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歩け歩け

「はぁ、はぁ」


 思いっきり叫んだ俺は疲れ、息を切らした。


 そして、ごろんと転がり空を見上げた。


「....」


 相変わらず、陰鬱とした紫色の雲が空を覆っている。


 今の心境が正しくそれなのが笑えないところだが。


 何をやっても、俺に特殊な力があるとは思えなかったからだ。


 叫びながら、俺は他の属性の魔法も唱えてみた。


 だけどそのどれもが何も起きずに、最終的に腕が爆発する。


 この世界の魔法の発動方法が俺の想像しているやり方と違う可能性もあるが、発動できなければ意味がない。


 無いのと同じだ。


 それになんだろう。感覚でしかないけど、俺には魔法が放てるような感じがしない。


 さっきまでの失敗の中で、放つイメージをしていたのだが、魔力みたいなものが体の外には出なかった。溜まりに溜まって暴発したが、その時にしか出ていかなかった。


 集中させることができて、放つことができないのなら、俺は根本的に魔法に関しては欠陥を抱えていて、発動できない気がする。


 まぁ、魔法を研究したわけじゃないからそこのところはよく分からないが。


 また、身体能力が高くなった、というわけでもなかった。


 地面を殴ってみたりしても、前の俺と何も変わらなかった。拳を痛めただけだ。


 俺は丸腰で、何のサポートもなく異世界に放り込まれたのだ。


 強い武器も魔法もない。ましてや武術とかかじったことすらない。


 頼りになる仲間もいない。


 今は何もいないが、こんな危なそうな場所だ。魔界って言葉が似合いそうなこの場所にいつまでもいたら魔物とか魔獣が襲いかかってきてもおかしくない。


 そうなったら、俺は抵抗することもできずに奴らの餌になるだろう。


  最悪だ。お先真っ暗だ。


 そう思わずにはいられないだろう。


「......ふぅ」


 思わずそんなマイナス思考に走った胸中のモヤモヤを吐き出すように、俺は息を吐いた。


 確かに今絶望的な状況だ。


 だけどいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。


 そうしても、何も起こらないからだ。


 それに、勝手に期待した俺が悪いんだから。


 異世界に行けばご都合主義特典が必ずある、そういう先入観があったから、何もなくて絶望してるだけだ。


 絶対にある、なんて誰も言ってないのに、ある前提で動こうとした、それが馬鹿なだけだ。


 思考を切り替えよう。


 異世界に送られたけど、送られただけじゃ何も手に入らないのは普通。


 異世界転移テンプレを求めるのは、現実で例えると外国行って、特別待遇を要求するようなものだ。横暴にも程がある。


 まぁ、事前に許可なく送られたら少しは手当が欲しいものだけ....いや、それが体の中の魔力みたいなものか?だとしたら俺でも使えるものであるはず。探っていく必要があるな。


 そして、確かにあんな夢を見たけど、あれは偶然の産物。


 異世界に勝手に送られて、それを察知した体が勝手に見せた夢、そう割り切ろう。


 だから俺には特別な力はない。仲間もいない。イベントもない。


 そして、なんの使命もない。


 異世界転移に偶然巻き込まれた高校生霧島咲、その認識でいこう。


「....何しよう」


 そして今直面している問題に目を向ける。


 そう、何をすればいいのか分からないのだ。


 使命がある、ということは何かしなければいけないっていう義務があるため、目標(ゴール)が見えている。


 そのために必要なことを、手順を踏んで獲得すればいい。


 だけどこの場合は何もない。


 つまり、何しなければいけないという義務はないが、目標(ゴール)がない。


 それに向け何をすればいいのか分からないのだ。


 これで圧倒的な力があれば、夢にあった魔王討伐とか、それ以外でも世界征服とか勝手に目標定められたけど、くどいようだが俺にそれはない。


 そうやって、あれこれ考えて悩んでいるうちに、俺ははっ!、と気づいた。


「こんな状況で、どう生きていけばいいんだ」


 俺がどう活躍するより、そっちの方が重要だということを今更ながら気づく。


 俺の手元には、武器はおろか水も食料もない。


 ガバッと起きて、確認するようにもう一度更地を見渡す。


 やはりそこには、鳥も飛んでなければ枯れ木すらない、だだっ広い更地が広がってるだけだった。


「やべぇ、どうしよう」


 幸い、俺は今喉の渇きも飢えも感じていない。


 だが、このまま何もしなければ3日も保たないだろう。


 じわりじわりと焦りが募る。


 すぐさま行動しなければならない。


 じゃないと、待つのは餓死だ。


「と、とりあえず、人を探さないと」


 俺はそういうと、立ち上がり、遠くにある城の方を見た。


 城がある、ということは誰かが住んでいるだろう。


 廃城になっていて誰も住んでいなければどうしようもないが、他にあてがあるわけでもない。目指すならそこだ。


 そして人がいれば、生活するための水と食料があるはず。


 異世界転移テンプレが今のところ全て潰されているから、テンプレの中にある『覚えてもいないのに現地の言葉が話せる』みたいなのまで潰されている可能性があり、言葉が通じるか不安だが、何としても水と食料を手に入れる必要がある。


 その中で恥をかくかも知れないが、背に腹はかえられない。生きることが最優先だ。


「よし、行くか」


 腹をくくり、俺は城へと歩を進めた。


 遭難した時、その場を動かない方が生存率は高いらしいが、ここは異世界。警察もいなければ自衛隊もいない。


 そして、ここでは俺を探す人なんていないのだ。


 その場に止まって助けを待っていたら、死ぬだけだ。


 止まって死ぬより、動いて死んだ方がまだマシだろう。死ぬつもりはないが。


 一歩進むごとに不安が増すが、そう思うようにして気持ちを鎮めて、俺は歩く。



 •••


「考えれば考えるほど、不思議だな」


 独りで歩いていて寂しくなった俺は、誰もいないのに独りで話し始めた。


「普通の高校生が、こんな風に異世界に飛ばされるなんてな」


 現状を嘆くわけでもなく、ただ思ったことを口に出す。


「ラノベの中でもそう、普通の高校生が飛ばされる、あるいは選ばれる。神とか王様は何を基準に俺らを選んでたんかな」


 創作物だからそこはご都合主義と言われたらそこでおしまいだが、暇なのでそこを疑問に思ってみる。


「元の世界では発揮されなかった能力が、こっちだと凄まじいから、それを見極めて連れてくるとか?差し迫った状況が多いから、そう言ったこともしてるかも知れんな」


 ぶつぶつと、独り言を呟く俺。


 誰にも聞かれないからできる暇つぶし、気紛らわせ。


 ....正直言うと、歩くのが疲れてきた。


 交通網が発達している日本で過ごしてきたから、足腰が発達していることがない。


 昔の人は余裕で歩けそうな距離も、俺にとっては苦行だ。


 そんな状況が続いている。


 誰だって嫌になるだろう。


 周りの景色が変わればいいけど、そんなことはない。


 何もない更地が続いているだけ。


 なんだったかな、同じ風景が続いていると幻覚が見えてくるってやつ。


 それが起きても不思議じゃないような、不変の景色。


 なんの楽しみもない。


「でも、少なくとも俺は飛ばされた側だな。選ばれてたらこんな状況になってない」


 選ばれて、こんな苦行をやらされるなら、誰だってボイコットしている。


 あ、でも力あるならなんとかしちゃうかもね。


 しかし、俺にそんなものはない。


 はぁ、と思わずため息が出る。


「あーあ。せっかく異世界に来るなら選ばれて来たかったな。例え与えられた力が弱くても、努力して伸ばせるだろうし、何より周りに人がいる。人がいるって案外大事なんだよな」


 独りで寂しく歩いている今現状をみて、俺はそんなことを言葉にする。


 周りに人いれば、励ましてくれれば、やる気が出る。


 けどいなければ、独りで頑張るしかない。


 皆んなで頑張るのと、独りで頑張るの、どちらが成果が出やすいかと言ったら間違いなく前者だろう。


 だらけたら逆効果だが、やっぱり皆んなで頑張る方がやる気が出る。


 あと一人、あと一人仲間と呼べる人がいれば、歩き続けるっていう苦行も少しは楽になるだろう。


「ま、無い物ねだりしてもしょうがないんだけどな」


 ふっ、と自分の考えの甘さに俺は鼻で笑った。


 どれだけ妄想しても、現状は変わんない。


 独りで歩くしかないのだ。


 どれだけ寂しくても、どれだけ苦行でも、歩くしか生きる道がない。


 さぁ歩こう!


 光ある明日のために!


「でも疲れたからちょっと休憩」


 そんな意気込みをしたが、疲れに心が負けて俺は歩みを止めた。


 そして座り込んで、その流れで寝転がる。


 慣れない環境に、知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたのだろうか。


 俺の意識はすぐさま無くなった。



「....体が痛い」


 だけど硬いところで寝ることに慣れていなかった俺は、数分で目が覚めた。


「....歩くか」


 俺は立ち上がると、のらりくらりと歩き始めた。



 •••


 あれからどれくらい経ったのだろう。


 時計もなければ、太陽すらない。


 時間を知る術がないから、どれだけ進んだか分からない。


 体感的にはもう10キロぐらい歩いた気がするが、元いた場所に目印があるわけでもないので分からないし、遠くにある城が近くなった気がしない。


 だけど、これだけは分かる。


「くそっ、何も見当たらない」


 俺の周りには、あれから何もないのだ。


 不気味なほどに、何もない。


 生き物も、木も草も、石も砂すらない。


 ただ、何もない更地が広がっているだけ。


 本当にこの世界には生き物が住んでいるかどうかを疑うほどに、新しく見つけることができないでいた。


 そろそろ喉が渇いてきたような気がする。


 だけど、それを潤すものもない。


 少しずつ、少しずつ、焦る気持ちが募っていく。


 自然と歩くスピードが速くなる。


 そんなことしても、俺の周りには何も変化がない。


 近くなって城が大きくなってるように見えたり、遠くの物陰があったりするわけでもない。


 湖が見えたりするわけでもない。


 焦りが不安を呼び、そしてイライラへと変わる。


 そしてそのイライラは、あり得もしない妄想にぶつけられる。


 もし俺がラノベのテンプレ通りに進んでいたら、今頃俺は特別な才能を認められているころだろうな。


 まだ見せてなくても、その力に明るい将来を思い描くのだろうな。


 いや、もう可愛い女の子を侍らせているかもしれない。


 異世界に転移して、困ったところを通りすがりの女の子に助けられて、その子が実は問題を抱えていて、与えられた力でそれを解決。


 女の子は頬を染め、「一緒に行動させてください!」なんて言われて、俺はそれを快諾して、共に行動するだろう。


 そして、そこから仲間を増やして、魔王やら悪巧みしている神とかを討伐しにいくのだろう。


 その過程では、仲間たちとともに笑い合い、美味い飯を食って、旅先の宿屋で夜を過ごし明日を語る。


 時には喧嘩もあるだろう。進む先とか、報酬の分け前とか、あとは痴情のもつれとか。


 それでも、それらを通じて仲間との絆が深まり、共に高め合って力をつけ、そして最終決戦を迎え、そこで勝利してその喜びを分かち合う。


 何とも輝かしくて、甘美なことだろう。


 だけどそれは、あくまでテンプレ通りに進んだらの話だ。


 今の俺には、その要素が何1つない。


 与えられたチート能力も、可愛い女の子も、頼りになる仲間も、美味い飯も、面白い笑い話も、安心して明日を語れる状況も宿もない。


 あるのは、体の中にある魔力らしきものと延々と歩き続ける渇き始めた俺の体、そして飢えや未知の脅威への恐怖だ。


「っ....」


 絶対起こるはずがないと頭では割り切ったとはいえ、思っていたシチュエーションとあまりにもかけ離れている現状に、突発的に悲しみがこみ上げてきた。


 ダメだ。絶対泣いたらダメだ。


 泣いたら、その分だけ脱水症状で死ぬのが早まるだけだ。


 そう頭は思うけど、体はそれに反して涙が浮かんできた。


 それを危険視する自分と、しょうがないと割り切る自分がいた。


 退屈とはいえ、安全で、満足に飯が食える日常に生活していたのに、突如異世界に飛ばされて独りで生きなければいけない。


 しかも、とてもじゃないが生きることなんてできないような環境に飛ばされたのだ。


 そして、前の世界では考えることもなかった、生きるために行動するということを強いられている。


 何か得られるわけでもない。何か施しを受けられるわけでもない。


 だけど、生きるために、歩かなければならない。


 苦痛に耐えなければならない。


 こんなの、あんまりじゃないか。


 延々と続く同じ景色に、渇いてきた喉に、弱い心が頭をもたげ、そう泣き言を零す。


 .....いかんいかん、疲れすぎて変なことが頭に浮かんでくるな。


 俺が今必要なのは、そんな泣き言ではなく生きるための知識だ。


 泣き言なんかにエネルギーを使うわけにはいかない。


 弱い心を追い出し、俺は無心になって前を見る。


 相変わらず何もない。


 だけど少しだけ、城が近くなったような気がする。


 そこに一抹の希望を乗せて、俺は歩き続ける。


 •••


「はぁ....はぁ....」


 もう感覚ですらどれだけ歩いたか分からない。


 時間の経過なんてもっと分からない。


 1時間か、10時間か、あるいはもう日付を跨いでいるか。


 もう何も分からない。


 喉の渇きは酷くなって、腹が減り、ぐぅ、と時々音をあげる。


 だけど、相変わらずそれを満たせるものはない。


 喉の渇きを誤魔化すために唾を飲み込んでいたが、それも尽きた。


 体は次第に重くなり、スピードも自然と落ちる。


 それでも、前に進むしか生きる道はない。


 諦めるわけにはいかない。


 それに、今あるのは絶望だけじゃない。


 目標(ゴール)にしていた城が徐々に近づいてきている。


 まだまだ遠いが、今まで歩いた距離よりかは歩かなくてもいい気がする。


 考えると疲れるから、俺は深く考えるのをやめている。


 ただ無心で、歩を進める。


 城に着けば、助けてもらえると確定してるわけじゃない。


 だけど、他にあてがあるわけでもない。


 あれこれ模索できるような状況でもない。


 できることは、ひたすらに歩くことだけ。


 (ゴール)に向け、歩き続けるだけ。


 疲労困憊で、そこに怖いという感情はもうない。


 ただ歩け。ひたすらに歩け。


 死にたくなけりゃ歩みを止めるな。


 止めたら最後、再び歩くことはなくなる。


 俺は脅すように体を騙し、体を歩かせる。






 歩いて歩いて、ひたすらに歩いて。


 我慢して我慢して、飢えと渇きに我慢して。


 疲れて疲れて、投げ出しそうになる体に鞭打って。


 歩く歩く。その先に希望があると信じて。




 だけど周りには何もない。


 生けるものも動かぬものも、何1つない。


 あるのは、無情なまでの死の大地だけ。


 飢えと渇きはもう感じない。


 他の感情も殆どが消え失せた。


 あるのは、生への執着。


 そして、(ゴール)に辿りつけば、助かるという希望。


 それ以外は全て切り捨てた。


 重たくなった体は引きずるように。


 湧き立つ感情は押し殺すように。


 ただひたすらに、歩く。


 しかし、気持ちはあっても体が限界を迎えそうだ。


 引きずることもままならなくなった。


 視界も霞んできた。


 一度休んでからここまで不眠不休だったからな。


 そう一瞬思うと、抑え込んでいた弱音が一気に溢れ出した。


 あぁ、もうダメだ。


 負の感情の濁流に、俺の心はへし折れた。


 そして、鞭打って動かしてきた体はその歩みを止めた。


 そして、両膝が地面についてしまった。


「だめ....だ....。ここ...で...死にたく....ない」


 口から零れた本音。


 それを聞いて、己を取り戻すことができた。


 歩かなければ、(ゴール)にたどり着かなきゃ。


 その気持ちが戻ってきて、俺の体は動きを取り戻す。


 そして、視界が少しだけクリアになる。


 ゆっくりと、片膝を立てて、そこに力を込めて立ち上がる。


 そして立ち上がり、俺は歩みを進めた。


 だけど、限界が来ているのには変わらない。


 すぐに体は止まってしまう。


 もう、ここまでか。


 絶望的な状況に抗うために歩いたきたが、それも限界だ。


 そして、生きることに疲れて、体を自由にしようとした。


 その時。


 視界の端で、何かが動くのを見た。


「っ!?」


 急激に覚醒する俺の意識。


 そしてばっ、とその方向を向く。


 まだ霞んでいる俺の視界にははっきりとした姿は映っていない。そして遠い。


 だけど、そこにあったのは。


 待ち望んで止まない、人影だった。



ご都合主義?知らない子ですね

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