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王からの申し出

「聞こえるか! エルフの民達よ! 私はアルガスティア帝国宰相ジェイク・グローヴァー侯爵に使える騎士シリル・ルークラフト。貴国の代表と話がしたい。どうか話をさせてもらえないだろうか!」


 ズラリと並んだ帝国の騎士達の列の中らか、一際意匠の凝らされた鎧に包んだ騎士が進み出ると、そう高らかに告げる。


「これは、また、なんとも仰々しい……」


 城門の上から見られるその光景を目にし、ヴェルナはそう感想を漏らした。


「何やってるんだ? あれ」


 ヴェルナに続くかのように、同じ光景を目にしたイーダが疑問を投げる。


「救援……のつもりじゃろうな。真意はおそらく別にあるようじゃが……」


「なんだか含みがある言い方だな。どういうことだ?」


「恩を売りたいのじゃろう。エヴァリーズは、今危機的状況にある。それに対する救援を条件に、帝国とエヴァリーズの間で、帝国側に有利な約束事を結ばせる。それが狙いじゃろう。もしくは、この危機的状況故に疲弊したエヴァリーズをそのまま手中に収めようとしているか……。いずれにしても、エヴァリーズにとっては良い形ではないじゃろうな。

 こういった事態にならぬよう。エヴァリーズは秘密裏に冒険者を雇うなどをしていたわけじゃが……さて、どうなる事やら……」


「大丈夫なんですか?」


 ヴェルナの説明を聞いたクレアが、不安そうに尋ね返す。


「さあ。何もなければよいが……もしもの為に用意はしておいた方が良いかもしれんな」


「そんなぁ……」


 小さく不安の影が落ちた。




   ――Another Vision――


 巨大狼に騎乗したアラノストとフェロススィギルが、森を抜けエヴァリーズの裏門から都市へと戻ると、警備兵の一人がアラノストの方へと駆け寄ってきた。


「あ、アラノスト様。お戻りになられたのですか」


 息を切らせ、慌てた様子で駆け寄ってくる。何か良からぬことが起きた。そう感じさせる態度だった。


「何があった?」


 乗騎から飛び降り、乗騎を別の兵に任せながら尋ね返す。


「正門の方に、アルガスティアの兵が集結しています。代表者と話がしたいと……今、ウラグリン様が中心で対策を話し合っています」


 エルフの兵は不安げな表情で答えを返してきた。


「数はどれくらいいる。それと、奴らの要求は解るか?」


「要求に付いては、まだよくわかりません。数は……およそ一万を超えるものかと」


「一万……随分な数を連れてきたものだな。それで、竜討伐に協力させろと言う事か」


「それだけ……でしょうか?」


「まず間違いなく、それだけではないだろうな」


「では、どうなさいますか?」


「そうだな……ウラグリスには絶対に奴らの言い分を聞き入れるなと伝えろ。都内に踏み入らせることも許すな。いいな!」


「は! 了解しました!」


 指示を飛ばすと、エルフの兵はすぐさま走り去っていく。それを見届けると、アラノストはフェロススィギルへと視線を移した。


「よろしかったのですか?」


 視線を向けると、フェロススィギルがそう問い返してくる。


「いま、奴らに関わってる暇はない。エリンディスを連れ戻す事が結果的にこの状況を打開する事になる。なら、それをするだけだ。来い」


「はい」


 踵を返すと、アラノストはそのまま歩き始めた。


   ――Another Vision end――




 エヴァリーズの城門での事を確認すると、俺達は再び待機場所へと戻ってきた。


 他の冒険者達も俺達同様に戻ってきていたらしく、その場所は言いようのない空気で満たされていた。


 緊張と不安、それから混乱。それらが無言の空気の中で立ち込めていた。


「良し、こんなものかな」


 静かな空気の中、パタンと一際大きく響く音を響かせながら、ヴェルナは手にしていた魔導書を閉じると小さく息を付いた。


「何してるんだ?」


 そんな一人黙々と何かの作業を続けるヴェルナに、イーダが尋ねる。


「とりあえずの準備じゃよ」


「準備? その本を見返すことがが?」


「ただ見返していた訳ではない。いざという時に必要となるであろう魔術を記憶しておいたのじゃよ」


「記憶って……覚えてないのかよ」


「魔術一つに必要な情報量というのはものすごく多い。その上、魔術は無数に存在する。妾が扱える魔術だけ見てもな。そんなものをすべて完璧に記憶する事は不可能じゃ。じゃから、状況に合わせて扱うであろう物を取捨選択し、扱えるよう記憶し直しておくのじゃよ」


「何それ?」


 ヴェルナの返しにイーダは首を傾げる。それにヴェルナは小さく溜め息を返した。


「まあ、魔術師以外には分からない感覚じゃろうな。ともかく、そう言う事じゃ」


「そうかよ」


 イーダとヴェルナのやり取りが終わると、再び辺りは静かになる。


 カチ、カチ、カチ。


 そして、今度は小さな物音が響き始める。周りからだ。


 目を向けると、他の冒険者達が各々無言で武具のチェックなどをしているのが見えた。


 皆、何か起きた時の為の準備をしているのだとわかる。不安なのだろう。取り繕ったように見せているが、行動から見られる感情は隠しようがない。


 まあ、先ほど見た光景。万にも及ぶ兵達と、それからエルフとエヴァリーズの対立、それを見てしまったら、どうしても嫌な方向に物事を考え、不安になってしまうのは無理のないことかもしれない。


「落ち着いていますね……」


 そんな風に、何処か落ち着きなく動き回っている冒険者達を眺めていると、傍に座っていたクレアがそう尋ねてきた。


「え? 何が?」


「その……なんといいますか……今の状況でも、何ともないって感じで、普段と変わらないから……そんな気がして」


 ゆらゆらと身体を揺らしながら、なんだかまとまりのない言葉を投げかけてくる。こちらも不安なのだと見て取れた。


「落ち着いているのかな? ただ、慌てた所でって感じで、気にしていないだけだよ」


「そう……ですか。でも、すごい、です。私なんて……どうしても不安になってしまって……」


 小さく震える手を抑えるようにしながら、クレアはそう自身の感情を吐露する。


「まあ、大丈夫じゃないかな?」


「そう……ですかね?」


「大丈夫だよ」


 大丈夫――特に根拠はない。けど、もし何かあったとしても、自分たちの身くらいは守れる。そういう確信くらいはあった。だから、取り敢えずの安心から俺はそう声を返した。


「そう、ですよね……」


 そんな俺の言葉に、安心を覚えたのか、クレアはほっと息を付くと、軽く笑みを返してくれた。



「相変わらずの根拠のない自信だな。貴様の変わらぬその態度、いつ見ても不快にさせられる」



 静かな室内で、唐突にそんな声が割って入った。嫌味なこの態度、聞き覚えがある。


 視線を声がした方へと向けると、予想通りの人物がそこに居た。


 冒険者が集まるこの場では不釣り合いに見える意匠の凝らされた小奇麗な鎧。その鎧に身を包んだエルフの男性――アラノストだ。


「なんでお前がここに居るんだよ」


 アラノストは確か、エルフ達の指揮を執っていて昨日都市を出ていたはずだ。なぜここに居るのか?


「貴様に話があったからだ」


「それでわざわざ……なんだよ、今更手を貸してほしいとか言いに来たのか?」


 半ば冗談のつもりで適当にあしらうよう返した。だが、その言葉にいつもの様な嫌味な斬り返しはなく、アラノストは静かに口を閉ざした。


「マジかよ……」


 その返しだけで答えが分かった。それはおそらく肯定という事なのだろう。先日、ああも強く否定していただけに、あっさりそれを覆す事には、大きな躊躇いがある。だから、すぐにそれを口にできなかったとみられる。


「お知り合いの方……ですか?」


 そんな俺とアラノストのやり取りを見ていたクレアが、控えめな形でそう尋ねてくる。


「こちらの方はアラノスト・エレニリース。エリンディス様の父であり、現エヴァリーズの国王であらせられます」


 クレアの問いには、アラノストの一歩後ろに控えていたエルフの騎士が答えを返した。


「こ、国王様! し、失礼しました」


 そして、その回答に驚きを見せると、すぐさま姿勢を正した。


『あの……王様……なんですよね? あんな態度取っちゃって大丈夫なんですか……?』


 慌てた声音で、クレアが耳打ちをしてくる。


『向こうが畏まるなって言ったんだよ』


『そ、そうですか……』


 大分慌てた様子だった。いきなり目の前の男が王様でしたって言われたら、そうもなるだろう。


「で、何の用なんだ?」


 話をもとに戻すように、口を閉ざしたアラノストに問い返した。


 それにアラノストは、しばらく口を閉ざした後ようやく口を開いた。


「貴様に頼みたい事がある」


「何を?」


「エリ――いや、ルーアを……探し出してほしい」


「? 一緒じゃなかったのかよ? なんでだ?」


 ルーアは今、エルフの兵達と共に竜討伐へと出ていたはずだった。それなのに探し出せと言われても、状況が良く分からない。


 それ問いにアラノストは再び口を閉ざした。


 そして、一度辺りを見回し、周りを確認すると口を開いた。


「来い。ここでは話せない」


 表情を顰め、一言そう答えた。

お付き合いいただきありがとうございます。


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