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1.美少女天使が俺のメンターになる

―― うっふーん、ダーリン、起きてぇ。ねえ、お願い、起きてぇ。


 もうろうとした意識の中に、みょうに色っぽい、甘えるような女のささやき声が聞こえてきた。


―― ほーら、はやく起きないとチュッチュしちゃうぞぉ。それともムニュムニュボヨンボヨンパフパフの方がいいかなぁ。ああん、もう、いっそのことペロペロクチュクチュしちゃおうかなぁ。


 いったい何なんだ、この声は。誰か近くでアダルト動画でも鑑賞してるのか。


 あれ、ちょっと待てよ。俺は今どこにいるんだ? 意識は次第にはっきりしてきたが、状況がさっぱりつかめない。


―― どうしても起きないんなら、やっぱりこれしかないわね。それっ。うりうりうり。


「うぎゃあああああああああああっ」


 股間に強烈な痛みが走り、俺は思わず叫び声を上げた。


 ふと目を開けると、白い服を着た一人の若い女が俺の両足首を掴み、俺の股間に自分の足を入れて振動させるように蹴っていた。


「やっと目を覚ましてくれたわね。どう? 気持ちよかった? あたしの秘技、電気アンマは」

「で、電気アンマって……。あんたいったい誰なんですか?」

「あたしは天使よ。て、ん、し。よろぴくぅ~」

「天使……。そうか、俺は死んだんだな……」


 そうだ。俺は人生に絶望して、深夜の公園で自殺したんだ。クスノキの枝に掛けたロープを首に巻いて、足下の脚立を蹴ったのまでは覚えている。

 それから意識がだんだん薄れていって……気がついたら、変な女が色っぽい声を出していて、俺の股間をいきなり蹴りやがったんだ。


「そうよ。あなたは死んだのよ。だから天使のあたしが天国からあなたの魂をお迎えにきたんだけど……」

「そうだったんですか。こんな俺でも死んだら天国へ行けるんですね」

「え、ええ、まあ、そのう……」

「ありがとうございます。それじゃあすぐにでも天国へ連れて行ってください。もうこんな辛くて苦しいだけのつまらない地上の世界の生活にはうんざりしましたから」

「あのぅ、そのぅ、それがぁ、実はですねぇ……」


 天使は言いにくそうに言葉を詰まらせ、憐れむような目で俺の顔を見た。


「実は……あなたの魂には天国に入る許可が下りなかったんですぅ」

「ええっ、そ、そんなあ。どうしてなんですかあっ。ひどい、ひどすぎる、あんまりだ!」

「それはね、つまりね、あなたはせっかく人間として神様からこの世に生を与えられながら、その人生を全うしなかったからなのよ」


 それを聞いて、俺はちょっとカチンときた。


「ああ、そうですか。つまり、自殺は罪悪だってわけですね。俺だって何も好き好んで自殺したわけではなくって、本当にやむにやまれずだったんですけどね。天国の神様ってずいぶん冷たいんですねっ」

「ううん、そうじゃないの。ちょっと違うの」


 天使は少し考えて、言葉を探すようにして話を続けた。


「あなたがこの世に人間として生を受けたことには、ちゃんと何らかの意味があるの。あなたにはあなただけの使命があって、この世に生まれてきたの。だけどあなたはその人生の意味とか、生まれてきた使命とかを考えもしないで生きて、ただ人生はつまらないって勝手に自殺しちゃったでしょ」

「はあ、それはまあ、たしかにおっしゃるとおりですけど」


 俺には何の反論もできなかった。だが、天使の言うことも何となくわかるようで、今ひとつ納得できなかった。


「そうねえ、たとえて言えば、せっかく高いお金を出して修学旅行に行かせてやったのに、何も学びもせず楽しみもしないで帰ってきて、ただつまらなかったと言ってる生徒みたいなもんね」


 俺はぎくりとした。まさにその通りだった。中学の修学旅行では神社仏閣とか見て回ってもつまらなかったし、グループに分かれての自由行動は、人間関係の苦手な俺にとって、苦痛以外の何物でもなかったのだ。だから高校の修学旅行には仮病を使って行かなかったくらいだ。


「あなたもどうせ、せっかく修学旅行に行っても、枕投げもせず、間違ったふりして女湯に入りこんで女子の裸を覗いたりもせず、夜中にこっそり女子の部屋に夜這いをかけることもしないで、あーあつまんなかったなあ、とか言いながら帰ってきたんでしょ」

「あたりまえですっ。そんなこと、誰もしませんよっ!」

「あら、男の子にとって修学旅行の目的とか楽しみって、他に何があるのかしら?」


 俺は脱力して溜息をついた。


「えーと、まあ、おっしゃることは何となくわかりました。ようするに俺は、せっかく神様から与えられた人生を、何の使命も果たすことなく無駄に過ごして、勝手に終わらせてしまった。だから人生という試験に落第したようなもので、天国への入国許可がもらえなっかった。そういうことですね」

「まあ、あなたって理解力と要約力だけは抜群ね。すばらしいわ。まさにそのとおりよ。あたし、見直しちゃったぁ。きゃあ、すてきっ!」

「そんなところで褒めないでください。ますます落ち込みますから」


 本当に俺は落ち込んだ。俺は人生の落伍者、落ちこぼれなんだ。だが、死んだあとも天国に行けないならば、これから先もずっと辛くて苦しい思いをしなければならないのだろうか。俺は不安に思って訊いてみた。


「あのう、それじゃあ天国に行けない俺は、このまま成仏できずに浮遊霊としてこの世をさまよっていなければならないんですか。それとも地獄にでも墜とされるんですか?」

「そんなことはないわ。大丈夫よ、安心して。だけどあなたは人生という学校の落第生なんだから、補習授業みたいなものを受けないといけないのよ」


 天使は優しそうな顔で答えた。俺は少しほっとしたが、補習授業というのがなんなのか気になった。


「補習授業っていうのは、もう一回生き返って人生をやりなおすってことですか?」

「ううん、一度死んだ人は生き返れないの。だから別の世界で人生を勉強し直すのよ。あなたは今、その別の世界にいるの。ここはあなたが生きていたこの世の世界とそっくりに作られたパラレルワールドみたいなものなのよ。ヴァーチャル世界と言ってもいいわ。この世とあの世の中間世界ね」


 そう言われて、俺はあたりを見回してみた。たしかにここは俺がずっと住んでいた部屋とまったく同じだ。ただ一つ、天使とか名乗るこの変な女の存在を別にすれば。そのときふと、俺の胸に疑念が湧いた。


 本当は俺は自殺に失敗して、無意識のうちに自分の部屋に戻って来て、眠っていただけなんじゃないだろうか。

 だがそうだとすると、こんな若くてかわいい女が俺の部屋にいることの説明がどうしてもつかない。もしかして、新興宗教の勧誘か何かだろうか。俺は天使と名乗る女に不審の目を向けた。


「あっ、いまちょっと疑ってるでしょ。でも冷静に考えてみてよ。もしここが現実の世界だったら、あたしみたいな超かわいくてイケてる絶世の美少女が、あんたみたいなブサイクで貧乏で何やってもダメな落ちこぼれのサエない中年男の部屋に、一人でのこのこやってくるわけないでしょ」


 女の言ったことが真実なだけに、俺はますます落ち込み、しょげかえった。


「あっ、あら、ごめんなさい。ついうっかり本当のことをしゃべってしまったわ。ほら、あたしって正直で嘘つけないタイプだから。あはは」

「ちっともフォローになってませんってば!」

「ご、ごめんなさい。で、でもね、そんなに疑うんだったら、ちょっと窓を開けて空を眺めてみて」

「は、はあ……」


 俺は言われるがままに窓を開けて、空を見た。月が出ている。半月だ。


「きれいな月が出てますけど、それがどうかしましたか?」

「その月の斜め下をよく見てみて」


 俺は目をこらして見た。よく見ると、半月の斜め下に、もう一つ小さな半月が出ている。俺は目をこすってもう一度じっくりと見た。大小二つの半月が空にかかっている。


「つ、月が二つある」

「そうでしょ。それこそ、この世界が現実世界とは別のパラレルワールドだってことの印なのよ。わかった?」

「ん、でもちょっと待ってください。これってたしか村上春樹の小説かなにかにありませんでしたっけ?」

「あ、あら、あなたが村上春樹を読んでるなんて意外だったわ。たしかにあの作品の設定をちょっとだけパクったのは事実よ」


 俺は一瞬わけがわからなくなって、少し考え込んだ。


「えーと、パクったってことは、このパラレルワールドはあなたが作ったんですか?」

「そうよ、あなたのためにね。まあ映画の『マトリックス』みたいなものよ。もっとも現実世界なんてのも、結局はおんなじようなものなんだけど」


 ようするに今の俺がいるこのパラレルワールドは、俺の魂の意識が感じ取って、そこで生きていると思い込んでる一種のヴァーチャル世界のことなんだな。まだ今ひとつよくわからないが、それ以上深く考えるのはやめることにした。


「まあ、そんなのはどうだっていいです。とにかく俺はもう死んでて、このパラレルワールドとやらで人生の補習授業を受けなきゃいけないってことなんですね」

「その通り。で、超かわいい奇跡の美少女天使のこのあ・た・しが、あなたのメンター役を務めてあげようってのよ。ありがたく思いなさい」

「メンター、といいますと?」

「えーとね……もう、あたしにあんまり難しいこと訊かないでよ。まったくもう。いま調べるから、ちょっと待ってなさい」


 自称美少女天使はいつの間にかスマホを取り出して、検索を始めた。


「ふむふむ、メンターとは、仕事や人生における助言者、指導者のこと、と書いてあるわ。ようするに先生みたいなもんね。どう、わかった?」

「どうでもいいですけど、なんで天使がスマホなんか持ってるんですか」

「いまどきは天使だってスマホぐらい持ってるわよ。iPhone の最新機種よ。いいでしょ。どう、ほら、うらやましい?」

「うらやましくなんかありません!」


 俺は頭を抱えた。この天使、本当はとんでもないおバカなんじゃないだろうか。話し方もものすごくバカっぽいし。こんなやつがメンターだなんて、大丈夫だろうか。俺は途方もなく不安になった。


「あっ、あなた今、あたしのことバカッぽいと思ったでしょ」

「思ってません、思ってません」

「うそ。顔にちゃんと書いてある。こんなバカっぽい天使がメンターで、本当に大丈夫だろうかって書いてある」

「俺の心の中が読めるんですか?」

「あんたは単純だから、心に思ってることがすぐ顔に出るんだよっ。メンターを馬鹿にするやつは、こうしてやる」


 天使はすばやく俺の両足首をつかんだ。俺は危険を察して逃げようとしたが、間に合わなかった。


「ええい、くらえーっ、秘技、電気アンマアアアアアァァァァァァァ」

「うぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺は悶絶してその場に倒れ込んだ。薄れゆく意識の中で、俺は天使の声を聞いた。それは天使というより悪魔の声のようだった。


―― まあ、今日はこれくらいにしといてあげるわ。明日からビシビシしごいてやるからね。うふふ、楽しみだわ……


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