さぁ逃げ出せ!3
誠に勝手ながら、タイトルを変更させていただきました。
理由はですね、前のタイトルですと咲君が絶対困難を乗り越える!みたいな感じを受けてしまうと思ったからです。
乗り越えられない困難があってもおかしくないのに、それは相応しくないと思い変更させていただきました。
今後とも、よろしくお願いします。
あれからまたどれだけ走ったのだろうか。
体感的には、フルマラソンぐらい走っている気がする。一度も走ったことはないが。
遠回りしたおかげで罠もなく、脇道や食料庫からゴブリンが飛び出してくることはなくなった。
これだけで、先はまだ楽になると考えるべきだろう。
「はぁ、はぁ」
『キィィィィィ!!』
現状は、全く良くなっていないが。
体力はとっくに限界を迎えている。
スピードも最初とは比べ物にならないぐらい遅いし、足取りも危うい。
何とか曲がり道や蛇行している道で差をつけているが、直線の道だと追いつかれそうなほど。
だけど、後ろの奴らの数は、変わっていない。
増えていなくて良かった、と手放しに喜べない。
変わらないということは、疲れて離脱するやつがいないということだ。
前も考えたローテーション式なのかは分からないが、このまま走り続けたら捕まる。
階段に辿り着く前に。
遠回りしたおかげで罠とかは回避できているが、その分距離が伸びた。
今走っているところで、やっと半分ってところだ。
正直まずい。
俺の運命が、体力が尽きるのが先か、奴らに追いつかれるのが先かの二択に絞られているのだ。
辿り着けるという可能性は、ない。
どこかで撒いて、一度休憩を取らなくてはならない。
また罠が仕掛けられるだろうけど、このまま走り続けるよりかはマシだろう。
まだ不思議と物事を考えられるのが幸いだが、いつかはまともに考えられなくなる。
その前に、何とか策を練らなければならない。
まずは奴らを撒くこと。
ラノベでは、曲がり角を曲がってその先の小部屋に入り込んでやり過ごすというやつがあるが、これは現実的ではない。
ここは奴らの巣。数メートルほどしか離れていないのに、曲がった先で視界から消えたら、どの場所にいるかを速攻で探される。
そして、小部屋という袋小路に入ってきて、そこでバレて俺はミンチになる。
走って体力がないところで戦闘しても、勝ち目があるわけがない。
なら、どうするべきか。
「はぁっ、はぁっ」
俺の息がもう一段階上がる。
吸う空気が熱い。
胸が焼けるように苦しい。
タッタッタッという軽快な足音からタン、タン、タン、という重たい足音に変わる。
だんだんと、腰に提げている剣が重たく感じるようになってきた。
『キィィィィィ!!』
だが、奴らは変わらずに金切り声を上げて俺を追いかける。
そろそろやばい。
蛇行する道を最短距離で走りながら、俺は体の危機を感じた。
それに加えて、奴らが蛇行した道に慣れてきた。
巣とはいえ、走り慣れていなかった奴らは時々ぶつかったりしていたが、それが減って俺との距離を詰めてきた。
まだ少しだけ余裕があるが、もう少し走ればその余裕もなくなるだろう。
「んっ、くっ」
俺はその余裕を少しでも作るように、最短距離でカーブを曲がる。
だが、目の前の光景は俺を追い詰めるように現実を突きつける。
「くっ••••••っそ」
どこも曲がっていない、真っ直ぐな一本道が俺の前に伸びていた。
脇道が100メートルほど先にしかない、絶望的な一本道。
だけど走るしかない。
『キィィィッ!』
後ろにはもう奴らが迫っているのだ。
止まるわけにはいかない。
何に使われているか分からない部屋はあるが、そこに入れば間違いなく死ぬ。
スピードが落ちた今の俺が、一番直面したらいけない道。
奴らの足音が、忍び寄る死の影の足音となって聞こえてくる。
それから必死に逃げるように、俺は走る。
だけど、死の足音はじわりじわりと近づいてくる。
焦りに焦って足を速く動かそうとしても、まるでゆっくりと嬲るように迫る。
まずい、やばい、死ぬ。
ボヤけてきた頭で、そんなことを思い始めた。
「死にたく••••••ない。死にたく••••••ない!」
だが、ここで心が折れれば今までの努力が無駄になる。
それだけは避けなければならない。
ここは踏ん張るしかない。
足が痛くても、息が苦しくても、走るしかない。
「はっ••••••100メートル走か」
俺のタイム、確か18秒だっけな。
遅かった記憶がある。
でも、この場合はその18秒は速い。
奴らもそんなに足が速いってわけではない。
奴らとの距離を開けることができる。
そうすれば、今考えついた策ができる。
近くでは自分で考えたようにバレてしまうが、離れていればバレる可能性はぐっと下がる。
やるしかないだろうな。
「ぐっ、おおおおおおおお!!」
俺は、ギアを上げる。
足が痛い。
もう肺も痛い。
喉まで痛い。
口の中に血の味が広がる。
それらを振り切るように、俺は走った。
『キ、キィィィ!?』
急に速くなった俺に奴らは驚愕の声を上げる。
だが、奴らはスピードを上げることができない。
みるみるうちに距離が開く。
「お、らぁ!」
そして脇道少し手前で、俺はポケットから残り2つの丸い玉の1つを取り出して地面に叩きつけた。
凄まじい匂いと煙が、狭い坑道のような道に広がり、辺り一帯を包み込んだ。
『キキィィィィ!?』
後ろにいた奴らの先頭が絶叫しながら煙の中に突っ込んでいく。
それに続くように、他の奴らも同じように煙の中に突っ込んでいく。
もう何度も煙を浴びたせいか、最初の頃のように悲鳴を上げてのたうち回るってことはなく、拡散した煙の中を突っ切っていく。
足音的にスピードが落ちているが、ものの10秒ほどで煙を抜け出した。
『キ、キィ?』
煙を抜けた奴らは、目の前の光景に驚く。
目の前を走っていたと思っていた俺の姿がどこにも見当たらないのだ。
困惑した奴らは、煙を抜けた先で呆然としていた。
『キ、キィ』
煙は晴れて、辺りが見えるようになるが、俺の姿が見当たらない奴らはキョロキョロと周りを見るだけだ。
『キキィ!』
先頭に立っていた奴が何やら指示を出すと、呆然としていた奴らがはっ、として走り出す。
1つは真っ直ぐに、もう1つは脇道に逸れて走り出した。
どこか慌てながら二手に分かれ走っていく奴らを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
よかった、上手くいった。
「ふぅ••••••」
奴らが困惑して立ち止まっていたところから数メートル後ろの部屋から覗かせていた顔を引っ込めて、ズルズルと俺は壁にもたれかかった。
•••
もう一歩も歩けない。
俺は力なく後ろの壁にもたれながら、ふっ、と短く息を吐いた。
最後のギアアップは最後の力を振り絞ったものだ。
限界を超えて、体を動かしたのだ。
その代償に動けなくなるが、何とかなった。
あの時俺は丸い玉を叩きつけた後、くるっと踵を返して奴らと煙の中ですれ違った。
今までの逃げ方の焼き直しみたいなやつだが、今回はそこから走らずに近い部屋に入ったり、その先の道が二手に分かれていたりしていたため、奴らを騙すことができた。
奴らは二手に別れたどちらかに進んだと思ったのだろう。
あの時今までみたいに後ろに走っていたら足音で気がつかれただろう。
だけど今回は奴らの警戒が煙に向いているうちに奴らとすれ違い、部屋に入って息を殺していた。
今まで走っていた俺の姿が突如消え、足音も消えて、それに奴らは困惑しただろうな。
それで奴らは俺が走っていたってことから前に進んだと判断して前に進んだのだろう。
奴らが少し頭が良かったら、周りを探されて、バレてたな。
安全マージンを取って結構後ろに隠れたが、人間だったら3つに分かれて、追いかける2グループと探すグループで俺を探すだろう。
奴らが頭良かったら、俺は死んでいたな。
だけど、奴らはゴブリン。
奴らのボスは頭がいいが、それ以外は指示がなきゃまともな考えをしないので対処がしやすい。
油断は禁物だが。
今までやらなかったのは、体力的にいけると思っていたことと、丸い玉の出し惜しみ、そして上手い具合に脇道がなかったりしていたからだ。
反省しよう。
ゆとりを持って行動するようにしよう。
さて、現状確認だ。
体、ボロボロ。具体的に言うと火傷、擦り傷、足の筋の痛み、呼吸器官系の痛み、あとは走ってる最中に石斧を投げつけられてできた肩の打撲。
頭、ちょっとやばいかも。疲労で意識が飛びそう。だけどまだまともな判断は下せる。
周りの状況、変わらずゴブリンの叫び声が聞こえる。それ以外には何もない、はず。意識が飛びそうであまり上手い具合に周りを確認できない。
結論、もう寝よう。
敵の巣で寝るのは自殺行為だが、疲労したまま下手に動いて死ぬよりかはマシだろう。
もっとも、騒がしくなれば嫌でも起きるので深い睡眠が取れるとは思えないが。
今すぐにでも寝たいが、まだまともな思考は残っている。
今後のことを考えよう。
無計画に動いても、今回みたいになったり、死ぬ。
なら、少しでも余裕がある時に考えておくべきだろう。
俺が起きたら、体がどれだけ回復してなくてもここを出る。
もちろん上の区画への階段を目指すが、その前に貯水池に寄ろう。
走り過ぎて、今でも喉がカラカラだ。
どうせまた奴らに追われるのだ。その状態でまた逃げ回るのは危険すぎる。
向かう道から少し離れるが、許容できる範囲の中にある。まずはそこを目指そう。
そこで水を補給したら、階段を目指そう。
奴らのことだ。また罠を仕掛けているだろう。
だが、今回のことで奴らの作戦が見えた。
階段への直線的ルートに罠を仕掛けるのだ。
奴らの罠を設置できるキャパはこの倉庫区を覆い尽くせていない。
少し別のルートに入っただけじゃ回避できないが、今回みたいに大きくずれると何もなくなる。
道を変則的に使って、できる限り避けて進めば今回みたいに疲労でこんなことになるのが抑えられるかもしれない。
そして奴らのことだ。
階段を岩とかで埋めてくるだろう。
俺を逃さないために、必ずやってくる。
そしたら、俺は拾った黒い丸い玉を使う。
地雷のように使われていて、それなりの威力が期待できるそれをぶつけて、開通させよう。
不発弾として拾ったので不安が残るが、不発弾も何かの拍子で爆発するらしい。
全力でぶつけて、吹き飛ばそう。
爆発しなかったらまぁ、うん。
前は恐れてできなかった、岩の除去作業をしよう。
後ろからゴブリンに追われてたら、崩落させてそれに巻き込ませよう。
••••••爆発のこと含めて妄想だから、上手くいく保証はないがな。
意識が飛びそうで、思考もぶっ飛び始めるが、考えがあるだけマシだと割り切って続ける。
上の区画に辿り着いたら、奴らは待ち構えているだろう。
この可能性は凄く高い。
そして、戦闘は避けられないだろう。
奴ら全員が武器を持っていてもおかしくない。
それとの戦闘をしなくては、俺は地上へ出れないだろう。
そうなったら、作戦は1つ。
弱そうなのを倒して進む。
極論にして極意。多分。
全部を相手取れる力は持っていない。
ラノベの主人公のように力を与えられていれば、後ろの女の子を惚れさせるような、ゴブリンを全滅させるカッコいいシーンを演出できるが、あいにく俺にはそんなものはない。
というか、女の子すらいない。
ってか、人にも会ってない。
会った生命体はゴブリンだけ。
••••••虚しい上に話がズレたな。
とまぁ、弱い奴を剣で斬り伏せて行って、道を作って進むというのは確定事項だな。
俺に力も実力もないんだから。
生き残るために弱者を切り捨てていかねばならない。
そこで俺の糧になったゴブリン達の思いを胸に、俺は外に出て••••••いかん、もう思考がおかしくなってきてるわ。
出た後のことは、また考えよう。
今はもう考えるのは限界だ。
そろそろ俺の意識が朦朧とし始めた。
視界がぼやける。
体が遠くなるような感覚に襲われる。
力が抜けて、パタン、と横に倒れた。
そうして、俺は瞼を閉じた。
「ーーーーーーーーーー?」
意識が飛ぶ瞬間、何故か女性の声が聞こえたような気がした。
いや、俺飢えすぎだろ。
•••
『あれ』は困惑していた。
目の前に、こんなところにいるはずのない生き物がいたからだ。
それは、人間。
『あれ』がいるゴブリンの住処は世界の半分を占める魔大陸にあり、人間は住んでいない。
人間は、そのもう半分の光大陸に住んでいる生き物だ。
だから、こんなところにいるはずがないのだ。
時々、魔物や魔族を殺すためにやってくるが、そういった者はとてつもない実力を持っており、ゴブリンに捕まることはない。
この人間には大した力を持っていない。
魔力が少しだけ多いぐらいだが、魔族に比べたら雀の涙ほど。魔大陸に来るような人間ではない。
それなのに、この人間はここにいる。
それに対して『あれ』は困惑していた。
噛み合わない事実。
だけど突きつけられる現実。
目の光が死んでいて、ブツブツの何やら呟いている人間を前に『あれ』は動きを止めた。
だが、その呪縛はすぐに解き放たれた。
人間が呟きをやめ、パタン、と倒れたからだ。
「あなた、大丈夫ですか?」
突然倒れた人間に、『あれ』は思わず声をかける。
だが、意識を失っているのか返事はない。
「っ!」
よく見ると、人間の体はボロボロだった。
それはもう、何でこんなところにいるのか分からない程の重傷だ。
それを前にして、『あれ』は1つの可能性が導き出された。
彼はゴブリンキングが言っていた侵入者だという可能性が高い。
最初は侵入者ではなく、餌だった哀れな人間。
袋叩きにされて、瀕死だったのにも関わらず逃げ出した憎たらしい生への執着心の持ち主の人間だと。
その可能性に導かれ、『あれ』は彼を哀れに思った。
私と同じ境遇、いやそれ以上にひどい、と。
哀れに思った『あれ』は、彼にそっと近寄る。
そして屈み込み、彼の顔に手をかざした。
すると、彼女の手から淡い緑色の光の粒子が漏れ始めた。
その粒子は彼の顔を伝い、全身を縦横無尽に動いて周り、蛍のような光の粒子を増殖させていった。
粒子が触れたところの傷は、傷口から赤色の光の粒子を漏らしながら、塞がっていった。
全身から赤と緑の光の粒子が立ち昇り、混ざり合い、幻想的な光景となる。
しばらくすると、緑色の光の粒子は次第に消え始め、立ち昇る赤色の粒子も無くなっていった。
そして完全に消えると、そこには内側まで完全に癒えた彼の体があった。
「良かった、ちゃんと治った」
治癒が上手くいき、ほっと胸をなでおろす。
あまりに酷いと、効かないことがあるからだ。
「魔族が人間を助けるなんて、変わった話だよね」
『あれ』はふっ、と己の行いに苦笑した。
『あれ』は人間ではない。
人間と敵対する、魔族だ。
だが、『あれ』の中に憎しみはなかった。
同じ境遇を味わった者として、まだ自由の身である彼にはゴブリン達に捕まって欲しくない、強く生きて欲しいと思う気持ちに種族は関係なかった。
「うまく、逃げ出してね」
『あれ』の首には禍々しい首輪が付けられている。
そのせいで、ここから逃げ出すことも、助けを呼ぶこともできない。
ずっとゴブリンの魔術師として使い回される日々。
歯向かうことは許されない。
こんな私のようなことにはならないで欲しい。
その思いで、『あれ』は彼に声をかけた。
返事は来ない。
元より期待していない。
そして、『あれ』はもう次の仕事がある。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
『あれ』は立ち上がると、スタスタと歩いていった。
もし彼が逃げ出して、その先で私の仲間と出会って、助けを求めてくれたら、私はここから出ることができる。
そんな可能性はありえないのだが、『あれ』はそんな期待を彼にしてしまう。
それがバカバカしくなり、虚しくなり、そして悲しくなり、『あれ』は早足で彼の元を去った。
その目元に、煌めく涙が浮かんでいたことは誰も知らない。
少しだけ、報われて、ほしくて、つい、甘さが、出てしまった