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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第一章 ハルとの出会い
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1-7 ハルの提案、私の不安

「亜紀羅ちゃん、呼ばれてるよ」


 昼休み、紗綾と二人で次の授業の宿題を必死で片付けていると、クラスメイトに声をかけられた。顔を上げると教室の入口に大垣くんの姿が見えた。


「今行くー」


 返事をして立ち上がる。あの動画を編集してから数日経っていた。あれから一度も会っていないだけでなんだか久しぶりな気分だ。

 ちなみに今でも大垣くんが私に告白したと勘違いしている生徒はちらほらいる。「返事どうするの?」なんて野次馬根性で質問してきた相手には告白などされていないことを丁寧に説明しているが、未だに勘違いしている組が、生暖かい目で私たちを見ている。これは告白されたどころか付き合ってるとかいう噂も流れてしまいそうだ……。


「どうしたの?」


 げんなりした気分を隠して大垣くんに小走りで走り寄ると、彼はうきうきとした様子で自分のスマホの画面を私に見せてきた。


「澤さんが手伝ってくれた動画、昨日公開したけど評価がいいんだ。ほら」


 動画には高評価ボタンと低評価ボタンがあり、動画の視聴者がその動画の良さを評価できるシステムになっている。

 画面を見ると、このあいだの動画は、高評価が五十四、低評価が、十。悪い評価には責任を感じる。


「でも、低評価もいるよ……。私の編集が今イチだったからかも、ごめん」

「たった十なんて気にすることないって! それよりも高評価がいつも三十くらいなのに今回は五十超えてるんだから、いい動画だったってことだよ。ありがとう、澤さん」


 気にすることない、か。そっか、そうだよね。大垣くんの太陽みたいな明るさは、私のほんの少し宿った心の陰を取り除く。


「こちらこそ、久しぶりに編集とかして、楽しかった。すっごく。誘ってくれてありがとう」


 出来上がったのは五分もない短い動画。だけど私はこの数日間、自分でも信じられないくらいに楽しかった。撮影や編集をすることそのものも、大垣くんと一緒に小さいかも知れないけれど、ひとつのものを作っているんだという実感も。それは私がかつてアッキになったばかりの頃に感じていた懐かしさと、そのときには感じたことがなかった新鮮さが混ざり合ったもの。

 つい、また彼と一緒に何かやりたいと思ってしまうような。


「一緒にやらない?」


 これで大垣くんと一緒に何かをすることも、また編集ソフトを触ることももうないだろうなと寂しさで俯きかけていると、私の心の声を見透かしたかのような言葉が降りかかった。


「……え?」


 顔を上げてまばたきをする。大垣くんは神妙な顔つきで私に右手を差し出した。


「俺も澤さんと動画作れて、楽しかった。これからも一緒にやらない? 正式に、コンビ組んで」


 大垣くんの手は、男子にしては華奢で指が細く掌が薄く、綺麗だった。

 この手を取れば、私はまた一緒に動画を作れる? 何かわくわくした気分が胸の中に広がっていく。

 私の右手が彼の手に触れようとぴくりと動く。

 だけど、すぐに私の心は黒くもやもやしたものに塗りつぶされていった。それ以上、私の手は動かない。大垣くんの手には、触れない。


「……少し、考えさせて」


 これが今の私の返答だった。





 ヒロの部屋はいつもチョコレートや飴の甘い匂いが漂っている。

 テレビ画面の前に座り込んで、銃で撃ち合う殺伐としたFPSゲームをプレイしているヒロの背後で、私は彼が食べ散らかしたチョコレートの包みを拾い集めていた。なんで私が他人のゴミを片付けてるんだ、と至極まっとうな疑問を持ちつつ、それでも気になってヒロの代わりに捨ててしまう。じっとしているのがなんだか嫌だった。

 そのままヒロのベッドの上に三角座りの状態で落ち着き、まだ残っている板チョコを勝手にばりぼりと咀嚼していると、ゲームの中で撃たれて死んだらしいヒロがコントローラーを投げ出した。


「あー、やられたー。くやしー」


 あまり悔しくなさそうなのんびりした口調でそう言い、ヒロは私に手を差し出した。私は無言で自分の手に残っている板チョコを半分に折り、囓っていない方を彼に渡す。

 ヒロはリスかネズミのようにそれをあっという間に口に入れていく。私は口の中に残ったチョコ味の甘い唾液を飲み込んで、ヒロをぼんやりと観察した。こんなにお菓子ばかり食べているのにひょろひょろののっぽなのは何故なのだろう。スウェットから覗いている足首が私と同じくらいの太さかそれよりも細く見える。羨ましい。


「で、何?」


 突然、ヒロが私を見上げて沈黙を破った。


「何が?」

「なんかあるから来たんだろ。さっきから落ち着きないし」

「別に。日曜でやることないし暇だから来ただけ」

「ほんとに? なんか、困ってる顔してる」

「困ってる……」

「うん。何かあるなら言ってみな」


 あるには、ある。

 ヒロの目はいつも通り眠たそうだけど、どこかいつもにはない鋭い光を帯びていた。

 別に何かあるつもりでヒロに会いに来たわけじゃない。だけど、無意識に彼に頼ろうと思ってここに来たのかもしれない。こういうとき、ヒロは私よりも私のことをわかっている。

 私は今最大に困っていることを、一度舐めた唇を開いて打ち明けた。


「大垣くんっていう友だちの動画の編集手伝ったって言ったじゃん」

「うん」

「あのあと、正式にこれから二人でコンビ組んで動画投稿していかないかって言われたの。だから、どうするか……迷ってる」

「どうして迷ってるの?」

「それは……」


 どうしてって言われても。私は部屋の床に座って私を見上げるヒロの、鋭さが抜けた優しい目を見つめた。この人はわかってるくせに、優しくそう尋ねるのだ。なぜ迷っているのって。ヒロならわかるくせに。

 私の頭の中に、二つの光景が浮かんでは消える。私の部屋で大垣くんと夢中になって話し合いながらパソコンをさわって編集をしたこと。動画のコメントやSNSで目にした、アッキ宛ての暴言たち。

「私は、動画を作ることが好きだから。撮影も編集も楽しかったから、またやりたい」

 ヒロに向けて発した声は、思いの外震えていた。それに合わせて視界がぼやけていく気がして、目の奥に力を入れる。


「だけど……だけど、やっぱり怖い、んだよ、ね」


 それが私の迷いだ。やりたいけど怖い。ヒロなら知っているでしょう。私が壊れていくところをずっと、見ていたでしょう。


「でも、怖くてもやりたい?」


 それでもヒロはしつこく確認してくる。そして私は躊躇なくうなずく。


「わかった」


 そう言うと彼はいきなり立ち上がった。


「ヒロ……?」

「亜紀羅、大垣くんに連絡取れる? 頼みたいことがある」

「えっ、何を……」


 戸惑いながら、私はパーカーのポケットに手を突っ込んで、自分のスマホを握った。連絡先は知っているけど。誘いは断れと言うのだろうか。けれど、不安になる私にヒロがふわりと微笑んだ。


「俺も仲間に入れてもらう。前はなんにもできなかったけど今度は俺が助ける。だから大丈夫。怖くないよ」


 小さな子どもに言い聞かせるおまじないのように、ヒロの「怖くない」が私に染みこんでいった。

亜紀羅も紗綾も宿題はギリギリまで放置するタイプです。

まるで私みたいですな。高校の宿題だけでなく大学のレポートもいつもギリギリでした。もちろん卒論も……死ぬかと思った。

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