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プロローグ

<前書き>

この作品は、前に発表した短編小説『人生に絶望して死のうとした男が夜の公園で見つけたもの』の別バージョンです。プロローグは短編とほとんど同じで、ラストだけ少し変えて、本編につながるようになっています。水野敬也の『夢をかなえるゾウ』シリーズのような感じの、小説形式を取った成功哲学の実用書を目指します。


 それにしても、生きていくのはなぜこんなにも辛くて苦しいのだろう。


 だが、くだらないこの世とも、もうすぐおさらばだ。これでやっと、辛くて苦しいだけの人生から解放される。

 次に生まれ変わったら、もうちょっとは幸福な人生を送れるのだろうか。いや、そもそも来世なんてあるのだろうか。


 まあどうでもいいさ。何もなかったってかまやしない。俺というちっぽけな存在なんか、虚無の中に消滅してしまったっていい。こんなくそったれの世界の中にいるよりははるかにマシだ。


 深夜の公園は人気がなく、ひっそりと静まりかえっている。俺は首にロープの輪をくぐらせた。足下のアルミ製の脚立がぐらついている。こいつを蹴っ飛ばせば、すべて片がつくんだ。


 この脚立は昨日、リサイクルショップで訳あり品として処分価格で売られていたものだった。あちこち汚れて、傷だらけでボロボロになっていた。まるで俺自身のようだった。

 同類としての悲哀を感じながらじっと見ていたら、店員が近づいてきて「持ってってくれるならタダでいいですよ」と言った。邪魔者扱いされているのも、俺と同じだなと思った。

 俺はスクラップ寸前の脚立を無料で引き取り、アパートの自分の部屋へと持ち帰った。こうして脚立は、俺の人生の最後を看取ってくれる親友となったのだ。


 俺には人間の友だちというものがいない。俺の友だちは犬や猫、鳥や虫、道具や石ころなどばかりだった。今、すぐ横に立っているクスノキも俺の大事な親友だ。

 悲しいときや寂しいときに、よくこの樹の下へやってきては幹に背中を寄りかけて根元に座った。そうしてじっとして目を閉じていると、樹が俺を慰めてくれているような気がした。

 俺は親友であるこのクスノキにも自分の最後を看取ってもらうことにして、枝にロープの端を掛けたのだ。


 親は俺に幸多こうたという名前を付けてくれた。なのに皮肉なことに俺の人生は幸せなんてほとんどなかった。それというのも、実は俺の戸籍上の名前は「幸多」ではなく「辛多」になっているのだ。

 仕事で忙しかった父に代わって祖父が役所へ出生届を出しに行ったのだが、そのときに漢字を間違ってしまい、役所の職員も気づかずにそのまま受け付けてしまった。だから、俺の人生が辛いことばかりなのも仕方がない。


 俺には家族はもういない。一人っ子だったから兄弟もいないし、父親は俺が五歳のときに交通事故で亡くなり、母親も十年前に病気で他界した。

 三十九歳の今日に至るまでずっと独身だから、妻も子どももない。それどころか女性と付き合ったことも、生まれてから一度もない。

 風俗へ行く金も勇気もなかったからいまだに童貞で、キスすらしたこともないし、女の子の手を握ったのも、小学校の運動会のフォークダンスのときが最後だ。相手の女の子がものすごく厭そうな顔をしていたのを、よく覚えている。


 勉強も運動もからっきしだった。ちょうど『ドラえもん』ののび太のようなダメ人間だったが、俺にはドラえもんも静香ちゃんもいなかった。

 ジャイアンやスネ夫もいなかったが、みんなからは空気のように無視されていた。俺はのび太がうらやましかった。


 地元の工業高校をどうにか卒業したあと、自動車部品メーカーの下請け工場に工員として就職したものの、とんでもないブラック企業で、一年もしないうちに体を壊して辞めた。

 それから職を転々としたが、人間関係がうまくいかず、どこも長続きしなかった。五年前にアルバイトで入った弁当工場でようやく落ち着き、正社員にしてもらえたけれど、そこも半年前に倒産した。

 その後は失業保険やアルバイトで食いつなぎながら次の就職先を探していたが、なかなか見つからず、何もかもが厭になっていた。


 そんな俺にとって唯一の心の慰めだったのが、牝猫のミケだ。三年ほど前に雨の日の公園で、段ボール箱の中で震えながらニャーニャー鳴いていたのを、拾って帰ったのだ。

 本当はアパートではペットを飼ってはいけないのだが、ミケはおとなしかったので、大家のばあさんも見逃してくれた。

 ミケは俺にすっかりなついた。俺は毎晩ミケを抱いて寝た。毛がふかふかして、あったかくて気持ちよかった。ミケがいてくれたら、もう寂しくないと思っていた。

 だがそのミケも病気になり、先月あっけなく死んでしまった。


 思い返してみると、何もかもがうまくいかない人生だったな……


 俺は脚立の上の両足に力を込めた。脚立のきしむ音がした。続けてロープを掛けたクスノキの枝がたわむ音がした。俺は思いきって脚立を蹴りとばした。首に圧迫感を感じた。


 意識が次第に薄れていった……


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