いつかの記憶
――Another Vision――
浅い微睡の中に意識が漂っていた。意識して瞼を開けば、そのまま目が覚めそうで、そうでありながら身体は言う事を聞かず、目が覚める事もない。そんな奇妙な感覚がずっと続いていた。
封印されているのだ。直接、危害を加えず、それでいて自由と意識を封じ込める。そうする事で、防衛本能からくる能力の発露を封じ、安全かつ確実に移送できる。そうやってエリンディスを連れ去ったのだろう。
淡い意識の中で、声が聞こえる。微かに届く、外からの声だ。
「これが……例のエルフの神子ですか?」
「そうだ。こいつを例の場所まで運んでくれ」
「分かりました」
「あ、そうそう、くれぐれも良からぬことは考えない様に、彼女への封印は完全じゃない。高い魔術抵抗を持つが故に、ちょっとしたことで崩れるかもしれない。
そうでなくとも、竜は処女の肉を好むという。下手な事はしてくれるなよ」
「は、はい……」
身体が揺れる。運ばれているのだ。
外は、どうなっているのだろうか? 私はどうなるのだろうか?
封印により半覚醒のままでは認識する事が出来ない。
しばらくそうやって運ばれていくと、ようやく何処かへとたどり着いた。ここが、彼らの目的の場所なのだろう。
「さぁ、目的の品をお届けに参りました。どうぞお受け取りください」
パキパキパキ……パキーン!
意識を塞いでいた枷が取り払われていく。そうすると、ようやく意識が覚醒、感覚がよりはっきりとしてくる。
緑の臭いに、柔らかな湿気……等々。外の世界の情報が、視覚を除いてエリンディスへと流れ込んでくる。それらをもとに、エリンディスは視界の輪郭と色を入れていく。
エリンディスはどこかの湖畔に立っていた。
記憶にない、知らない場所。そこに一人立たされていた。他には誰も居ない。ここへと連れてきた者達の気配さえなく、エリンディスはここに立たされていた。
静かな場所だ。何一つ音はなく、時が静止している様にさえ感じられる。
ゴボゴボゴボゴボ……。
静寂で満たされたこの場所に一つの音が響き渡る。水中から水面へと上がり弾ける気泡の音。
何かが居る。その音が、此処で自分以外の何かが居る事を示す。
湖の水面が揺らぐ。水中に居た何かが動いたのだ。それが、スーッとエリンディスの立つ岸へと向かって来る。そして――
ザバーン! と大きな水音を立て、それが姿を現した。
大きい。色までは解らない。だが、見上げるほどに大きく、驚異的な姿をしている事だけは理解できた。
竜だ。すぐにその回答へと思い至る。
ドスーン! ドスーン! ドスーン!
大きな足音を立て、竜はゆっくりとエリンディスの傍へと歩み寄ると、その長い首をもたげた。
「私を……食べるのですか?」
エリンディスは目の前の竜へと問いかける。
エリンディスがここへと連れてこられた目的や意味は分からない。そして、竜の真意も分からない。だから、尋ねた。
けど、竜はそれに答える事はなく、ゆっくりとその大きな口を開いた。
「そうですか……残念です」
話ができない。危害を加える意思がある。そうであるのなら、自身の身を守るため戦うしかない。そう判断せざるをおえない。
「|剣をここに《I turma símen》。|守りをここに《I macil símen》」
――Another Vision end――
「エリンディス様は……無事でしょうか?」
巨大な木々の木の音が絡み合う凸凹とした地面を大きく跳躍しながら、俺は深い森の中は駆け抜けていく。
その後ろを巨大狼に騎乗したエルフの騎士――フェロススィギルが付いてくる。
真っ直ぐと、奥へ奥へと進む俺に、フェロススィギルがそう問いかけてきた。
俺はそれに、無言の回答を返した。正直、安否に付いては解らない。それが判るほど精度の高い探知魔術は現状では使用できないからだ。
「場所は……分かっているのですよね?」
そして、答えない俺に、焦りからかもう何度目かの問いを投げかけてくる。
「場所に付いてはつかめている」
「では……どこまで走らせるのですか?」
苛立ちの籠った声音で、問い返しが返ってくる。もう、結構な時間森の中を走っている。けれど、一向に目的の場所へとたどり着く気配が見えてこない。
大分距離が遠いのだ。
近くまで転移できれば、と思わなくもないが次元が乱れている場所への転移は非常に危険だ、何処へ飛ばされるかが分からない。だから、こうやって足でその場所へと向かうしかない。非常にじれったい状況だった。
「まだ先だ。もう少し速度を出すぞ。付いてこられるか?」
「望むところです」
足を踏みしめ、再び跳躍する。それに合わせ、詠唱を一つ、それによりさらに速度を上げた。
――Another Vision――
『グォオオオオオオ!』
「守りよ!」
強烈な衝撃波が、エリンディスへと襲い掛かったかと思うと、当たりの木々を薙ぎ倒した。
目の前で、淡い光が弾ける。展開した魔術障壁が衝撃波を防いだのだ。
「くっ……」
魔術障壁が消えると、エリンディスはふら付き、膝を付いた。竜からの度重なる攻撃を防いだことによる消耗で、限界が来たのだ。
そんな、動けなくなったエリンディスを見て、竜はドスーン、ドスーンと大きく足音を立てならが近づいてくる。
見下ろしている。目は見えないが、他の感覚からそんな姿が想像できた。
身体が動かない。魔術の連続使用による消耗と、何度か受けた攻撃によるダメージで、身体の自由がなくなり始めていた。
消耗による気怠さと打撲などによる身体の痛み。それから、目前まで迫った脅威。こんな状況であるのに、なんだか懐かしさを覚え、つい笑みが零れてしまう。
――――あの時も……こんな感じだった……。けど……
けれど、ふと湧いた懐かしさは、その後に生まれた空虚な寂しさに上塗りされ、消えていく。
『グルルルル』
竜の喉を鳴らす様な音が耳に届く。すぐ傍だ。もう、目と鼻の先に居る。そう、強く理解できた。
『ガアア――――』
そして、バックリと口が開かれると、それが迫ってくるのを感じ取った。
――――あの時と、似ている。
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