表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

プロローグ 始まりの夢

 ふわふわとした感覚に身体が包まれている。


 視界は白く、それ以外何も映し出していない。


 視点を動かしても、それは変わらない。


 もちろん自分の身体も見ることができない。


 意識はまだ覚醒とは程遠く薄ぼんやりとしている。


 何だ、ここは。


 靄がかかったような意識の中、俺はそんなことを思う。


 夢の中なのだろうか。


 にしては味気なさすぎる。


 それにこんな光景は見たことがない。


 本当に、夢なのだろうか。


 ふとそんなことを疑問に思う。


 ま、考えても無駄か。


 俺に分かることじゃない。


 諦めて身を委ねよう。


 夢ならそのうち目が醒めることだし。


『紡ぐ言の葉で君は何を描くのか』


 少女の声のような幼い声が聞こえてくる。


 この声は、俺に質問をしているようだ。


 だが、質問の意味が分からない。


 分からないものは答えようがない。


 俺は無視することに決めた。


『紡ぐ言の葉で君は何を描くのか』


 答えないでいると、声は復唱してくる。


 分からないものは分からないし、答えられない。


 頭がぼんやりしてて、考えるのも億劫だ。


 俺はまた、無視を決めた。


『紡ぐ言の葉で君は何を描くのか』


 3回目に聞こえてきたその声は、どこか苛立ちが見える。


 ....これは、答えるしかないのか。


 めんどくさいが、どれだけ夢が続くか分からない中で、その声が延々と続くのだけは勘弁して欲しい。


 少しだけマシになった頭で俺は少し質問の意味を考えた。


 紡ぐ言の葉、話す言葉って意味か?


 何を描くのか、これはそのままの意味か?


 話す言葉で何を描くのか。


 なんか違うな。


 紡ぐのは口じゃなくてもいい。何で紡ぐかは知らないが、言葉を使うことだけは確かだ。


 描くは創り出すって意味もある。


 言葉を使って何を創り出すか、ってことか?


 .....さっぱり分からん。小説か?


 いや待て、もしかしてこれ、ラノベの力を授ける系のイベントでは?


 俺はもう高校生だが、ラノベにどっぷり浸かってる系男子だ。読む本の多くが異世界転生、転移もので、よく妄想していた。


 それが夢に現れるほどとは思えなかったが、流れ的にはそれに近い。


 なら、少し真剣に考えてみよう。


 夢の中とはいえ、ラノベの主人公の体験ができるのだ。やるっきゃない。


 紡ぐ言葉で何を描くのか、ってのはこの流れだと魔法の属性を決めるものだろう。


 つまり、ここでの選択が異世界での生活を大きく分けるのだ!


 ...なーんてね。


 忘れるな俺、これは夢だ。


 熱くなるのも分かるが、期待しすぎは良くない。


 ま、貴重な体験だ。しっかり選ばせてもらおう。


 やはり、ここはテンプレの【炎】かなぁ。


 いやいや、【氷】も捨てがたい。


 なら【風】?【土】とかもいいなぁ。


 あ、【光】ってのもありかな。


 使われ方次第だと最強だし、汎用性高いし。


 んー、でも【闇】もいいな。【影】でもいいけど。厨二病心がくすぐられる。


 その2つを合わせてみるのも.....。


 ここはぶっ壊れで【空間】とか【時間】ってのもあり....いや、それだとめんどくさくなりそうだ。制御とか、人間関係とかで。


 選択肢が多いと、結構迷うな。


 考えれば考えるほど、俺の中の厨二病が暴走し始める。


 どこか適当な落とし所を作らなければ。


 まいっか。所詮は夢だ。


 1番かっこいいのを選ばせてもらおう。


 現実だとかなりドンびかれるだろう。高校生がこんなことに夢中になって。


 だがここは夢の中。誰にも聞かれることはない。


 俺の答えは、【氷】だ。


『よしわかった。それじゃあ霧島咲君、君に【氷】を操る力を授けよう』


 声は出ないが、心の中で俺が答えると、延々と考えている間にも響いていたセリフが変わった。


 よかった、考え方は間違っていなかったようだ。


『君は、与えられた力で世界を破滅させようとしている魔王を倒して欲しい』


 少女の声がテンプレを響かせ、夢の中だというのに俺は少しワクワクしてしまう。


 だって仕方ないだろ?


 現実じゃ勉強と部活に追われて、カースト上位の連中に目をつけられないように上手いこと立ち回って、休日も連中にお誘いと言う名の強制連行されて、笑ってなきゃいけない。


 つまらなくて、退屈で、白黒の世界だと錯覚しそうになる毎日。


 そんな生活を送ってる俺にとって、異世界転生、転移のラノベの中の世界は色鮮やかだった。


 魔物や魔獣を倒して、どんどん強くなって、魔王を倒して英雄扱いされる。


 その過程で様々な仲間に出会って、笑いあって、美味いもん食って、時には喧嘩や死別があるけどそれでも俺が見た主人公はどれも幸せそうだった。


 中にはバッドエンドを迎えるものもあるが、主人公はそこに至るまでの日々を濃密に過ごしていた。


 彼らの生活全てが、俺は羨ましかった。


 努力すれば、頑張ればそれが自分の力となって還ってくるあの世界に憧れていた。


 努力しても、成果を出しても、認められず埋もれていく現実。


 そしてそれに飽き飽きとしてただ日々を浪費するだけの薄っぺらい日常。


 そんな世界から抜け出せた主人公達に、嫉妬すらしていた。


 だからなのだろう。夢の中とはいえそのシチュエーションに心踊るのは。


 夢から覚めたら、普通の生活が待っている。


 でも、今だけ俺はラノベの主人公だ。


 憧れていた主人公になれたのだ。


『あっちの世界は君達の世界みたいに優しくない。苦しいこともある。もしかしたら死ぬかもしれない。けれど、君の力が必要なんだ。世界を救って欲しい』


 もちろん、答えはOKだ。


 ここで断ったら、興ざめだろう。


 主人公っぽく振る舞おうじゃないか。


『良かった。ここで断られたらどうしようかと思ったよ』


 ほっ、と安堵したような声が聞こえてくる。


『それじゃあ、君には期待してるよ』


 そう声が響くと、俺は体に重力がかかるのを感じ始める。


 それと同時に、体が浮上ような感覚も覚える。


 間違いない。俺はもうすぐ夢から覚める。


 俺の意識がだんだんと現実へ戻っていく。


 失われた感覚が次第に戻ってくる。


 あぁ、もう少しだけ味わっていたかったな。


 そう思うも、意識の覚醒は止められない。


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()に、()()()()()()()()()()顔をしかめて。


 俺は夢から覚めた。




 だが、まだ目は開けない。


 ....何かがおかしい。


 俺はベッドで寝たはずだ。


 少し硬めだが、こんなに硬くない。


 そして、窓は閉めて寝ていた。


 季節だって冬だった。


 なのに何故、生暖かい風なんて感じるんだ?


 俺は恐る恐る目を開けてみた。


「.....嘘だろおい」


 俺の目の前には、慣れ親しんだ自室の天井ではなく。


 紫色の雲で覆われている空が広がっていた。


 ...なんだこれ。



 •••




「......」


 今俺は置かれている状況が理解できない。


 絶賛混乱中だ。


 だって目が覚めたら目の前が恐ろしい色をした空、なんて誰が想像できる?


 間違っても、俺の部屋の天井はこんな悪趣味な壁紙を使ってない。


 一体何が起きている。


 俺は少しでも情報を集めるため、上体を起こして周りを確認した。


 そして、その混乱がさらに酷くなった。


 そこには、焦土と言っていいほどに荒れ果てた更地が広がっていた。


 遠くの方に不気味な色をした森林や山脈、そして巨大な山の上に立つ城が見えるが、それ以外はなにも見当たらない。枯れ木すらない。空には鳥も飛んでない。


  「.....」


 少なくとも、俺はこんなところに来た覚えはない。ましてやこんなところで寝るはずもない。


 おかしいな、意識はちゃんとしてるぞ。しかも体の節々が痛い。


 そして、感じる風も本物だ。


 つまり、これは現実だろう。


 短絡的だとは思うが、現状それでしか状況を把握できない。


 そう理解して、俺はさらに混乱が深まった。


 どうしてこんなところにいるんだ?


 服装も、パジャマじゃなくてロングTシャツとジーパン、そしてスニーカーを履いている。何故だ?


「もしかして...」


 俺の脳裏にある可能性が浮かぶ。


 それは、俺が願っても止まない....。


「異世界に、転移した!?」


 そうとしか考えられなかった。


「っ〜〜〜!!!」


 俺は体の底から湧き上がる喜びに身を捩らせる。


 だが、ビュッと一瞬強く吹いた生暖かい風で、それは一瞬で萎えた。


「....思った展開と違う」


 再度目の前に広がる更地を見て、俺はがっくりと肩を落とした。


 転移ものの多くが、王城とか住宅街とか、人のいる場所に現れる。


 時々森の奥とかはあるが、その場合はご都合主義万歳でイベントが起こって街に出たり、森を開拓したりする。


 そして、そこから物語が始まる。


 俺が心躍らせたのは、そんな展開だ。


 だけど今はどうだ。


 人なんていない。生き物すらいない。


 突然美少女が現れたり、乗り物が現れたりするイベントもない。


 ただ、更地に放り出されただけ。


「こんなの、あんまりじゃないか」


 期待が外れ、俺は手を地面につき四つん這いで開かれている現状に絶望した。


 それでも諦めきれない俺は、ふと夢の中の出来事を思い出した。


「そうだ!まだ魔法がある!」


 一筋の光が差し込んだような気がした。


 少なくとも、あの時要求したことがあれば俺は生きていくことができる。


【氷】の魔法が使えれば、実力を売り込むことができる。身を守ることだってできる。


 魔法はイメージ次第でどれだけでも強くなるって展開が多い。【氷】の魔法のイメージはバッチリだ。


 ここまで肩透かしを食いっぱなしだが、これは流石にあると思う。


 何故って、元の世界では感じたことのないエネルギーを体の中から感じるんだから。


 きっとこれが魔力だろう、と俺は信じて立ち上がり、縋るように右の掌を真正面に向ける。


「【アイスランス】」


 掌に力を集めるイメージをして、そしてそこから氷の槍が飛び出すイメージをしてそう魔法名を唱える。


 イメージ通り、掌には体の中に渦巻いている力が集まるのを感じる。


 だが、そこから先何も起こらない。


「あ、【アイスランス】」


 俺は不安になり、再度唱える。


 再び力が集まり、前に集めた力と合わさって強くなるのを感じた。


 だが、何も起こらない。


「【アイスランス】!【アイスランス】!!」


 俺は怖くなって、何度も唱えた。


「【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!【アイスランス】!!!」


 気が狂ったように、だけどそれしか信じられなかったから何度も何度も何度も何度も唱えた。


 だが、何も起こらない。


 俺はさらに怖くなった。


 何も力がなくて、死の気配が忍び寄るこんなところに放置されるのが、怖い。


 だから、力があるって証明がしたかった。


 それだけで、安心するから。


 俺は縋るように体の中に渦巻いていた力をありったけ右の掌につぎ込んだ。


「あああああ【アイスランス】ううううううう!!!!」


 そして、俺は振り絞るように叫んだ。


 次の瞬間、俺の右腕が眩い光を放ち始めた。


 そして、爆発した。


「わあああ!!」


 猛烈な破裂音と光線に、俺は腕から顔を背けた。


 そして、尻餅をついた。


「いっつつつつつ」


 打った尻を左手でさすりつつ、俺は爆発した右腕を見た。


 そして、今度こそ本当に絶望した。


 そこには、服こそ破れているが、無傷の右腕があった。


 これが指し示すこと、それは俺には力がないということ。


 丸腰のまま、弱肉強食の世界に放り込まれたのだ。


「くそおおおおおおおおおおおお!!!」


 絶望の果てに、俺は誰もいない更地に無意味に響かせるよな大音量で喚き散らした。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ