6-6 side東佳奈(COC ハルちゃんねる担当マネージャー)
今回だけ東さん視点です。
昔から美術の授業は好きだった。
絵は上手いほうだと思うし、彫刻や版画も、見るのもやってみるのも好きだ。
小学生の頃は仲の良い子と漫画を描くことにはまっていた。
今はハンドメイドのアクセサリーを自分用に作るのが趣味。週末は家で海外ドラマを見ながらネイルを丁寧に塗り直すのがささやかな楽しみ。
だけど、自分が何かを創って大々的に発表しようとか芸術で食べていこうとか、そういうこのは考えたことがない。
「東さーん、このあいだのファン交流イベントの参加者アンケート、見ました?」
「あ、まだ見てないです」
ぼんやりしていた頭を切り換えて、同僚の女性に返事をする。
「かなり好評でしたよ。ユーチューバーさん側も皆さん、楽しかったって。一緒に企画と運営頑張った甲斐がありましたねえ」
「ですね。私も忙しくてかなりいろいろおまかせしちゃいましたけど。本当にありがとうございます」
「いえいえ~、それがイベント企画課の仕事ですから。また次の企画でご一緒させていただくときはお願いします」
「はい、こちらこそ」
同僚はにこりと微笑んで佳奈のデスクから離れていった。
佳奈は少し凝っている肩をぐりぐりと回した。
東佳奈、二十六歳。
大学を卒業してこの動画クリエイターを支援する企業に就職した。
自分では何も生み出さないけれど、誰かが何かを生み出すのを見ているのは好きだ。
まだ働き始めて経験も浅いが、社内のクリエイターマネジメント課に配属されたのは自分にも合っているし運が良かったと思う。
何かを創って生み出す人を支えるこの仕事はけっこう楽しい。
同僚によっては映画や大きな動画製作に関わる部署にいて、どんな大きな案件に関わったか自慢してくる人もいるけれど、自分はユーチューバー支援担当でもやりがいを感じている。
楽しそうに、ときには悩みながら動画を撮って編集し、ネットにアップする。
彼らは例えば著名な映画監督やプロデューサー、ディレクターといった、映像業界で活躍する人物たちとは限らない。
会社員もいれば、ニートもいる。主婦だっているし、学生も。小さな子どもと親が一緒に活動していることもある。
より身近な人たちが撮る動画。より身近でやってみたくなったり画面の前で笑顔になったりする動画。そこに少しでも関われているなら幸せなことだ。
時計を確認すると、約束の時間になっていた。
立ち上がり、ミーティングフロアに向かう。
ハルちゃんねるの大垣晴から連絡が来たのは数日前のことだった。
同じメンバーの澤亜紀羅には内緒で、残りのメンバーである奈津田志大と徳川芙雪とともに相談があると。
おそらく亜紀羅に関してのことだろう。
はたから見ていると彼らはいい友人同士だと思う。
お互いがお互いのことを考えているし自分勝手な子は一人もいない。みんな良い子たちだ。
無茶や危険すぎることはあまりしないから、視聴者は安心感を持ってほのぼのとした雰囲気の動画を楽しめる。
一発でどかんとバズるような爆発力はないかもしれないけれど、あの仲の良さが動画を見る人に伝わって、じわじわと長く続いていくグループだと予感している。
今は亜紀羅が悩みを抱えてはいるけれどきっと大丈夫だ。
一階の受付に名前を言えば通してもらえるように連絡してある。無事に迷うことなくミーティングスペースにたどり着けているといいが。
エレベーターに乗って目的の二階まで降りた。
スペースのある扉を開けると、開放的な広い部屋にはいくつものテーブルと椅子が点在していて、いくつかは人が座り使用されている。
会いたい相手たちは、隅っこのテーブルに居心地悪そうに座っていた。
「おまたせしました」
声を掛けながら近づくと、彼らはほっとしたように立ち上がった。
「あの、突然すみません! お願いがあって……」
「はい、ご相談があるんですよね。まずは座って。何か飲み物飲みます?」
向かいの席に座りながら、目の前の男子高校生三人を見る。
若い男の子たち(しかもそれぞれがそれなりにイケメン)に頼られるのも、今の自分の仕事だ。
さて、お願いとは何だろう。どんと来い。




