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53/57

6-8 ありがとう

 ハルには昼十二時、と言われていたけれど、実際のその時間になるとすっかり忘れてしまっていた。

 だって、普通に平日で学校があるのだ。

 授業を受けたり休み時間にクラスメイトとどうでもいい雑談をしたりしているうちに、するすると時間が過ぎていってしまう。。

 さすがに今日、COCのサイトに自分たちのページができてジュニア部所属も発表される、というのは頭の片隅にあってちょっぴり落ち着かない気分ではあったけれど、それにくらべると新しい動画の公開は正直、気にしていられるほど大きなことではない。

 それに、学校でスマホを使って動画を見ると、通信量がかなり消費されてしまう。通信制限にひっかかるのはちょっと困る……。


「さっちゃん!」


 まあ、ハルが言っていた動画は家に帰ってから見ればいいやと思いつつ放課後になり、帰ろうと思って校舎を出たところで、ハルが息をきらして駆け寄ってきた。


「見た? 動画、見た?」

「動画……あ、見てない、ごめん」


 ハルが、えーっと残念そうに言いながら足踏みする。


「早く見てよ!」

「い、今?」

「そう、今……いや、せっかくだからヒロと芙雪も一緒に見よう。今から俺ん家集合でもいい?」

「いいけど……何かCOC関連? 所属の発表、夜だよね?」

「いや、COC関連じゃないんだけどさ、俺が個人的に企画した動画なんだけど!」


 何をそんなに急かすのか。意味わからないけど、とりあえず見ろと言われてるんだから見るか……。

 制服のまま直接ハルと一緒に彼の家にお邪魔すると、数分遅れでハルから連絡を受けたヒロと芙雪くんもやって来た。二人も制服のままだ。

 PCを開ける時間ももどかしいのか、ハルは制服のポケットからスマホを出して、YouTubeのアプリを起動する。

 ハルちゃんねるのページをタップすると、一番上の新着動画に目が吸い寄せられる。

 タイトルが、「さっちゃんへ」だった。


「何、これ……」

「まあ、いいから見てみてよ」

「画面小さすぎて俺ら見えない」

「僕も見せて下さい……」


 となりに座っていたヒロと芙雪くんも画面に顔を近づけてきた。

 再生ボタンを押すと、白い画面に虹色のゴシック体で「さっちゃんへ」と字が現れた。

 そのまま見ていると、過去にみんなで撮った動画のハイライトのような映像が流れる。

 映像の中のどのシーンも、私の声が入っている部分が切り取られていた。

 動画の最初に挨拶する私。ハルたちの馬鹿な行動に大笑いする私。彼らのやり取りに何かツッコミを入れている私。撮影しているうちに楽しくなったのか、はしゃいだ声を出している私。

 自分で思っていたよりも私はみんなをカメラで撮影しながらたくさん喋っていたんだな、なんて思っていると、また映像が切り替わった。

 今度はまた、さっきの虹色のゴシック体。

 映し出された文章に、あっと声にならない声が出た。



12/10 17歳 Happy Birthday !!



 私今日、誕生日じゃん。

 朝起きたときには覚えていたような気もするけれど、COCのことが気になったり普通に授業を受けたりしているあいだに忘れていた。

 今度は文字が消えると、もっと細かい黒い文章が画面に現れた。

 読めない。動画を一時停止して目を凝らした。




さっちゃん、お誕生日おめでとうございます! いつも面白い動画をありがとう!


顔は見えないけどいつも楽しそうな声に元気もらってます。17歳の一年間もエンジョイして楽しい動画たくさん撮ってくださーい




「……誰から?」


「視聴者さんから。SNSでメッセージを募集しようかと思ったんだけど、万が一さっちゃんがSNSを見たらバレるし、今回はいつもコメントくれる常連の視聴者さん何人かに声かけてお願いしたんだ」

「視聴者さん……」


 それからも、同じように私に向けてのお祝いのメッセージがどんどん映し出されては消えていく。

 私は少しずつ終わりに近づいていく短いその映像を、じっと見つめた。

 胸の奥のあたりがじんわりとあったかくなってくる。

 具体的になんと言う気分が説明するのは難しいけれど。


「……嬉しいな」


 つぶやきながら自然と笑みがこぼれた。

 こんなにたくさんの知らない人たちにおめでとうと言われるのは初めてだ。

 似たような経験ならあるといえばある。

 初めて志紋くんと一緒に踊ってみたの動画を撮って公開したとき。

 たくさんの人に上手だと褒められて嬉しかった。あのときを思い出すような、でもあのときとは違うような、不思議な気持ち。

 最後まで再生された動画の画面をハルが静かに閉じる。


「動画さ、低評価を押されるときもあるし、つまんないってコメント書かれるときもあるじゃん。さっちゃんがそういうの苦手なのもわかってるし、気にするなっていう簡単な話じゃないのもわかるよ。でも、こうやって応援してくれる人もいるし、さ」

「……うん。ハルたちと違って、画面に映ってもいないのにね」

「そりゃあ画面の中にいなくたって、さっちゃんはハルちゃんねるのメンバーじゃん。ハルちゃんねるが好きな人はみんな、さっちゃんのこと好きだよ。楽しそうに笑いながら撮ってくれて、面白い動画を編集してくれて。俺も、メンバーとしてだけじゃなくて友だちとしてもさっちゃん、好きだし。たくさんの人に好かれてるから、大丈夫だよ」

「……うん」


 ハルと目が合うと、彼はにっこりと笑った。初めて教室で話があると声をかけられたときからもう何度も見てきた人を元気にするような笑顔。


「これ、ヒロと芙雪も動画作るの手伝ってくれたんだよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「いえいえ」

「どーいたしまして」


 ヒロと芙雪くんも、私に向かって笑いかけてくれる。

 私も少し口角を上げて笑ってみせる。

 本当はどちらかというと笑うよりも泣きたい気分だ。嬉しくて。


「あと、これ。誕生日プレゼント」


 ヒロが思い出したようにリュックを引き寄せて、中から綺麗にラッピングされた花模様の袋をくれた。


「待って待って、俺も!」

「僕もあります!」


 同時に三つも渡されたプレゼントに胸がいっぱいになる。


「わあ、ありがとう……開けていい?」

「もちろん」


 中身は、ハルが期間限定モデルのスタイリッシュなシャープペン、芙雪くんが、高級そうなパッケージの紅茶ティーバッグセット。

それからヒロは私が好きなゆるキャラの小さなぬいぐるみだった。


「え~っ、嬉しい! 可愛い! めちゃくちゃ嬉しいんだけど!」


 ハルが少し不安そうに私を見た。


「なんか、ヒロのやつだけ動画のときよりも喜んでない? あれはあれで俺なりにさっちゃんのために力作作ったんだけど……」

「えっ? そんなことないよ嬉しいよ、ありがとー」

「いや、なんかありがとうの言い方軽くない!?」

「ひどいです!」


 冗談のつもりでわざと軽い対応をしてみる。そのノリに合わせたヒロが、わかってないなあという顔で首を横に振った。


「ハル、芙雪。まだまだね。こいつは可愛いものを見るとテンション上がるから。というわけでさっちゃんの誕生日プレゼント選手権は俺が一位。残念だったな」

「そんな~、くそ~、来年は俺のほうが良いプレゼントを用意してやる!」

「僕も頑張ります」

「望むところだ覚悟しておけよ」

「ていうか冗談だから。三つとも同じくらい嬉しいよ?」

「わかってる、わかってる」

「ならいいけど。でもみんな、来年も何かくれるの? やったあ」


 なんだこのノリ。

 でも、来年も彼らと仲良しでいられたらいいな。

 今みたいに一緒に動画を投稿し続けていられたらいいな。

 そう思った瞬間、あれっと思う。

 かつて、もう動画の世界には戻らないなんて考えていたのが嘘みたいだ。

 私……明日も来週も来月も、来年も、動画の世界にいると思ってる。

 もちろん、何もかもが昔の私にとっての動画とは違うけれど。

 今度は私は画面の前にはいない。だけどハルとヒロと芙雪くんがいる。そんな世界。


「さっちゃんさん、急に静かになったけど、どうしました?」


 芙雪くんに顔をのぞきこまれて我に返る。ハルとヒロもきょとんとした表情で私を見ていた。


「ううん……なんでもない。じゃあ、三人とも来年もプレゼントありがとう」

「何それ!? 今からお礼言われても!」

「さっちゃんってそういう変なところもあるんだね」

「いやいや私、変ではないと思うよっ?」


 言い返したら、三人に笑われる。

 もちろん嘲笑とかではなくて、友だちとしてのあったかい笑いだ。


 私に嬉しい気持ちをくれたみんなの誕生日には私もお祝いしよう。

 それからメッセージをくれた視聴者さんたちにも次の動画で感謝の言葉を。

 アッキだった頃からさっちゃんとして活動してきた今まで、嫌なことや不安なことがなかったわけではない。というか、いくつもあった。けど、それだけじゃない。

 案外、いいこともあるよね。これからも、あるよね。

 前よりもこの世界、嫌いじゃないな。

 今しがた見せてもらった動画の優しさを胸に、三つのプレゼントを腕に抱えて、私は自然と笑っていた。

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