1-4 私に編集させて
「澤さん、ほんっとにありがとう。助かった」
池の鯉は釣ったあとにまた池に戻して、屋上でちゃっちゃかとカメラとかの機材を片付けた大垣くんは、荷物を持って私がいる池の横まで走って来た。
「ううん。思ってたよりも釣れたところ面白かった」
なかなか見ない光景だったとは思う。馬鹿なことするなこの人とも思うけどね。
「ところでこの三脚、学校の備品だよね。どこに返せばいいの?」
「放送室。いいよ、俺が返してくるし。ありがとね」
「ううん、ついてく」
もう少し話がしたかった。あと、お願いしたいこともある。
二人で校舎に戻って放送室までの廊下を歩いていると、さっき様子を見ていたらしい人たちが「ウケた」だとか「またワケわかんないことやってんね」だとか、親しげに大垣くんに声をかけていく。本当に友だちが多い人なんだなあ。
黙って放送室までついていき備品を元に戻すついでに職員室にも行って放送室の鍵も返す。手伝ってと頼まれたとき、学校でこんなことして怒られないんだろうかと一瞬思ったけれど、大垣くんはちゃんと先生に許可をもらっていたらしい。ていうか許可もらえるもんなんだな。
「よし、帰ろう」
「あ、あのさ……」
昇降口へ向かおうとする背中に話しかけると、大垣くんは不思議そうな顔で振り返った。
「どした?」
「いや、あの……無理を言ってるのは承知なんだけど、今日の動画さ……私に編集させてくれないかな!」
思い切って言ってしまう。多分ユーチューバ-って編集にもこだわりがある人たちばっかりだろうし、こんな頼み聞いてくれるかわからないけど。でも、自分で動画を完成させてみたくなってしまったのだ。
「なんか、最後までやりたくなっちゃって……」
断られるのを承知でうつむきがちにぼそぼそと言うと、意外にも頭の上から「じゃあ……お願いしようかな」と聞こえてきた。
「い、いいのっ?」
勢いよく顔を上げると、大垣くんと目が合う。優しそうな瞳をしている人だな、と関係ないことを思う。
「大垣くんには大垣くんなりの編集の仕方があるんじゃないの? 本当に私がやっていいの?」
「うーん、それは確かにそうだけど……じゃあ、一緒にやろうよ、明日。澤さんがメインで作業して、何か気になることがあったら俺が手を貸す感じでいい? 一応今までの動画と雰囲気揃えたいってのはあるし」
「うん、うん、ありがとう! 我が儘言ってごめんね」
私がこくこくとうなずくと、大垣くんは照れたように頭を掻いた。
「いやむしろ、こっちがありがとうっていうか……好きな人の編集を横で見れると思ったらわくわくする」
「す、好きっ?」
面食らって素っ頓狂な声を出してしまう。
「あっ、変な意味じゃなくて! 俺ほんとに澤さん……アッキの撮影した動画好きだから、そういう意味の好きで!」
ああうん、そうだよね。顔が熱い。……撮影した動画が好きって、それはそれで言われたことがないからちょっと恥ずかしい。
翌日、私と大垣くんの奇行はクラスにも地味に広まっていて、早速朝から紗綾に真相を話せと迫られた私は正直に昨日のことを報告した。
「なあんだ、つまんない」
「つまんないって……」
苦笑いする私の隣りの席に座って数学の教科書を開きながら、紗綾は不満げにため息をついた。今日は英語ではなく数学の小テストが控えているのだ。
「でもこのクラスの何人かは、昨日大垣くんが亜紀羅に告白したんだとまだ思い込んでるよ」
「じゃあそれ間違いだから訂正しといてよ」
「なんで私が」
「親友のよしみでしょ」
「やあだよ。面倒くさい」
「面倒くさいっていうか紗綾は面白がってるだけでしょー」
「まあね。てかさ、大垣くんの動画、そこそこ有名らしいじゃん」
「うん。最近YouTubeとか全然見ないから知らなかった」
「あ、そうなんだ」
少し意外そうに紗綾が目を見開いたけれど、私はそれに気づかないふりをした。紗綾には話したことがあるから、私がアッキとして動画を投稿していたことを知っている。動画投稿者だったのに、今はもう動画は見ないんだ。そう思ったのだろう。
見ないよ。見たくないものまで目に入ってくるから。
胸の奥に広がりかけた気持ち悪い感情を、私は必死に押し込んだ。




