涙を流す事はなく、皆俯き、黙祷を捧げるだけだった。


 父であるアラノストでさえ、母の死を前に涙を流す姿を見せなかったのだ。


 多くの参列者のなかで、泣いていたのはただ一人エリンディスだけだった。


 その時初めて、他者に恐怖を覚えた。


 目に映った彼らの姿は、魂を持たない木偶人形。エリンディスにはそんな風に見えてしまったのだ。それが、怖かった。


 だから、エリンディスは逃げ出したのだ。ここは、自分の居るべきではない。自分が居るべき場所は、エリンディスを優しく包み込んでくれた母が居る場所だと。そう、思ったのだ。


 だから、目指したのだ。森の奥にあると言われる、妖精界を――。



 エルフが死ぬと、その魂はエルフの神々が住まう妖精界へと運ばれると言われている。だから、妖精界へと行けば、死んでしまった母に会えると、そう思ったのだ。


 けれど、そんな無謀な挑戦が叶う事はなかった。


 エルフの森は深く果てしない。ここで暮らすエルフでさえ、その全容を知らない。さらには、妖精界への道というのは、神話の中だけの話で実在するかすら分からない。そんな場所へ、子供のエルフがたどり着けるわけもなく、エリンディスは深い、深い森の中へと迷い込んでしまった。


 疲れと筋肉疲労から、気怠さと鈍い痛みが身体中を支配する。そして、終いには動けなくなる。


 エルフの森は安全では無い。エルフの森と言われていても、エルフだけの森ではないからだ。多くの獣が住み、危険な魔獣も住み着いている。


 そんな中で、一人の少女が迷い込めば、それは奴らの格好の獲物となる。


 エリンディスが、そんな危険な魔獣たちに狙われるのは、そう時間のかからない事だった。




 ――――本当に、よく似ている。



 気怠さと痛みで身体は動かない。そして、目前には自分に害をなす魔獣が居る。


 抵抗する力さえないエリンディスには、死を待つしかなかった。



 ――――似ている。本当に……。



 ――――そして、あの時は……あの方が、助けてくれたんだ。



 消耗し、動けなくなったエリンディスを襲った魔獣たちは、何処からともなく一人の少年の魔術によって、追い返され、エリンディスは助かったのだ。



『大丈夫?』



 たどたどしく告げられた少年のエルフ語は、今でもよく覚えている。


 その時初めて、母以外からの人の温かさを知ったのだ。


 恐怖や孤独、悲しさの中で感情の処理が追い付かず泣き続けるエリンディスを優しく抱きとめてくれた。


 それが、心地よくて、とても暖かった。安心できたのだ。その場所が。だから、求めた。ずっとずっと求めた。


 けれど、その場所はエリンディス前から消え。まるで幻で在ったかのように、奇麗に消え去ってしまった。


 最初から分かっていた事だ。人とエルフは生きる場所も、生きる時間も違うのだ。


 人とエルフが共に過ごすのは、エルフの長い生涯において、ほんと一瞬の瞬きに過ぎないのだ。あの心地よく暖かい場所は、瞬き一つで消えてしまう。そんな場所でしかなかったのだ。



「ダメ……ですね。私は……」


 竜の開かれた口が迫る。こんな状況であるのに――この世界に暮らすエルフにとって大きな問題が目の前にあるのに、エリンディスが思い浮かべた事は、自分の事だった。


 自分のどうしようもない思い出と、叶う事のない願いだった。こんな身勝手で、自分勝手な存在で良いのだろうか? そう思わざるをえない。


「私を……救ってくれますか? 私の騎士(ナイト)様……」


 けど、止められない。思ってしまったら……思い出してしまったら、求めずにはいられなかった。


 真っ直ぐと、届くはずのない、手を差し伸ばした。


 届かない言葉だ。分かっている。でも、もしかしたらと、そう思う。だから、自然と言葉が零れた。


 竜の咢が迫る。過去の光景と重なる。迫るき獣の牙、迫る竜の牙。おんなじだ。そして――



 ガキーン!

お付き合いいただきありがとうございます。


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