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準備の時間だ

 さて、改めて状況確認だ。


 まずは俺の体。


 目は開く。視界は良好だ。


 引き倒された時、うつ伏せに倒れたから全身に比べてそんなに顔面は殴られなかったが、それでも少なくない数殴られた。


 眼球は傷つかなかったが、顔が腫れぼったい。表情筋が上手いこと動かない。


 次に、手を動かしてみる。


 腕を曲げて伸ばして、手を握って開いて、ちょっと捻ったりしてみる。


 少しでも動かせば激痛が走るが、幸い折れていない。両手ともある程度は動かせる。


 それでもヒビは入っているだろうな。


 その次に足を動かしてみる。


 横向きに寝転がっていた俺は体を捻って仰向けになると、バタ足をするようにゆっくりと足を上下させる。


 そして、自転車を漕ぐように足をぐるぐる回す。


 これも問題ない。


 こっちは腕に比べて被害を受けていないようで、打身ですんでいた。


 最後に、胴体だ。


 仰向けになった時、かなり激痛が背中に走ったから、結構やばい気がする。


 今もなお、息がつまるような痛みが走っている。


 でも、うつ伏せに倒れてよかった。


 仰向けに倒れてたら、内臓とかやばいことになってたな。


 背中で攻撃を受けたから、今俺は生きている。


 きっと見たら卒倒するような悲惨な状況になっているだろうけど。


「ぎッ....」


 確認のために俺は腕の力を使わずに、腹筋だけで起き上がろうとするが、腹筋は良くても背中がダメだった。激痛が走って力が入らない。


 少しだけ上がった状態からすぐにへなへなと元に戻った。


 こりゃ真面目にやばい。


 他のところはまだ動かせるほどのものだが、背中はそれすらできない。


 背骨は折れていないが、その周りの骨はバキバキに折れているだろう。


 腰も結構逝っちゃってる。


 それでも背中の方が面積が大きくて、狙いやすいためか背中ほど集中せずに、折れてはいない。


 それが今俺の現状。


 今すぐ病院に行け。


 全身打身ヒビ骨折。


 余すとこなく、ボコボコにされた。


 無事なところは、俺のムスコぐらいだ。


 疲労と痛みとストレスで全く元気はないが。


 車にでも轢かれたのかってぐらい体がボロボロだ。


 救急車で運ばれるレベルだろう。


 可能ならそうしたい。


 だけどここは異世界。しかも今のところ周りにゴブリンしか見てないぐらいないもないって言う全く甘さのないハードモード仕様。


 手術とか処置とかで、治すところまではいかないけど治す手助けをしてくれる、なんてところは存在しない。


 無い物ねだりしてもしょうがないので、次に進む。


 今の俺の周りの状況の確認だ。


 そのためには、一度起き上がる必要がある。


「ぐっ...がぁ」


 腕に力を込める。


 ヒビが入っているため、それだけでも激痛が走る。


 だけど、体重を乗せれないわけじゃない。


 地面についた腕に体重を乗せ、俺はゆっくり起き上がる。


「ぐぅぅぅぅ.....」


 熱せられた刃物を突き刺されたような痛みが、腕、そして背中を駆け回る。


 熱を孕んだ痛みで、意識がブラックアウトしかける。


 だけど、ここで気絶すれば俺はゴブリン達の食卓の上に並べられるだろう。


 何とか持ちこたえ、徐々に徐々に上体を起こしていく。


「ぐっ、はぁ」


 そしてやっとの思いで、俺は上体を起こすことができた。


「....予想...以上に....やばい」


 日常生活でも、こっちに来てからの生活でも何の不自由もなくできていたことですら意識が飛びそうなほどの痛みに襲われる。


 寝転がっていた時は、戦うのは無理だろうけど少し走るぐらいならいける、と高を括っていたが、起き上がってみるとそんな余裕はどこか飛んでいった。


 歩くことすら、厳しいかもしれない。


 体のボロボロ具合を再確認した俺は、ぐるりと辺りを見回す。


 通路があるのは目の前だけで、右にも左にも後ろにも通路はない。


 袋小路となっていた。


 松明は、奥の通路とこの袋小路の入り口にしかなく、薄暗い。


 また、風でゆらゆら揺れるため、影も動き、目がチカチカする。


 そして、俺の真後ろには、やはり食料があった。


 ここは、食料庫のようだ。


 既に捌かれてるもの、首だけ落としてあるもの、血抜きだけしてあるもの、何もせずに放置されてるもの、虫の息の状態のもの。


 全部肉だった。


 見知らぬ動物ばかりで、何がどういった動物なのかは分からない。


 中には強そうなのもいる。


 首がない、3メートルほどの熊などが代表的だ。


 俺の予想が当たったことが、これで証明された。


 やっぱ俺食料だったわ。食われるつもりはないけど。


 嫌な予感ほどよく当たるというが、現実で遭遇するのは本当に勘弁して欲しかった。


 俺を食べるためか、ご丁寧に服が脱がされている。


 打身とかで青色や紫色になった全身が露出している。


 ....認識して、少しだけ恥ずかしくなってきた。主に自分のムスコの情けなさに。


 しかし、服は奴らでも食えないのか。それを脱がしたってことは、もう奴らは俺を食う気まんまんだ。


 それも近いうちに。


 肉の山を見ると、捌かれてるものや首を落とされてるものは手前に、それ以外は奥に積まれている。


 奴らは素っ裸で、服を着る習慣がない。服を脱がしたのは、毛皮の一種だと思ったからに違いない。


 人間って、他の動物からすれば全身禿げだからな、勘違いしてもおかしくない。


 毛皮がついてる方が長持ちするのかどうかは知らないけど、手前に来てるものが奥のに比べて消費されるのは早いことぐらいは分かる。


 今俺はすっぽんぽん。俺は毛皮を剥がれた状態だと認識されているはずなので、近い将来奴らは俺を食卓の上に並べる予定だろう。


 行動を起こすなら、早く動かないといけないな。


 俺は見落としがないか確認するために再度見回す。


 だが、新しいものは見当たらない。


 肉の山で隠れているかも知れないが、今の俺に調べる力はない。それに、結構な量がある。時間もないし、調べるのは現実的じゃないだろう。


『キキッ』

『キィ〜』


 すると、目の前の通路から横へ伸びる通路から、2匹のゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。


 見回りなのか知らないが、こっちに向かってきている。


 その事実に、俺の頭は警鐘を鳴らす。


 座ってるところを見られたら、まずいっ。


 この食料庫には息のあるものもあるが、それらは虫の息だ。逃げ出さないと判断されたから、ここへ放り込まれたのだろう。


 そんなところで、こうして座っているのを見られたら、俺がどうなるかは言わなくてもわかる。


 良くて虫の息。最悪だと捌かれる。


 抵抗するなんてできるはずがない。


 俺は急いで体を横たえる。


 急激に体を動かしたせいでとてつもない痛みが全身を襲うが、声を出したらバレる。俺は必死に悲鳴を押し殺す。


『キキィィ』

『キキッキキキッ』


 間も無く、ゴブリン達は俺の体のすぐ横に立った。


 バレるかバレないかの恐怖に、俺の心臓は激しく打った。



 •••


『キキッ』

『キキッ?キキィィ』


 俺のすぐ横に立ったゴブリンは、何やら会話をしているようだった。


『こいつ、生きてるな。』

『まじ?いやそんなわけないっしょ』


 こんな会話をしていなければいいが。


 死んだふりの演技が見抜かれたら、俺の運命は決まる。


 だから頼む、そんな会話をしていないでくれ。


『キィィ』

『キキキキキッ!キキィィ!!』


 何やら揉め始めたので、俺は薄目を開けて奴らを観察してみる。


 奴らは俺の方を見ておらず、互いに向き合っていた。


 喧嘩でもしているのだろうか。


『キキィィキキキキキッキキィィ!!』


 1匹が俺の方を指差しながらもう1匹に何かをめっちゃ訴えてる。


 もしかしてこれ、俺のどこを食べるかの議論なのか?


 それで食べたいところがかぶって、揉めてるのか?


 ....自分の体を取り合われるなら、可愛い女の子がいいな。だけど相手はゴブリンだ。ゴブリンに、しかもどこを食べるかで取り合われるなんて誰得感が凄まじい。


 もっと平和な会話してくれよ。


 こいつ本当に食っちまうのか?とか可哀想だから逃がしてあげようとか、そういう平和な会話をして欲しい。俺の心の安寧のために。


 まぁ、無理だろうけど。


 奴らは本能で動いているからそんな感情よりも、こいつ食っちまえの方が早い。こうやって、食われてないだけでも奇跡だ。


 いや、そういえば奴らの中にボスっぽいのいたな。そいつが統率してるから、食料庫みたいなのがあって、しかも勝手に食ったりしないのだろう。


 でも、このままならそのうち食われるのは変わらないか。


 早く行動しなくちゃ。


 でも、すぐそこに奴らがいるから俺は動こうに動かない。


 刻一刻と、リミットが近づいてきている気がする。


 焦りが募る。


 どうしよう。


 少し敵に隙ができたからってふざけたことを考えている場合じゃない。


 俺は必死に打開策を考えた。


『ギィィ!!』


 と、通路の奥からすぐそばのゴブリンよりも野太い鳴き声が聞こえてきた。


 薄目でみると、奴らのボスっぽいやつだった。


『キィィ!!』

『キッ!?キキキキキッ!!』


 すると、奴らは逃げ出した。


 食料庫から、俺を追いかけてきた時よりも素早い動きで脇の通路へ消えていった。


 見回りじゃなくて、奴らはつまみ食いをしに来たのか。


 にしてもタイミングバッチリだったな。


 これはあれか、やっと神様が俺を見つけて救ってくださるということか。


 素晴らしいご都合主義、ほんと感謝っす。


 ついでに力を与えてくだされば幸いです。


 なんて思ってみても当然何も起こらない。


 まぁいっか。


 助かったことに感謝しよう。


 そんなこと思っていると、ボスゴブリンが俺のそばへ寄ってきた。


 そして、ぐいっと顔を近づけてくる。


 俺は慌てて目を瞑った。


 ボスゴブリンの表情は見えないが、ジロジロと視線を感じる。


 バレたらやばい、殺される。


 俺の心臓は、口から飛び出そうなほどにどっくんどっくん鼓動を刻んでいる。


 ボスゴブリンはそうしてしばらく俺を見ると、俺から顔を離した。


 よかった、バレなかった。


 まだボスゴブリンは目の前にいるから大きなリアクションを取れないが、心の中で安堵する。


 俺は薄目を開いてボスゴブリンの様子を見ようとした。



 だが、目の前にあったのは迫り来る足だった。



「っ〜〜〜!」


 ボスゴブリンの足は俺の顔面のど真ん中を直撃した。


 上半身がノックバックし、鼻の骨が折れ、鼻血が出るのを感じる。


 喉元まで、絶叫が迫り上がる。


 だけど、俺は痛みに耐え、声を押し殺す。


 一応俺は死んだことになっている。


 ここで声をあげたら、確実に殺される。


 鼻血が喉に入ってきて気持ち悪くなるが、俺はぐっ、と堪えた。


『ギィィィ』


 何やら不満げな感じのする鳴き声を上げながら、ボスゴブリンはその場を去った。


 奴の足音が消えるまで、俺は死んだふりを続けた。


 動くことなく、痛みに顔を歪ませることなく、ただ静かに待っていた。


 そして少しの足音も消えた時、俺は目を開けた。


「びでぇな....おい」


 目の前には、俺の鼻血の小さな血溜まりが広がっていた。


 くそっ、何がご都合主義だ。


 結局俺は痛い目に遭うじゃないか。


 助けてくれるんじゃなかったのかよ。


 俺は心の中でそう恨み言を零すが、助けが来ないことなんてずっと前から理解している。


 それでも、そう思わなくちゃやっていけない。


 自力で何とかしなければすぐに死んでしまう。それがこの異世界だ。


 死ぬのは簡単だ。


 ここで何にもしなければ、俺は食料として食われて死ぬ。


 人の助けを待っていれば、簡単に死ぬ世界なのだ。


 だけど、それは嫌だ。


 人はいつかは死ぬけど、こんなところで死ぬのは絶対に嫌だ。


 死にたくない、生きたい。


 この想いが、この世界に来てからずっとある。


 前の世界では感じていなかった、生への執着。それが今心を埋め尽くしている。


 そこには、こんなところで死にたくないって気持ちもあるけど、一番はやっぱり憧れを捨てきれないことだろう。


 どれだけこの異世界に期待を裏切られて、叩かれて揉まれて、死にかけてもやっぱり俺はラノベの主人公のように生きたい。


 時々ラノベのイベントを思い出して、何度も渇望して何度も落胆しても何度も期待してしまうのは、その想いから来ているのだろう。


 他の人に聞かれれば、ドン引きされてしまうだろうけど、これが俺の本心であり、今までの原動力だ。


 生きていれば、何とかできる。


 努力することもできるし、努力したら何かしら得ることができる。


 そうすれば、与えられた力はなくても手に入れた力で活躍することができる。


 その期待を捨てることができないのだ。


 だから、俺は生きる。


 生きて、そして活躍して、主人公になりたい。


 こんな主人公が来る前に死ぬ噛ませ犬みたいな死に方は、嫌だ。


 どんな絶望的な状況でも、這い上がってみせる。


 行動しなければ、終わりが始まるだけだ。


 心が折れるぐらいなら、恨み言を零したり無駄なことやふざけたことを考える。


 全ては、生きるために、


 だから、俺は全身ボロ雑巾でも、安静が必要だとしても行動する。


「ぎっ、ぐぅぅぅぅ」


 俺はまた腕に力を込めて、立ち上がる。


 さっき蹴られて脳震盪を起こしたのか、視界がグラグラ歪む。


 でも、俺は動く。


 じゃなきゃ俺は晩御飯になる。


 だから俺は這ってでも進む。


 この劣悪な環境を生き残るために。


 とりあえずの最終目標は、ここから出ることだ。


 最低限ここから出なきゃ、ゴブリンに襲われる恐怖から逃げることはできない。


 出た先のことは、出てから考えよう。


 そして、出るための計画はふざけた考えの裏でそこそこ考えている。


 片手間に考えたやつだ。大したものじゃない。


 だけど無鉄砲に進むよりもマシだろう。


 俺はゴブリン達の食料庫を出た。



「おっど、わずれでだ」


 鼻血で上手く言えない独り言を呟いた俺は、早速計画に重要なものを忘れ、くるりと振り返って肉の山を見る。


 そして、そこからすでに捌いてあって肉塊状態の肉を両手で掴む。


 肉を手に取った俺は、そのままかぶりつく。


 鼻が機能してなくて味は感じないが、さっきから悩まされていた空腹感を抑えることができた。


 1キロぐらいあるだろう。しばらくはここを彷徨う予定だ。少しずつ食べれば脱出まで保つだろう。


 途中で栄養がなくなるのはかなりまずい。


 ゴブリンが湧くようにいるここでゴブリンを殺して食べるわけにはいかない。


 って、違う違う。俺が忘れたのは肉もそうだけどもう一つの方だ。


 これがなきゃ、計画なんてないようなもんだ。


 俺は肉の山に近づくと奥へ向かい『あるもの』を引っ張り出す。


 これがあれば、少しでも足止めになる。


 幸い、今俺鼻がイかれてるから持ってることは辛くない。グチャッとした手触りが不快だが。


 俺は肉と『あるもの』を両脇に抱えると、気を取り直してよろよろと食料庫から出た。


 割と重たい肉達で、背中は悲鳴をあげそうなほどに痛いが、我慢して進むしかない。


 •••


 ふん、忌々しい。


 同胞を殺して、無様に逃げて我の手を煩わせた人間が我らの住処で悠長にお昼寝とはな。


 ちゃんと仕留めたと言っていたが、まだ息があったじゃないか。仕留めたって言ってたあいつは後で罰を与えねばな。


 まぁいい。過ぎたことはどうしようもない。ちゃんと仕留めたかどうかを確認しなかった我も我だからな。


 それに、奴は虫の息だ。逃げ出すなんてことはできないだろう。


 それと、住処の中だからといって手元に武器がなかったのも失態だ。こういった時にも使えるし、有事の際にすぐに動ける。虫の息とはいえ息があるって分かっても、奴の顔面を蹴るしかできなかった。


 これは後で同胞達に義務付けよう。


 それと同時に、ちゃんと仕留めたかをどう区別するかも教えたほうがいいかもしれんな。


 肉置き場に、何頭かまだ息のあるやつがいた。


 どれもが虫の息で死にかけていて、逃げ出すことなんて無理だろうが、演技かもしれん。そうして我らの隙を狙って逃げ出したり襲ってくる可能性だってある。


 ふぅ、今回の件で色々我も学ぶことがあったな。


 そのことは感謝せねば。


 感謝して、美味しく頂こう。


 人間の肉はまだ頭が悪かった時におこぼれを貰った時以来味わっていないが、極上の味だ。他の動物なんかよりもずっと美味い。


 いかんいかん、涎が垂れてしまう。


 これから我の同類と今後の方針を話し合うのに、情けない格好で行くわけにはいかない。


 あいつらは頭がいいから、王である我の地位を狙っている。やることも多いが、それを補ってなお余りあるほどに美味しい面もある。弱さを見せれば、我もいつ寝首をかかれるか分からない。


 気を引き締めなければな。


 さて、やっと到着したか。


 この先にはあいつらがいる。忙しい『獣期』に入る前にあいつらと戦って怪我しないようにせねばな。


 我は洞窟の一角、岩で作られた机と椅子が並ぶ広い部屋に足を踏み入れた。



 •••


 よし、到着。


 食料庫から出てしばらくして、俺は計画のための目当ての場所に到着した。


 ここに来るまでにとんでもなく迷った。


 ゴブリンの巣、めっちゃ広い。


 何せあの時戦った奴だけで軽く100は超えていたのだ。待機していた戦闘員とか非戦闘員とか含めたらもっといるだろう。そんな奴らが住むのだ。広くないわけがない。


 しかもなんと、階層まであるのだ。


 今把握した感じだと、全三層。


 一番下が居住区(と便宜上名付ける)。食料庫からすぐ近くにあったのですぐに行ったが、ゴブリンがたくさんいすぎて荷物を抱えた状態だと入ることができなかった。


 二段目が、食料や武器などを蓄えておく倉庫区。俺がいたところ以外にも肉や植物の実が蓄えられていた場所が多くあった。籠城すればかなりもつぐらいに蓄えてある。かなり部屋があったので、ここはかなり広い。


 そして一番上は、よく分からない。


 倉庫区を歩き回っている時に偶々上に行く階段があったからあるって分かっただけで、何があるか分からない。


 まぁそんなこんなで迷いに迷って、俺は目的地に着いた。


 そこは、倉庫区の外れの方にある貯水地だ。


 大体25メートルプールぐらいの広さの穴に、並々と水が蓄えられている。深さも結構ありそうだ。


 俺が目指していたのは、こういった貯水地や貯水槽、若しくは川や湧き水といった飲料水があるところだ。


 居住区は確認できなかったが、ここに貯水槽があるってことは、居住区には無いだろう。


 探していた理由は、俺の計画のためだ


 奴らの間で病気を流行らせるのだ。


 まぁ、病気まで行く必要はなく、腹痛を起こせればいい。必要なのは、戦力の低下だ。


 そうすれば、逃げ出すのも容易くなるし、逃げた後もかなり安全になる。


 そして、そのために俺が持ってきたのが『あるもの』、食料庫にあった腐った肉だ。


 疫病のメカニズムは知らないが、腐ったものとかが入っている水を飲むと病気とかにかかるらしい。本当かは知らないけど。


 でも、体に悪そうってのは分かる。


 だから、やってみる。


 そもそも、この計画はそんなに重要視していない。


 効くのに時間かかるだろうし、まず効くかどうかすら怪しい。


 それでも、やらないよりかはやった方がいいだろう。


 それに、計画はこれだけじゃない。


 もしこの計画が上手くいけば、もう一つの計画も楽に進むだろう。


 といっても、それも大したことじゃない。


 怪我がだいぶ良くなるまで、ゴブリンの巣に潜むってやつだ。


 正直今、歩くのがやっとだ。


 いや歩けているだけでも奇跡だ。


 もし今の状況で外に出たら、すぐに飢えて野垂れ死ぬだろう。


 襲われでもしたら、本当に何もできない。


 だから少しでも回復させて外に出ようと思う。


 ここには大量の食料がある。


 飢えることもない。


 そして、疫病計画が上手くいけばそれが容易くなる。


 動けるゴブリンが減れば、俺が見つかる可能性も下がる。


 俺が怯えて動き回ったり、眠れなったりする日々も減る。


 そうすれば、回復も早まるだろう。保証はないが。


 そして本当に上手くいけば、倉庫区は封鎖される。


 群れを率いるぐらい頭のいいボスゴブリンのことだ。何が原因かは分からないかもしれないが、どこが原因かぐらいは分かるだろう。


 疫病を広げないために封鎖する可能性は高い。


 .....俺の飲み水はどうしようか。


 いかん、そこを考えてなかった。


 疫病が蔓延するから、ゴブリンの血は飲めない。


 この計画を諦めるか?


「よっし、やるか」


 答えはNOだ。


 メリットがあればデメリットがあるのは当たり前。なら、メリットが大きい方を選ぶ。


 見つかる危険性と水分を見つけられずに脱水症状で死ぬ危険性。ボロボロの俺にとっては前者の方がやっかいだ。


 水分はまぁ、まだ血の滴る肉からでも補給しよう。


 それでも足りないなら、健康そうなゴブリンを捕まえて血を飲もう。


 ....この世界に来て、だいぶ考えが危険になってきたな。


 だけど、それぐらいじゃなきゃ生き残れないのも事実。


 うん、それで行こう。


 俺は左手に持った肉を置くと、そのまま貯水地に近づく。


 そして俺は、腐った肉を貯水池に入れようとする。


「ん?」


 だが、俺はあることに気がついた。


 俺は腐った肉も地面に下ろすと、貯水池に顔を近づける。


「....普通だ」


 水は、とても澄んでいたのだ。


 俺はそれに違和感を覚えた。


 こういった貯水池とかの水は腐りやすいらしい。


 利用する数が多ければ多いほどそれは早まる。


 そして、ここは無数のゴブリンが住む巣。


 腐っていてもおかしくはない。


 腐った水は濁るらしいが、ここの水はそんなことは無い。とても綺麗だ。


 肉の衛生状態を見てここもやばいだろうな、と思ったら全く当てが外れた。


 浄化装置でもあるのだろうか。


 予定変更。


 浄化装置を探そう。


 俺はまず貯水池の周りを見渡す。


 だけど、それらしきものはない。


 となると、水の中か。


 嫌だなぁ。


 俺の体打身ヒビ骨折だらけな上に擦り傷もめっちゃある。


 染みるだろうなぁ。


 でも、やらなきゃ計画はうまくいかない。


 俺は一旦肉と腐った肉を抱え、入り口とは反対に行く。


 そして、端の方にそれらを置いた。


 もしここはゴブリンが来た時用の備えだ。


 腐った肉の匂いに気づくと思うが、見えなきゃ奴らは気にしない.....だろう。


 そうして準備をして、俺は覚悟を決め、水の中に入る。


 プールみたいに途中で段差がないから、一気に体が水の中に入る。


 突然襲ってきた水圧に、俺の体に真新しい激痛が走る。


 僅かな水圧でもこうなるのか。こりゃ本当に安静にしとかないとやばいぞ。


 俺は自分の体の危険を確認して、だけどザブザブと遠慮なく進む。


 いつここにゴブリンが来るか分からない。


 水は、俺の腹ほどまであった。


 それにしても、全然冷たくないな。


 この貯水池は浄化装置はあっても冷却装置はないみたいだから、めっちゃぬるい。


 そんなのがあったら肉は腐らんか。


 どうでもいいことを考えながらも、俺はザブザブと進む。


 ここは水場の近くだから落ちないように松明が多めに置かれていて、水の底までくっきり見える。


 ところどころ影で見えないところもあるが、そういったところは足で踏んで確認する。


 捜索は順調に進んだ。


 この調子でいけば、あと3分ぐらいで見つける事ができるだろう。


 そう思うと、心が軽くなって体の痛みも少し和らいだ。


 だが、そんなにも事がうまくいくはずがない。


 ペタペタと、足音が聞こえてきた。


「くそっ」


 俺は悪態つきながら、そろりそろりと貯水池の端に向かった。


 真ん中にいたら、間違いなく松明の光で照らされてバレる。


 だから、バレる可能性を少しでも下げるために俺は端へと向かった。


 位置に着くと、俺は顔の半分まで水に浸かる。


 そして入り口方面に後頭部を向ける。


 ....黒髪だからバレないっていうのは安直すぎただろうか。


 だけどそれ以外に方法がない。


 潜るってのは最終手段だな。息継ぎで音を立てない自信がない。


『キィ』


 そして、ゴブリンが来た。


 後ろを向いているから何をしに来たのかは分からない。


 水を汲みに来たのだろうか。


 そう思ってると、ザバーっていう音が聞こえてきた。


 なるほど、水を足しにきたのか。


 ここは貯水池だもんな。


『キィ?』


 水を入れたゴブリンは、何か疑問に思ったような鳴き声を上げる。


 腐臭が気になるのだろうか。


 ペタペタと、足音が聞こえる。


 だけどそれは肉が置いてあるところじゃなくて、俺の方に向かってきていた。


 ば、バレたか?


 俺は息を殺してやり過ごそうとする。


『キィッ!』


 だが、バレた。


 俺の髪の毛が掴まれて、引っ張り上げられる。


「いぃぃぃぃぃ!」


 遠慮なんてない力で引っ張られ、毛がごそっと抜け、俺はまた水の中へ戻る。


 あぁ、これで俺はハゲの仲間入りだ。


 って、そんなことを思っている場合じゃない!


 このままだと仲間を呼ばれる。


 そうなったら、万事休すだ。


「悪く、思うなよ!」


 俺は飛び上がって、ゴブリンの首を掴んだ。


『キィッ!?』


 突然の俺の反撃に対応できず、ゴブリンは首を掴まれる。


「らぁっ!」


 ゴブリンの首を掴んだ俺は水に戻る勢いに腕を引く勢いを使って、ゴブリンを水の中に引き摺り込む。


 そして絶対に上がってこれないように、水底までゴブリンを沈める。


 死にたくなくて滅茶苦茶に暴れるゴブリン。


 だけど死にたくないのは俺も同じだ。


 俺は必死にゴブリンを抑え込む。


 そうやって格闘しているうちに、ゴブリンの暴れる力が弱くなっていき、そして動かなくなった。


「っはぁ、はぁ」


 思わぬ戦闘に体力を使わされた俺は大きく呼吸しながら、ゴブリンを引き上げる。


 ちゃんと死んだかどうかを確認するためだ。


 引き上げた俺の手には、息絶えたゴブリンがあった。


 運が悪かったな、ゴブリン。


 俺に手を出したのが間違いだと知れ。


 なんて痛々しいことを考えるも、あまり余裕がないことには変わらない。


 今の戦闘音で、ゴブリンが寄ってくるかも知れない。いや、間違いなく来るだろう。


 急いで計画を進めなきゃ。


 俺はゴブリンの死体をそのままに、さっきまで探していた場所に戻る。


 そして、スピードを上げて探した。


「ん?」


 しばらくして、最後の方に辿り着くと、俺は黒くて丸い石のようなものを見つけた。


 これが浄化装置なのだろうか。


 俺は水底に落ちているようなそれを拾い上げる。


 拾い上げただけじゃ何も変化は起こらないが、水の雰囲気が変わったような気がする。


 分かんないがとりあえず目標は達成したとしよう。


 ザバァ、と水から上がると、俺は急いで腐った肉のところへ向かった。


 そして貯水池の側まで近寄ると、投げ込んだ。


 よし、一先ずはOKだ。


 その前に、ここで手を洗っておこう。


 俺は臭いが分からないから臭いかどうかは分からないが、ゴブリン達はそうはいかない。


 腐臭をできる限り落としておくのがベストだろう。


「さて、ずらかるか」


 俺は食べれる方の肉を掴むと、この部屋から出た。


 もちろん、浄化装置みたいな石を忘れずに。


 これがあれば、あの水も飲めるんじゃないかな。


 そうなれば、水問題も解決する。


 俺はそそくさと、この部屋から出ていった。




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